【番外編】匠のその後

 悠真の創業仲間の1人、たくみは悠真を解任した後、代表取締役社長に就任し、これからの時代を見据えた事業スタイルへと社内体制を変えていった。

 その中の1つに、固定費――売上げの増減にかかわらず、毎月発生する費用。人件費、光熱費、家賃など――を削減しながらも、受注量の増加に対応できるよう、外注を活用する方針がある。

 その結果、会社の売上げは創業以来の最高額を達成し、利益額も会社を運営するには十分な結果が出ていた。


 「匠、すげぇな。売上高が過去最高額だぞ」


 そう言うのは、創業仲間の蒼太そうただ。黒縁の眼鏡がお気に入りで、高校の時からずっと変わらず愛用している。今の眼鏡で3代目だ。


 「まぁな。自社のキャパが一杯なら、外注先を増やせば、単純にキャパは増えるからな。あとは企画力と営業力次第で営業利益も上がるさ」

 「これからもこの調子で売上げをがんがん伸ばしていこうぜ!」

 「蒼太も取締役営業部長として、これからも頑張ってくれよ!」

 「任せとけ!」


 悠真の方針は匠と違い、原則として社内で取り組み、どうしても納期に間に合わない場合や、社内ではできない仕事を外注に頼る方針だ。そのため売上げは少ないかもしれないが、利益は出やすい。


 「匠、ちょっといいか」

 「どうした? 何か問題あったか?」


 匠に話しかけてきたのは取締役経理部長の亮介りょうすけだ。


 「売上げに比例して外注費――部品の購入や仕事の依頼などに応じて、外部の業者に支払う費用――も増加してるからさ、外注費をもっと削減できないかと相談なんだが……」

 「馬鹿言うなよ。外注費削ったら仕事が進まないじゃないか。外注費を削ったら、営業が取ってくる仕事をどうやってこなすんだ?」

 「悠真の頃と比べると明らかに外注費が増大してて、利益が出にくくなってるぞ」

 「その名前を出すんじゃねぇよ。利益が出ないならもっと固定費を削減すればいいじゃねぇか。どうせ仕事の大半は外注してるんだし、もう少し人員削減するか?」

 「これ以上の人員削減はまずいだろ。むしろ人員を増やすべきだ。外注した仕事の管理に加えて、社内での仕事も回らなくなってきてるぞ。納期もギリギリだ」

 「だったらもっと外注すればいいじゃねぇか。高い仕事を営業が取ってきて、安く外注すればいい。納期も遅れるようならペナルティーを科せばいいし、遅れないように残業でもさせればいい」

 「匠、お前変わったな……」

 「時代に合わせて人は変わらないと、取り残されるだけさ」




 「山田さん、これ以上は無理ですって。私も何とかしたいとは思いますが、仕様変更に加えて、納期はそのままって……」


 山田俊一やまだしゅんいち、匠の会社で『制作管理部 管理課』に所属し、外注先の管理を任されている1人だ。取引先から急な仕様変更の依頼があり、しかしながら納期はそのままで営業部が了承してしまったため、そのしわ寄せが制作管理部にきている。しかも営業部が、他の仕事を受注するために今回の仕様変更に限り、追加料金を大幅に割り引いて了承したため、追加予算がかなり厳しい状況にあった。


 「そこをなんとかお願いします。次はこのようなことが無いよう、営業部にはきちんと伝えますので」

 「無理ですって。しかも仕様変更にかかる追加費用も、工数に見合ってないじゃないですか。これじゃ残業代も出ませんし、赤字ですよ」

 「自分も上に追加費用の件は掛け合ってみますので、お願いします!」

 「当初の契約とは仕事の内容も変わってるし、金額も違う。一方的に変更されても困るよ。こんな事は言いたくないけど、今後もまともな仕事をさせてもらえるのか不安ですよ」


 外注先の担当者は不機嫌な表情のまま、仕方ないとため息をつきながらも、妥協案を山田に提示した。


 「まぁ、そんなことを言ってても仕方ない。一度受けた仕事はきっちりと、責任持って取り組ませて頂きます。ただ、今回の仕様変更で新たに必要となるこれらのグラフィックを、御社で作ってもらえませんか? 御社も制作課がありますよね。あと、この部分とこの部分は、後日アップデートで対応させて下さい」

 「わかりました。それで上に掛け合ってみます!」




 「山田君、これはうちでは無理だよ。制作課の人員もどんどん減っているし、既に制作課の仕事は詰まってるんだ。1案件での利益率も、以前と比べて大幅に減ったんだから、追加費用もこれ以上出せないのは、君も知ってるでしょ」


 山田にそう言っているのは、創業者仲間のまことだ。取締役制作管理部長として働いている。


 「しかし、このままでは先方も納期は間に合わないし、仕様変更の追加費用も合わないと……」

 「それをなんとか上手くまとめてくるのが君の仕事でしょ」

 「しかし――」

 「そんな言葉は要らないの。山田君の方でどうにかして間に合わせて。頼んだよ」

 「どうしろってんだよ……」




 「申し訳御座いません。先日ご依頼頂きました仕様変更の件なんですが、納期を2ヶ月ほど延ばして頂けないかと伺った次第なんですが……」


 そう話をしているのは営業部の吉田だ。管理課の山田が奮闘したものの、どうしても納期には間に合わせることが難しいと判断し、営業部が取引先に納期の延長を依頼しに来ている。


 「前回、納期は変わらず納品できるって言ってませんでしたっけ?」

 「申し訳御座いません。社内の制作課が詰まっておりまして」

 「御社の社長が変わってから、外注が増えてきたんじゃないの? 制作課でもまだ仕事してるの?」

 「はい、外注での仕事が増えてきておりますが、制作課でも以前のように仕事をさせて頂いております」

 「外注すると社内で制作するのと違って、融通利かないでしょ。御社も大変だね」

 「いえ、弊社の外注さんだと、色々と小回り利かせてくれているので、かなり助かってます」

 「そっかそっか。でも今回はダメだったみたいだね」

 「申し訳御座いません……」

 「御社が外注さんばかりに仕事を振ると、御社の強みって何だろうね。弊社から他の外注さんに依頼した方が、弊社は安く上がるし、直接話ができるから、弊社の考えが伝わらないなんてこともなくなるし」

 「弊社であれば外注先の納期管理や、技術相談なんかも乗ったりしておりますので、満足度の高い商品を――」

 「でも、その納期管理を今回できなかったんだよね?」

 「申し訳御座いません……」




 そんなことが頻繁に続いていれば、社員の不満は高まるだけでなく、取引先からも信用を失い、あの会社は自分で制作ができない、強みがわからない、発注するメリットがない、そんな声が広がっていく。

 すると、取引先は匠の会社に発注するメリットを見い出せないため、他社への発注へと切り替えるのが道理だろう。

 売上げは創業以来の最高額を出したが、その代わりに取引先の信用、自社の強みを失い、顧客が離れ、経営危機に陥っていた。


 「匠! どうなってるんだ! 売上高が前年比50%減じゃないか!」

 「ぜ、前期が良すぎただけだ。今期は確かに落ちたかもしれないが、来期は大丈夫だ」

 「営業利益なんて前年比70%減だぞ! これからの時代を見据えた事業スタイルじゃないのかよ!」

 「大丈夫だ、これから結果はついてくる」

 「その結果がこの数字じゃないのか!」

 「お、落ち着けって。この事業スタイルで間違いはないんだ」


 匠は創業仲間の3人から執拗に責められている。それもそのはず、匠のやり方で良かったのは最初の1年だけ、その1年も悠真が築き上げた信頼があったからなりたった1年だった。

 匠が社長となってから、取引先の評判は落ち込み、信用を失い、その結果が売上高の激減だ。


 「それに匠、おまえ横領してるだろ。先月と先々月に不正に現金が引き出された形跡があるぞ」


そう発言したのは取締役経理部長の亮介だ。


 「いや、あれは……あれは後で返すつもりだったんだ! 一時的に借りただけなんだよ」

 「匠、それも横領なんだよ」

 「ちょっ……ね、ねつ造か! 証拠をねつ造したな! 亮介、俺を嵌めたな!」

 「今自分で返すつもりだったって自白したじゃねぇか。最低だなお前」


 匠は万事休すといった状態で、背もたれに背を預けた。


 「なぁ、もしかして悠真の横領って、匠が仕組んだんじゃねぇのか」

 「はぁ? 蒼太それマジかよ。証拠があるなら解任も仕方ないって思ったけど……。匠、どうなんだよ」


 誠に問い詰められるも、うつむいたまま匠は答えない。


 「匠! 答えろよ!」

 「ああ、そうだよ。あの証拠はでっち上げだよ。悠真のやり方では――」

 「ふざけんじゃねぇぞ!」


 誠は思いっきり匠をぶん殴り、蒼太が羽交い絞めにして誠をとめる。


 「待て誠! 気持ちはわかるがちょっと落ち着け!」

 「匠、お前最低だわ」

 「俺だってそんなことしたくはなかったさ! でも、悠真のやり方では会社は成長できねぇよ!」

 「やり方なんていくらでもあるだろ! 仮に悠真のやり方がダメだったとしても、俺ら5人で話し合ってやってきたじゃないか!」


 匠は床に座り込み、うつむきながら涙を流し始めた。


 「すまなかった……」


 か細くそう言った匠に、亮介が告げる。


 「匠、お前は解任だ」

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