滅戦士オルフェスと聖女エルミナ

 滅戦士めつせんしとは秘境の地に巣食う強力な魔物に対抗する存在だ。


 彼らの技術は他ならぬ魔物から着想を得たものである。

 生命力で圧倒的に人間に勝る魔物を相手に、彼らは自らの生命力を爆発させて戦うのだ。


 傷付けば傷付く程、危機に陥れば陥る程……彼らの生命力は燃え上がってその戦

技の鋭さへと転換される。


 そう、それは正に!


「オルフェス様ー!」


 ……そう、滅戦士オルフェスとは正にこの俺の事!


「オルフェス様ってばぁ、もー!」


 ……読者諸君、ちょっとごめん。地の文から台詞に切り替えるわ。


「うるせーぞエルミナ! 折角俺が導入の語りってやつをやってるのに!」

「エルミナはまだ未熟な聖女なので難しい事は分かりませんー」


 ……ああ、うん。読者諸君、今から説明するぞ。


 こいつは徳の高いとされる聖職者、その中でも特殊な使命を持って旅する者に与えられる聖女せいじょの称号を冠するエルミナで、今は俺と一緒に過ごしてる。


 旅の道中。丘を歩きながら、俺とこいつの会話が続く。


「聖女になってる時点で凄いだなんだとちやほやされてるじゃねーか」

「いーや駄目ですね。オルフェス様に褒めて貰わない限りは、私の中では正式な聖女とはなりません。言うなれば聖女カッコ仮、です」


 感の良い読者はこの台詞でもう分かるかと思うが……ぶっちゃけエルミナはアホの子だ。


「――そんな風にすーぐ私をアホを見るような目で見るー!」

「実際アホだからな」

「ひどーい!」


 俺は三週間前、とある冒険の最中にこのアホの子を拾った。


 俺はこいつの事を冒険の仲間として、節度ある態度で接している。

 しかしこいつの俺への距離感が変に近い所為で時々、別に言いたくも無い悪口を言う羽目になってしまうんだ。


「俺と一緒に居るのが嫌なら冒険者ギルドで旅の仲間パーティー募集を掛けろ。聖女の肩書が有るからきっとメンバーには困らんさ」

「嫌ですー私はオルフェス様と一緒に居ますーイチレンタクショウですー」


「……お前、一蓮托生いちれんたくしょうがどういう意味か知ってて言ってるのか?」

「良い時も悪い時も私達はズッ友だよっ!――ていう意味でしょ。それ位知ってますよ」


「ギャルみたいなノリで言うなや」

 とはいえおおむね意味は合ってるから困る。


「意外と真面目そうな子よりも、ギャルの子の方が気さくに話し掛けてきてくれるんですよー。『うっわ聖女様だ! 聖女様マジ聖女ー』っていう風に。そんな彼女達とお話するのは楽しくって、その中できっと口調が移ったんでしょうねー」

「なんでドヤ顔で言ってんだよ、アホの子かよ」

「またアホって言ったー!」


 厳格な風習が残る秘境で育った俺にとっては、今風の若者のノリに染まったこのエルミナとの会話はとても疲れるものだ。


「オルフェス様だって口が悪い癖にー!」

「それでもお前よりはまだちゃんとしてるわ!」


 気が付けばいつもケンカになるが、それでもこいつは俺から離れようとはしない。一体何故なのか……。


「大体オルフェス様は女心を分かってな――」

「しっ。静かにしろ」

「な、なんです?」

「魔物の気配が近付いてる。油断するな」


 滅戦士として過酷な戦いの日々を過ごした俺には、敵である魔物の気配を敏感に察知出来るのだ。今回は中々骨が折れそうな強い奴が来るようだぞ……。


「へあっ!? そんな急に言われてもー!」

 目を丸くしてそんな事をのたまうエルミナを見て俺は、こいつは本当にアホの子らしいアホな反応をするなぁと思った。しかし今はそこにツッコミを入れてる場合じゃない。


「来たぞ!」

「うひゃあ!」


 上空から出現したその魔物の名はヒポグリフ――馬の下半身に鷲の魔物であるグリフォンの上半身と翼を持つ、大自然の中で生まれた異なる生物同士との混血種ハーフである。


 ヒポグリフは興奮した様子で、俺達の事を爛々と目を光らせながら睨んでいる。


「俺が戦う。お前は絶対に手出しするなよ!」

「オルフェス様ー!」


 エルミナの叫びを背中に受けながら、一気果敢にヒポグリフへと斬りかかる。


 ヒポグリフは前脚の尖った爪で俺を狙う。

 人間よりも巨体でありながら獣の如き俊敏さで繰り出される攻撃を、俺は避け切る事が出来なかった。


 肩に奴の爪が食い込む。装備していた肩当てはなんの役にも立たなかった。

 肩当てが弾け、肉がえぐられ鮮血が散る。


「オルフェス様ぁ!」

「下がってろエルミナ!」


 彼女が心配してくれる気持ちは有り難い……。しかし俺が滅戦士である以上、その心配は無用のもの。


「ハアァァァァ!」


 肩に受けた傷の痛み、それこそが俺の力の源になる。

 そう、危機にひんした時に生命は熱く輝くもの……。俺の滅戦士としての真価は生命の力を戦闘力へと転換出来る事なのだ。


 俺が意識を集中させると、手にした剣がみるみる内に光を帯びていく。


「喰らえ、滅戦士奥儀!」

 魔物の膂力に迫る力強さで剣を振り被って、ヒポグリフの首目掛けて振り下ろす。


 そして――!


「ヒーリング!」

 甲高くも何処かアホの子っぽい声が、その魔法の名を唱えていた。ヒーリングとは傷の治癒効果を即効で発現させる魔法であるが……。


 ちょっと待て、今このタイミングでその魔法はダメだって!


 なんという事か。魔法は背後から俺の体を包み込むように発現して、肩の傷を瞬く間に癒していきやがる!


「へにゃあ――!?」

 間の抜けたその言葉は、すまん俺のだ!


 傷が癒えた事で今度は逆に生命の力が落ち着いて、その所為で剣から光が消えていく。

 全身に掛け巡っていた力が急にしぼんでいったら、そりゃあ変な声が出てもしょうがないって!


 ガッキィン――。鈍い音と共に剣がヒポグリフの頑強な首に弾き返された。


「クエエエエッ!」

 ヒポグリフのカウンター攻撃。勢い凄まじい爪の横薙ぎが俺の横腹に炸裂して、最早為す術なく空へと吹っ飛ばされるのでありましたとさ。


「そんなアホなーーーーー!!」


 …………。


 ※


「オルフェス様、オルフェス様ぁー!」


 地面に転がっていた俺へと駆け寄ってきたエルミナ。


「オルフェス様、大丈夫ですか!?」

「……そんな風に見えるか、このアホー!」


 全身の痛みを押し殺して、俺はなんとか体を起こす。ここまでの痛みを受けては、流石に残りの生命力を戦いに使う訳にはいかない。


「うひゃあ、ごめんなさいー」

 泣きそうになりながらペコペコ頭を下げる彼女だったけど、ここは一つ言っとかなきゃいけない事が有る。


「戦う前に『手を出すな』って言ったろーが。それを寄りに依ってヒーリングを掛けるなんて!」

「でもでもっ、あんな怪我してたら私としては、えと、聖女として癒さなきゃって思うじゃないですかー」


「聖女、カッコ仮な! 滅戦士はな、力を上げる為にわざと生命力ライフを減らしたままにする事だってあるんだ。そういうのも含めて生命力ライフの管理をしなくちゃならない職業クラスなんだぞ」

「それは知ってますけどぉー。でもオルフェス様の傷付いた姿なんて、私見て居られなかったんですー! ……えっと、その、聖女として?」


 必死の顔で目に涙を溜めながら、でもなんか最後の方はしどろもどろになっているエルミナの言葉。

 しかし俺は人差し指を突きつけて言う。


「カッコ! 仮なっ!」

「……くぅー、オルフェス様ったらぁ! もー知らないっ!」


 遂に頬を膨らませてそっぽを向くまでする彼女。――その態度は一体なんだ!


「寧ろ俺が言いたいわその台詞!」

 まったく、こいつと居るとホント一気に疲れるわ。


 ……でもあれだな。


 こんなやかましいアホの子なんて、幾ら聖女といえど並の奴じゃやっぱり無理だろうな。仲間になっても、恐らく途中でほっぽり出すに違いあるまい。


「……傷、治してくれよ」

 俺の言葉に、そっぽ向いてた彼女が瞬時に向き直った。


「えっ、良いんですか?」

「それがお前の職業としての役割だろ。治すとなったら、まあ、お前に頼むしかない訳だからな」


 めっちゃキレた後ですぐにこうやって頼むのも気恥かしいが、でも仲間だから別に良いだろ、うん。


「は、はいっ」

 エルミナは急にぱあっと明るい表情になって返事してきた。本当に感情の変化の激しい奴だな。


「リジェネレイト」

 彼女は俺の手を取り、自然治癒力を高める効果を持つ魔法を唱えた。


 体自体の健やかさの為には回復はあくまで緩やかな速度で行った方が良く、ここでは彼女は適切な判断をしたのである。


「お体、大事にして下さいね」

 優しい口調でそう言うエルミナ。


「まあ、なるべくそうするわ」

 確かに体を壊すまでしてしまっては、こいつの事を守ってやれないからな。


 えっと……な、仲間としてなっ。


 ――つづく?――

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神代零児のキャラ・エピソード集 神代零児 @reizi735

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