第23話 スイーツ専門店『パティ』

 プリンが完成した翌日、悠真は冒険者ギルドのギルドマスターの要請により、冒険者ギルドの一室でギルマスと面会している。


 「あんなに人が並ぶとさすがに黙ってられなくてなぁ」

 「すみません。俺もあそこまで需要があるとは想定してませんでした。先日商業ギルドで店舗を契約してきたんですが、まだ改築中なのでもう少しの間だけ販売させて頂ければと思うんですが……。それと、これは新作になります。よろしければどうぞ」


 悠真は手土産としてプリンを渡し、これで改築が済むまで便宜を図ってもらおうという魂胆だが、ギルマスはそんなに甘く――


 「おお、新作か! まぁ、もうしばらくなら、なんとかこっちで対応するわ。それと、最近上手く品質を判断できないときがあるから、数量を倍にしてくれると助かるなぁ」


 ――甘かった。

 スイーツの手土産――賄賂――はギルマスにはかなり有効であることが証明された。品質チェック用の納品数量が倍になったが、それくらいならば許容範囲内だ。


 「それでは明日の分から従来の倍、4個を品質チェック用として納品するようにします。ただ、品質チェックを熱心にして頂くのはありがたいのですが、それだけの数量となると太りますので気を付けて下さい」

 「俺に限ってそんなことないだろ。どれだけ食べても今まで太ったことないしな。ところで、新作の試食をランシア達に頼んだんだろ。別室で待ってると思うから、そろそろ行ったらどうだ。あまり待たせると、後で俺が文句言われるからな」

 「そうですね。ではもう少しの間、販売の方よろしくお願いしますね」


 そう言って部屋から出ると、今いた部屋から――。


 「美味いぞこれ! この茶色のが――」


 プリンを食べたようだ。




 別室では、シュークリームの試食をしてくれた4人の受付嬢が、まだ来ないのか、ギルマスに捕まってるのかと、ソワソワしながら悠真を待っている。


 「すみません、遅くなりました」

 「悠真さん! 新作の試食とお聞きしましたけど、どんな食べ物を頂けるのですか?」

 「ランシアさんに皆さんも、とりあえず落ち着きましょう」


 入室した途端にランシア達4人に迫られた悠真は、期待の大きさを感じるも、先ほど聞こえたギルマスの声から、期待外れにはならないという確信を持っている。


 「今回はこのプリンというスイーツになります。スプーンで食べて下さい」


 奪うようにプリンを手に取った4人は、一口目を食べた瞬間から、顔には優しい笑顔が浮かび始めた。


 「凄くなめらかで、口の中が幸せです」

 「フワフワで、トロトロで、優しい食感ですぅ」

 「まだこんな隠し玉を持ってたのね」

 「ずっとこれを食べていたいですわ」


 4人はプリンをゆっくりと、そして一口を大切に味わいながら食べていると、ランシアが期待を込めた視線とともに口を開いた。


 「これはいつから販売するんですか?」

 「プリンって言うんですが、今改装中の店舗のオープンに合わせて、店内飲食限定で販売を考えてますよ」

 「……え? ギルドでは販売しないのですか?」

 「そうですね。ギルマスに、あれだけ並ばれると困ると釘を刺されましたから……。それと店舗のオープンと同時に、シュークリームもギルドでの販売は無くなる予定です」


 それを聞いた4人の表情が一斉に厳しくなり、視線を合わせ頷き合った。


 「悠真さん、有難うございました。ちょっと4人でやることができたので、これで退席させて頂きますね」


 気合いを入れた4人はその言葉の後退室し、ギルマスの下へと向かっていく。


 「シュークリームが無くなるなんて許せません!」

 「頑張るですぅ」

 「辞職も辞さない覚悟ですわ」

 「頑張りましょう、私達の幸せのために!」


 そんな言葉が聞こえてくるが、悠真はギルマスの無事を祈った。

 後日、冒険者ギルドからシュークリームの定期購入の打診があったことから、受付嬢の結束の強さを垣間見た悠真であった。




 悠真とメイド達5人は、スイーツ専門店『パティ』の開店日を迎え、せわしなく開店準備に取り掛かっていた。お持ち帰り専用窓口には、シュークリームを求めて既に長蛇の列ができているが、プロ用の調理器具に加え、大型の冷蔵箱も用意したから在庫は大丈夫だろう。

 品薄商法をふと考えた悠真だったが、意図せずとも今までがそのような状態だったことに気付き、フル稼働で生産、販売をすることにした。

 他にもシュークリームとプリンのターゲット層が同じこともあり、シュークリーム購入者に一口大の試食を用意し、プリンの案内と、店内への誘導も合わせて行う予定だ。

 順調に開店準備が整ったことを確認した悠真がメイド5人を集めた。


 「開店準備ご苦労様。お蔭で在庫も十分に用意できたし、こうやって開店日を迎えることができた。本当に有難う。初日ということもありバタバタするかもしれないし、何か失敗するかもしれない。失敗したなら閉店後のミーティングで、同じ失敗を繰り返さないためにはどうしたら良いかを話し合いたい。そうやって……」


 悠真が話を終え、ついに開店した。


 「いらっしゃいませ。シュークリームだけをお求め方は、こちらの外の窓口でもご購入頂けます」

 「シュークリームをご購入頂いた方には、新作のプリンの試食が御座いますわ」

 「有難う御座いますぅ。こちらは試食のプリンですぅ」


 順調な滑り出しを見せ、店内でのプリンの販売も好調だ。飽きられないよう工夫しながら新商品などを展開すれば、このまま軌道に乗ることは難しくないと悠真は考えていたが、ここでまた誤算が発生していた。

 日本では当たり前に社員がつけていた帳簿を、誰もつけることができない。このままでは仕入れ、売上げ、利益などの正確な数字が把握できず、頭の中の数字と、実際の数字にズレが発生するだけでなく、新しく投資する計画もままならない。

 売れ筋などを把握できれば商品開発にも役立てることができるし、事業を安定、成長させることも可能だ。

 日本での経験から、数字が把握できない商売は危ういことは知っている悠真は、早急に帳簿をつける必要があり、メイド教育の必要性をひしひしと感じた。




 その日の夜、翌日用のシュークリームとプリンを生産し終わったメイド5人を集め、『総勘定元帳そうかんじょうもとちょう』、『仕訳帳しわけちょう』や、『現金出納帳げんきんすいとうちょう』の記入の仕方などを教え、翌日からつけ始めるよう指示を出した。

 アマルテアではこのような帳簿をつけておらず、現在の経営状況の把握が甘く、思ったより利益が出ていない、現金がいつの間にか減っているといったことが多く、廃業する商店が多く存在している。

 このやり方がアマルテアに普及し、廃業が減り、悠真が称えられるのは、もう少し先の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る