第5章 貴族編
第33話 新作の試食
悠真がパティでベリーソースを開発していると、アイリスが悠真に声をかけてきた。
「マスター、カトレア嬢がお見えになられたのです」
「有難う。案内してくれるかな?」
アイリスに促され、執事やメイドがすぐ隣に控えている、異質な席へと案内された悠真。
「お呼びとお聞きましたが、いかがされましたか?」
「貴方がオーナーのユーマさんかしら?」
「私が悠真ですが、どういったご用向きでしょうか」
今回の場合、要件を知っていたとしてもこちらから言わず、相手から要件を言わせ、まずは相手の要求を引き出させるのは、交渉テクニックの1つだ。
「先日メイドの方にお伝えしたんですが、もう直ぐ王城の一室で、貴族の方々を集めた懇親会がありますの。そこで貴方の新作のデザートを披露して頂きたいんですわ」
ここで提供しているプリンやコーンフレークを、その懇親会の場で作って欲しい、そんなことだろうと予想していた悠真だが、先方は新作と言っている。
「なぜ俺だんでしょう。このチターニアには俺よりも優秀な方もおりますし、王城であれば専属の方などもいるかと存じますが」
「では聞きます。その優秀な料理人は、このプリンを生み出せますか? コーンフレーク、シュークリームを生み出せますか? 貴方はその優秀な料理人が作れない、素晴らしいデザートをお作りになられました。その今までにない発想を持った貴方に、王城での懇親会のデザートの一端を担って欲しいと考えています」
先ほどからカトレア嬢は『パティシエ』ではなく『料理人』と言っている。アマルテアでのデザートはカットフルーツが一般的であるため、パティシエや、デザート専属の料理人がいないのだろう。そのためか、スイーツ文化が発展していないように思える。
それならば記憶を頼りに作っているスイーツだったとしても、王城での懇親会でも映えるのではないか。また、貴族にコネを作る絶好の機会だと判断した悠真は、この依頼を受けることにする。
「わかりました。懇親会の成功のために微力ながらご協力させて頂きます」
「そう言ってくれると思ったわ。それでは2日後に屋敷まで来てもらえるかしら。どんなデザートを出されるのか、打ち合わせをしたいと思いますの」
「2日後ですね。ではその時までに何かしら新作を考えてお持ちします」
「まぁ、そんなに早くできるのですか? 楽しみにしておりますわ」
実は先日のパンの失敗のときに思い出したスイーツがある。あのときは気付くのが遅くなりフレークにしてしまったが、怪我の功名でコーンフレークができたので良かった。
2日後、悠真は手土産と新作のスイーツを持参して、ルビアと共にカトレアの屋敷の応接室にきていた。
「わざわざ来てもらってすまない。カトレアの父、ルシアン・ユタだ。気楽にしてくれてかまわんよ」
「有難う御座います。こちらは手土産になります。皆さんで召し上がって頂ければ幸いです」
「あら、なんですの?」
「新作のベリーソースをかけたプリンになります」
「なんですって!」
カトレアがルシアンから手土産を奪い取り、箱を開けると、恍惚とした表情でプリンを見ている。
「プリンにベリーソースだなんて、私の好みをどこで聞いたんですか?」
「優秀なメイドがおりますので」
「お父様、ここで食べてもよろしいですか! お願いします!」
カトレアは立ち上がり、ルシアンに今すぐ食べたい、この場で食べる許可を欲しいと懇願した。
「お、おう。ちゃんと座って食べなさい」
「はい。頂きます!」
プリンを口にしたカトレアは、心ここにあらずといった感じで一口ずつプリンを堪能していると、ルシアンも興味を示した。
「そんなに美味しいのか……。どれ、私も頂こうかな」
初めてプリンを口にするルシアンも、その美味しさに驚いた。
「こ、これは。他のソースもぜひ食べてみたいな。カトレアが好むのも納得だ」
「有難う御座います。ある程度の作り置きができますので、懇親会でも色々なソースを用意すれば、バリエーション豊かにすることも可能かと存じます」
「さっそく売り込みか。商魂たくましいな。しかしこれだけの物だ、カトレアの選定眼は間違ってなさそうだな。さて、早速話をさせてもらうが……」
なんでも今回の懇親会の料理を2つの公爵家、ユタ家とバーモント家が担当となったらしい。バーモント家は常にユタ家に対抗心を燃やし、色々な策略を張り巡らせて嫌がらせなどを行ってくる。そのバーモント家を出し抜きたいと考えていたところ、カトレアが悠真ならば間違いないとルシアンに推薦して、今日に至ったというわけだ。
「なるほど。私で力になれるかは判りませんが、尽力させて頂きます。ところで、こちらが本命の新商品になるのですが、一度ご賞味頂けませんか?」
そう言ってルビアが持っていた箱からフレンチトーストを悠真は取り出し、ルシアンとカトレアの前に並べた。
「これは、黄色い……パンかね? これがデザートなのか?」
「はい、フレンチトーストと言いまして、パンを調理した物になります」
「お父様! これも凄いですわ! 外はカリッとしているんですが、中がしっとりとして、凄く美味しいですわ!」
カトレアに続き、ルシアンも一切れ口の中に入れるとその美味しさに驚いた。
「おぉ、これも素晴らしい! ユーマ殿、ぜひこれを懇親会のデザートにお願いしたい! 謝礼ももちろん弾む!」
「かしこまりました。ところで、次はこちらのソースをかけて頂けますか。フレンチトーストの味に負けないよう、プリント比べて少しだけ濃くしております」
「商品によって濃さを変えるこだわりか。そのこだわりがあるからこそ、これだけのデザートを生み出せるんだろうな。ユーマ殿は素晴らしい!」
「勿体ないお言葉です。こちらのスイーツで良ければ、懇親会の準備に入りたいんですが、出席される人数と、開催はいつ頃になりますか?」
「それなんだが、今回の懇親会は取引のある商人なども呼ぶから、300人くらいで今日から5日後だ。準備は間に合いそうか?」
「そうですね。パティを数日休業にして、メイド全員で取りかかれば大丈夫かと存じます。あと、1つお願いが御座いまして、当日コンロを1つで良いのでお借りしたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「わかった。料理長に申し伝えておく」
「有難う御座います。それでは早速準備に取り掛かりますので、失礼します」
パティに戻ってきた悠真は、営業終了後にメイドとセラ、リリーを集め、今日の出来事を伝え、当日は全員で王城へ赴くこと、提供する相手が王族、貴族などであるから、商品の見栄えや味、品質に今まで以上に気を張ることを伝えた。
「まさか自分が作るものを王族の皆様に食して頂けるなんて、考えたこともなかったわ」
「あたいもそんなこと考えたことも無かったし、作るのに緊張するっす」
「そんな機会を作ってくれるマスターは凄いのです」
「頑張るニャ」
「それじゃぁ、当日と準備の班分けするぞ」
作った班は全部で4つ、フレンチトースト班は悠真とセラ、プリン班にルビアとリリー、ソース班にエレンとフローラ、シュークリーム班にミモザとアイリスを振り分けた。
「当日だけど、ソース班の2人はフレンチトースト班に合流してくれ。現地で調理する予定だから、そのサポートをよろしく」
「はい」
翌日と翌々日を買い出しに使い、王城での懇親会の準備を始める悠真達。
懇親会前日と当日は、王城での懇親会で提供するため臨時休業の旨を記載した貼り紙をパティに張り出した。
それをみた人達は……。
「俺らって王族が食べる物を食べてたんだな」
「王城に呼ばれるって、パティ凄いな」
「王族や貴族の方々に俺の料理も食べて頂きたいな」
「うらやましい……」
そんな話がパティの前で飛び交っていた。
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