第35話 ブレット・バーモント

 懇親会が始まると、調理場は戦場と化していた。


 「こっちの食材切れてるぞ! 早く補充してくれ!」

 「料理長、確認をお願いします」

 「仕込みしたやつどこに片づけた! 早くもってこい!」

 「溜まってるぞ! 早く運べ!」

 「あと5分で上がるぞ!」


 各々が任された料理を作り、皿に盛り、配膳する。ビュッフェ方式のためまとめて盛り付け、配膳ができるが、それでも量が多いのと、王族の方もいるため失敗は許されない状況だ。

 悠真もシュークリームは大皿に並べ、プリンは小皿に個別に盛り付けている。フレンチトーストはエレンが調理している。


 「エレン大丈夫か? フローラと交代しながら頼むぞ」

 「かしこまりました。この調理が終わりましたら一旦交代します」


 懇親会は特に問題なく順調に進み、もう少しでデザートの配膳のタイミングかな?と考えていると、本来は調理場に来るはずのないカトレアが、悲痛な面持ちで調理場に顔を出した。


 「ユーマさん、お願いします。このデザートの素晴らしさをぜひ懇親会の場で伝えては頂けませんか。私は悔しくて……悔しくて……」


 カトレアの瞳から涙がこぼれたのを悠真は見逃さなかった。


 「どうされたのですか? 何かありましたか?」


 懇親会の会場では、ユタ家とバーモント家が推薦した料理人が調理した料理が並べられている。

 バーモント家が根回ししたのか、ユタ家が用意した料理にはあまり手を付けられておらず、バーモント家が用意した料理だけがあからさまに減っているらしい。

 それを見たバーモント家の家長、ブレット・バーモントがルシアン・ユタに向かって卑下しているらしい。




 「ん? ルシアン殿が推薦された料理人の料理が全然減っておりませんな。ユタ家の料理はここにおられる高貴な皆様には、どうも合わないようですな。料理がみすぼらしく感じているのでしょうか。まぁ、ユタ家にはふさわしいのかもしれませんがな。はっはっは」

 「ブレット殿、その発言はいかがなものかと思います。王族の皆様もお召し上がられているのですぞ」

 「すまないね。ちょっと本音が出てしまったようだ。でも料理の減る量は正直だと思わんかね。美味しい物はみんなが食べたがるからな。はっはっは」


 ワイン片手に、この嫌味なデブ――ブレット・バーモントがユタ家を見下した発言をしている。周りの貴族達、特にユタ派の貴族達はなんとかしたいと考えているが、さすがに公爵家の間には入れないのが現状だ。


 「聞くところによると、ブレット殿が懇親会の前に、色々と話をされていたみたいですが、何か問題でも御座いましたか?」

 「ん? 何のことかな。さっぱり身に覚えがないから、ルシアン殿の話の意図が全く見えないな。まさかこの私が、ルシアン殿の料理に手を付けないように手を回したと思っているのかね。それは心外だな」

 「いえいえ、その様なことを言っているのではなく、何やら貴族を集めて話をしていると耳に入ったものですから、何があったのか気になっただけですよ。同じメティス国の公爵家として仲良くしていきましょう」


 それを敗北宣言と取ったのか、ブレットは気分が良くなり、顔にも笑顔が浮かぶ。


 「はっはっは。同じ公爵家として、これからもメティス国を盛り上げていこうじゃないか。よろしく頼むよ」

 「それと、私が推薦した料理人は、デザートにも1人いますよ。彼のデザートは格別ですから」

 「ユタ家はデザートにも力を入れているのか? まぁ、デザートの前にお腹が一杯にならなかったら頂くとするよ。他の方も同じだと思うがね。はっはっは」


 たかがカットフルーツ、カットの違い以外に何もないと思うブレットだが、このアマルテアではその考えは正しいのだろう。しかし今回はその考えが否定されることになる。




 懇親会会場の搬入口に悠真はいた。


 「よし、カトレア嬢の頼みだ。俺が絶対に巻き返してやる!」


 そう意気込んだ悠真は用意したスイーツと共に、懇親会会場へと入場した。


 懇親会会場では様々な人が、談笑しており、その中にはルシアンの姿もあった。

 コックコートに身を包んだ悠真はスイーツを並べ終えると、その隣でにこやかな表情とともに直立している。デザートと言えば、カットフルーツを各々が手に取り食べるだけのこの場に、その姿は人々の目に異様に映った。

 悠真の姿を見てザワザワとざわつく場内。それだけで悠真は掴みは成功したと感じたが、この場での発言は、問われるまで許されない。

 そんなもどかしさを覚えていると、ルシアンが助け舟を出してくれた。


 「これだよ。これを待っていたんだよ。先日食べてから、次に食べられるのはいつになるのかと、ずっと待っていたんだよ。これは前回と同じ物かね」


 会場にいる人に聞かせるような声で発言したルシアン。それをきっかけに、ありがたく発言させてもらう悠真。


 「はい、前回お召し上がられたスイーツと同じ物になります。外側はカリッとしており、中はジューシーに仕上げております。一旦口に入れて頂ければ、今までにない新しいデザートの世界が口一杯に広がることをお約束します」

 「それなら早速頂こうかな。このソースは何かね?」

 「はい、まずはそのままお召し上がり頂ければと存じます。その後にお好みで4種類のソースからお好みの物を付けてお召し上がり下さい」

 「ほう、1つのデザートで5回楽しめるということだな」


 お互いに大根役者だなと思いながらも、説明を続ける悠真達。


 「はい。その中からお好みの1つを見つけて頂く、または5種類の味を楽しんで頂くのもご自由にして頂ければと存じます。なお、こちらのプリンも口に入れて頂くと滑らかな食感と、適度な甘さが口の中に広がり、こちらとはまた違う世界が広がることを、お約束いたします」


 日本でのプレゼンを活かした説明を試みるが、残念ながらスイーツに関しては素人だ。それでもカトレアの流した涙のためにも、できる限りのことをしようと必死でスイーツを宣伝していると、ユタ派の貴族が援護してくれる。


 「私も頂こう。まずはこのまま食べるんだな?」

 「はい、まずはそのままお召し上がり頂ければと存じます」

 「な、なんだこれは! ルシアン様、こんな美味しい物を今まで独り占めしていたんですか!」

 「はっはっは。私も先日初めて食べたんだよ。ぜひこの場で紹介したくて、無理を言って今日は来てもらったんだよ」

 「わ、私も頂いて宜しいでしょうか」

 「私も頂きます」

 「私も……」


 それをきっかけに次々とフレンチトーストを求める人が悠真の下に殺到し、それを捌くのに必死になっていた悠真だが、不意にその人垣が左右に割れ始めた。


 「私も頂こう」


 悠真が声の主を見ると、そこには王様が立っていた。


 「こちらがフレンチトーストで御座います。こちらに5種類のソースを用意させて頂きましたので、お好みでかけて頂ければと存じます」

 「ほぅ、この優しい甘さが嬉しいな。この様なデザートは私も今まで食べたことがない。2つほどあちらに運んでくれぬか。娘達にも食べさせたい」

 「かしこまりました」


 それを機に、他の貴族や商人がフレンチトーストに殺到し、あっと言う間に無くなってしまった。


 「まだ私頂いてないんですが」

 「なんとかなりませんか?」

 「もう1つ食べさせてくれ!」


 そんな声が聞こえてくる中、搬入口からエレンが追加のフレンチトーストを運んできた。


 「エレン有難う。在庫はどうだ」

 「今と同じ量だけは大丈夫です。それ以上となるとパンの仕入れもですが、液から作らないといけません」

 「わかった。早急に残りも作ってくれ」


 フレンチトーストだけでなく、プリン、シュークリームも同様に高評価を得られ、次々に無くなっていくようすを見て、いつの間にかカトレアは誇らしげな表情になっていた。

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