運命のギアナ

 デオン・ド・ボーモンはギアナ高地に来ていた。南アメリカにあるこの巨大な高地には世界最大の滝であるエンジェルフォールがある。

 

「テレビや写真で見たことはあるが、実際にこうして本物を見ると迫力が凄いな」

 

 デオンは前髪をかきあげるようにして目にひさしを作り、その巨大な滝を見上げる。目前にそびえる切り立った岩壁は壁や山というより島だ、空からここに島が落ちてきたかのような威圧感がある。

 首が痛くなるほど見上げた後、今度は視線を下へと向けた。

 エンジェルフォールはそのあまりの高さゆえ、水が下に落ちる前に分散してしまい空気と混じり合って降り注ぐため滝壺が存在しない、暴風雨のようになっているのだ。

 目のひさしをどけたデオンは、持ってきた双眼鏡で暴風雨の奥を覗き込む。

 本来滝壺にあたる場所は荒れ狂い、落ちてきた水は水蒸気のようになって降りている。ドライアイスのようだという表現の方がわかりやすいかもしれない。

 そしてそこには灯りに群がる羽虫の如くデーモンが集っていた。その数は六。

 

「あれか、現地の情報は正しかったようだ」

 

 つい昨日の事だ、ベルカ研で任務を終えて休暇をとっていたデオンの元にある情報が入った。それがギアナ高地にあるエンジェルフォール周辺にデーモンが多く出没しているもの。

 現地のデーモンハンターだけでは対処しきれないため援軍としてデオンが派遣されてきたわけである。

 

「どれも低級だがあの数を同時に相手するのは骨が折れるな」

 

 ふとデオンの脳裏に半年前エンパイアステートビルで起きた事件を思い出した。あの時は五十体以上のデーモンがいたが、どれも砂の魔物と呼ばれる種類で数は多いが低級より弱いデーモンだった、しかし弱いといっても物量の差はどうにもならない上に、砂の魔王と呼ばれるデーモン製造機を倒さない限り際限なく増えつづける。

 正直、ミスター・ウィークが砂の魔王を倒してくれなかったらデオンも物量差に押し切られて危なかったかもしれない。

 

「滝下までの距離はおよそ百メートル、隠れて矢で狙撃するか」

 

 一人で戦うならベターな戦法である。

 現地のデーモンハンターはデオンの更に後方二百メートルの所にいる。これはデオンに何かあった時直ぐに逃げて救援を呼べるようにするためだ。別にデオンが他のデーモンハンターを信用していないわけではない、ただデオンが来るまでにデーモンと戦い続けたため損傷と疲労が酷かったためだ。

 その旨を伝えるべくデオンは通信機をオンにする。

 

「こちらデオン、ここからデーモンを狙撃する」

『了解した、ホントにこちらの援護は必要ないんだな?』

「まだ歩く事すら辛いだろ? ここまで案内してくれただけで充分だ、無理をしないでくれ」

『感謝する』

 

 さて、とデオンはその場に屈んでナイフを構えた左手を伸ばす、指で銃の形をつくり、中指と薬指と小指はゆったりと少しだけ広げる。すると左手の中に収まるナイフが棒状に変化し、上下に一メートル程伸びつつ弧を描くように変形した。

 最後に両端を光の糸で繋いで光の弓が完成である。

 

「まずは手前のを」

 

 右手で弦を引っ張るのにあわせて光の矢が出現して番う、矢じりを一番近いデーモンの背中に向け、深く静かに呼吸をする。

 ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて、またゆっくり吸って吐いて、そして吸って……ゆっくり吐いて……吐ききった所で呼吸を止め……ヒュッと矢を放つ。

 矢はギアナ高地の木々を突き抜けてデーモンへ向かう、そしてその背中に吸い込まれるようにして刺さり、デーモンは程なくして断末魔の叫びをあげながら消滅していった。

 

「まずは一体」

 

 先制攻撃が効いたのか、他のデーモン達がざわめきたった。

 だがそのざわめきもすぐに収まり、デーモン達は機敏に行動するようになった。まるで当初の目的を遂行するため速やかに動くようになったような。

 

「低級のくせに知性があるのか……いやこれは何処かに統率してる上級がいる」

 

 低級デーモンが低級と呼ばれる由縁はその知性にある、飢えた獣と同じくらい貪欲で暴力的であり、思考能力というものをわずかしかもたない。上級は逆に理性をもち、思考能力は人間と同等かそれ以上。

 今回は上級デーモンが低級デーモンを従えてるものとみた。

 

「何処か近くにいる筈だ……木の上か」

 

 デーモンだから空を飛べるだろう、そう思い顔を上げて森の木々を見上げる。とその瞬間デオンの足元に矢が突き刺さる。なんと光の矢だ。

 当然デオンのものではない。

 

「まさかレラジェか!?」

 

 三百年前の戦いを思い出して戦慄する、しかしあの頃のレラジェの矢とは少し違うようだ。レラジェの物より二回り大きい。

 どちらにしろこちらの居場所が知られているならここに留まるのは非常に危険だ。敵の姿もわからないためデオンは横に跳んで草むらに隠れるが、デオンの目の前に再び光の矢が二本刺さった。

 今回は飛んできた方向がわかったので、そちらに意識を向けつつ木々や草むらに隠れながら移動する。

 

「敵は南方、日を背にするとは慣れてるな」

 

 敵が太陽を背中にしてるという事は、こちらは敵を見る時に太陽を直視してしまう危険があるということ、かつここは木々や草むらなど隠れる所が多く発見は困難。隠れながら移動してはいても、この手練にはおそらく自分のおおまかな位置はバレているだろう。


「このまま身動きできないのは不味いな」

 

 草むらを這って進み、双眼鏡だけ出して低級デーモンの様子を探る。どうやら滝壺から何かを運び出そうとしてるようだ。

 何を運ぼうとしてるのか気になり少しだけ倍率を上げた瞬間、空から光の矢が十数本連続で降り注いでデオンの周りに次々と刺さっていく、そのうち一本が双眼鏡を貫いた。

 

「くそっ」

 

 二射目が来る前に素早く転がって付近の溝に身体をはめ込むようにして隠れる。

 

「今のは危なかった」

 

 先程と同じ場所に同じだけの矢が次々と刺さっていくのがみえる。

 しかし今回は敵の位置が確実に見えた。直線距離で四百メートル先の岩場で人影が見えた。またその人影から矢が飛んできたのをみて間違いなくこいつが敵である。

 場所がわかったのならこちらのもの、敵が動く前にデオンは弓矢を出現させて射る。続けて二射目三射目を放った後、こちらの位置が丸見えになるのを覚悟で走る。

 こうしてる間にも低級デーモンが何かを運び出しているのだ、それが何かはわからないが、ろくでもないものに決まっている。早く阻止せねばならない。

 

「距離をとられる前に詰めて近接にもちこめば」

 

 四百メートル程度なら十数秒で詰められる。デオンの身体は半分デーモンであるため通常の人間とは比べ物にならない身体能力がある。その能力は三百年前よりずっと強化されていた。

 

「いた!」

 

 デーモンを捕捉、人の形をしている。こちらに気付いてないうちにデオンはアーミーナイフを腰から引き抜いて斬り掛かる。

 普段は剣を使うのだが、こういった森では取り回しにくいためナイフを使う。

 デーモンはナイフをすんでのところで回避してデオンに向き直った。

 

「ふぅ……悪魔憑きか、目的はなんだ?」

「……」

 

 デーモンは答えない。改めて見るとデーモンは細身だ、身長は一七〇程で痩せている、何処にでもいる男性にしか見えない。

 実際何処にでもいる男性なのだろう、それがどんな経緯かはわからないがデーモンに取り憑かれてしまっている。

 

「お前は、レラジェか?」

「……違う」

 

 口を開いた。とても落ち着いた男性の声だ。

 

「私は……バルバトス」

「バルバトスだと!?」

 

 ソロモン七二柱序列八位、狩人バルバトス。七二柱の悪魔の中でも有名な部類に入る。

 そしてバルバトスは同じ七二柱のレラジェの師匠とされている。

 

「私はデオン・ド・ボーモン」

「そうか、お前がデオンか……因果だな」

「その様子だとわかってるようだな」

「どうかな……ひとまずここは退却させてもらおう。どうやら魔晶石の運び出しが終わったらしい」

「なに!」

 

 ふと滝の方を見ると低級デーモンが大きな水晶らしきものを持って飛び去ろうとしているのが見えた。あれを運び出していたらしい。

 

「次は本体で会おうデオン、それとあの魔晶石に関してはブエルに聞くがいい」 

「待てバルバトス! まだ話は終わっていない!」

 

 バルバトス……が取り憑いていた男の身体はその場でぐったりと倒れ込んだ。確認しなくてもわかる、バルバトスは既に男の身体から出ていったのだ。

 デオンは男の身体に近付いて身元のわかる物がないか調べる。バルバトスに操られた哀れな男だが、家族がいるなら死体だけでも戻してやりたい。

 そう思ってポケットを漁っていると微かだが胸が動いたのを感じた。慌てて脈拍を確認すると。

 

「まだ生きてる」

 

 意識は無いが確かに生きていた。バルバトスは元から死なせるつもりは無かったのか。多くの場合、悪魔憑きは人間の体に悪魔の力が追いつかずに死亡してしまうもの、それが七二柱だと尚更だろう。


「バルバトスめ、力を抑えていたというのか」

 

 流石は七二柱と言ったところか、レラジェの師匠なだけはある。

 男性を担ぎながら後方に待機しているデーモンハンターのところへ戻る事にする。おそらくここにはもう何も無い。

 道中、デオンは三百年前レラジェが口にしていた事を思い出していた。

 

『デオン・ド・ボーモン、お前のその力……まさに俺の師匠と同じものだ。おそらくお前は師匠の息子なのだろう』


 あの時はどうでもいいと拒絶したが、もしレラジェの言葉を信じるなら、レラジェの師匠であるバルバトスはデオンの父親という事になる。

 三百年の時を経て、親子の対面を果たしたわけだが、運命の悪戯とは恐ろしいものだ。

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