第34話 問題発生

 懇親会当日の朝、王城の厨房では、今日の懇親会で失敗は許されないと、真っ白なコックコートに身を包み、ピリピリした空気に包まれながら各班がミーティングを行っている。

 悠真はその中でもデザート班のミーティングに参加している。


 「……以上だ。何か質問がある者は挙手をするように」


 説明を終えたデザート班の班長が、質問を促したので、悠真は手を挙げた。


 「そこの手を挙げたやつ、なんだ?」

 「有難う御座います。今日のデザートの一端を担当させて頂く悠真と申します。俺……自分が出させて頂くデザートには調理が必要になりまして、コンロを1つお願いしているのですが、どこを使わせてもらえば宜しいでしょうか?」

 「デザートにコンロ? 聞いてないな。今日、コンロは全部埋まってるから、デザートに回ってこなかったんじゃないか。そもそもデザートにコンロなんて必要ないだろ。他に質問がある者はいるか?」


 アマルテアでデザートと言えばカットフルーツを刺す。そのため班長はまともに取り合ってくれない。


 「まずいな……。コンロが使えないんじゃフレンチトースト作れないぞ」

 「ご主人様、もう一度確認をされてはいかがでしょうか」

 「そうだな。しかし班長の資料に記載がないし、コンロが埋まっているなら無理かもしれん。それに誰に話をすれば良いのか……」

 「よし、質問はないな。ミーティングは以上だ。各自今日一日頑張ってくれ。解散」


 ミーティングは終了したが、再度班長に確認を取り、できれば上役に確認してもらおうと試みる。


 「班長、ちょっとよろしいでしょうか」

 「ん? どうした?」

 「実は、自分はユタ公爵家から依頼されて今日出席させてもらっているのですが――」

 「何! そうなのか。よっぽどフルーツのカットが上手いのか?」

 「いえ、そうではなくて……」


 公爵家からの依頼時に、コンロを1つ用意して欲しいことを伝えてあること、そしてその連絡は恐らくきていることを伝えるが、班長の資料に反映されていないことから、上役の誰かのミスではないか、また、コンロがないと出すデザートが1品減ってしまう旨を悠真は班長に伝えた。

 悠真と班長で話し合っていると、何かトラブルが発生したと思ったのか、1人の男性が話しかけてきた。


 「班長、何か問題でも発生したか?」

 「主任、実はコンロを1つ申請していたらしいんですが、資料に記載がなくて、コンロを押さえられていないみたいなんです」

 「なぜデザートにコンロが必要なんだ? 確かに先日の主任会議のときにデザート班にコンロ1つの申請があったが、書類のミスだろうと思ったので申請は取り下げたぞ。他の主任に感謝されて俺の鼻も高くなったわ。はっはっは」


 それを聞いた悠真と班長は驚いた表情になり、班長が主任に事情を説明しだした。


 「なっ……。主任、コンロを申請していたのはこのユーマ殿になり、ユタ公爵家の紹介で本日参加されております。申請もユタ公爵家からされているものとのことです……」

 「はぁ? そんなこと聞いてないぞ俺は! 俺は知らんぞ。事前に俺に言わないこいつが悪い。俺は知らんからな。お前らで何とかしろよ。何とかできなくても、俺に言ってくるなよ。責任はお前らだからな!」


 悠真を指刺し、自分は知らないと言いながらその場から立ち去る主任。

 仕事ができないどころか、足を引っ張り、フォローも部下任せの最低の上司だ。しかも自分がしたことの責任も取らないと言い切っている。外面が良いだけで、部下から慕われることは全くないだろう。

 悠真と班長がどうしようかと思案していると、料理長が悠真を探してデザート班の班長のところにきた。


 「班長、ユーマとやらはどこにいるかな? ユタ家が推薦する料理人と話をしてみたくてな」

 「り、料理長。ユーマはこの方になります」


 背筋を正し、悠真を紹介する班長。


 「君がユーマか。今日は宜しく頼むぞ」

 「はい、微力ながら尽力いたします。ただ……コンロを使いたいんですが、主任が独断で申請を取り下げてしまったらしく、スイーツを1品作れなくなってしまいまして、どうしようかと班長と思案しております」


 さりげなく主任の悪事を料理長に伝えながらも、コンロが使えず1品減ること、可能であればコンロを使いたい旨を伝える悠真。


 「デザートにコンロか? 今日はコンロが埋まってるからのぉ」

 「そこは承知しているのですが、ルシアン様にも好評を頂いたスイーツになりまして、今日も楽しみにしておられると思いますので……」


 使える権力は使う。そして最善の仕事環境を引き出す。それは良い仕事をするために必要なことだろう。悠真はそう考えている。


 「ルシアン様がのぉ。ちなみにどんなデザートを出す予定なのだ?」

 「はい、フレンチトーストという物でして、コンロを使わせて頂けるなら早急に試食分を作りますが……」

 「わかった。そこのコンロを使って良いから、わしの分を作ってくれんかの?」

 「ではご用意しますので、しばしお待ち下さい。エレン、早急に2食分用意して」


 今日のフレンチトースト班になったメイドの1人、エレンにパンと漬け込む液を取り出してもらい、悠真はフレンチトーストの調理にかかった。




 出来上がったフレンチトーストを、料理長と班長の前に並べて、試食をお願いした。


 「こ、これは美味しいな……」

 「信じられん……これほどの物とは……」

 「こちらのソースをかけるとまた違った味になって楽しめますよ」


 そう言ってスイートソース、イチゴソースなど、全4種類のソースを披露した。


 「どれ、試してみようかのぉ」

 「自分も試させて頂きます」


 それぞれのソースを少しずつ試した料理長と班長は驚愕の表情になっている。


 「ルシエル様が推薦するのも納得だのぉ。話をするために来たつもりが、まさかこんなに美味しいものを試食させてもらえるとは思わなんだぞ」

 「有難う御座います。他にもプリンとシュークリームを、本日お出しする予定ですもし宜しければどうぞ」


 エレンに目線で促し、プリンとシュークリームを料理長と班長の前に並べた。


 「ほぅ。これも美味しそうじゃのぉ」

 「……食べていいのか?」

 「どうぞ。本日の懇親会で出すものを班長が知らないのは、何かと不都合かと思いますので」


 食べるための大義名分を提案した悠真。

 それに乗っかる班長。


 「プリンはこちらのソースをご使用下さい。プリンの味が消えてしまわないように、先ほどのと比べて少し薄く作っております」

 「1つのデザートで5種類の味が楽しめるのか。画期的じゃのぉ」

 「ユーマ凄ぇよ。こんなデザート今まで食べたことない」

 「さて、コンロが必要だと言っておったの。これほどのデザートを出さないわけにはいかんじゃろ。1つだけだが、何とかするから心配しなくて良いぞ」

 「有難う御座います」

 「さて、勝手に取り下げたのは主任と言っておったの。そいつは解雇じゃな」


 日本と違って簡単に解雇する文化なのだろう。

 しかしながら、王城の調理場に勤めていたという実績で、就職口は引く手あまたなのではないだろうか。

 コンロも無事確保でき、搬入なども特に問題なく終えた悠真達は、搬入した品物の最終確認をして、懇親会が始まるのを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る