神代零児のキャラ・エピソード集

神代零児

魔術学院の教師代行ラーツィ・ニア

 クランハイム魔術学院は修業年数が七年間と長く、学徒の年齢も十一歳から十八歳まで――七学年目の最中に誕生日を迎えた者が十八歳――と多岐に渡る。


 時には優秀な高学年の学徒が、教師代行として低学年のクラスで講義を行う事もあった。

 代行をこなしてみせれば当人の学院での評価もより高まり、卒院後の就職先を決める上でも優位に立てる。


 今日も一人の最高年学徒が一学年のクラスで代行を務めている。


 冷たさと熱さという両極を併せ持つ緑の眼光。かつては学院内で最大最凶の異端児と呼ばれ今でも他の学徒から畏怖される、その名はラーツィ・ニアと云った。


「この世界に於ける魔法を使う為の基本的な力は、その者自身が持つ魔力。当然一度使い果たしてしまえば、回復するまでの間はどんな偉大な魔術師だろうと唯の人だ。――そんなのは格好悪くて嫌だよな?」


 教壇上のラーツィがクラスの学徒達に向けて講義を行っている。まだ少年少女な一学年が相手でも甘やかさず、彼らの自尊心プライドを刺激する語り口調が徹底されている。


 しかしラーツィの冷然としながらも熱を帯びる講義に、学徒達は迫真の顔でのめり込んでいる様子だった。


「はい」

「うん」

 短い返事を寄こすのは、それだけ講義に集中しているからだ。


 ラーツィの語りは、彼らに自分がいつか成長して立派な魔術師になっている姿を想像させているのである。講義の内容を自分に関係する事として、しっかり意識付けているからのめり込んでいるのだ。


「だからさっき教えた付与エンチャントという魔法技術が在る。日常の中で予めスタッフなどの触媒しょくばいに、自分がその先使うであろう魔法を魔力ごと溜めておくという訳だ。付与した魔法を使う時には、自分の魔力を消費せずに済む。――その付与する魔法の選択にもこだわれ。わざと魔法レベルの低い物にしてその代わり使用回数を増やすか、高レベルの魔法にしてここぞという時の切り札として使うか、お前達自身が考えるべき事は多いぞ」


 ラーツィはひとしきり語っていき、そしてひと段落付く所まで講義が進んだ。


「あー、やっぱりラーツィ先生の講義は分かり易いなー」

「ツンとしてるように見えてても、俺達が出来た所はめっちゃ褒めてくれるしなー」


 一学年の年齢は十一歳。少し気の緩んだ彼らにはまだまだ少年少女のあどけなさがあり、無邪気と言って良い話し声がちょくちょく上がっている。


「ふん、お喋り達め。とはいえ今教えた内容は中々難しかっただろうから、ここで一息入れる位は許してやるべきかもな」

 十七歳、最高学年の貫録。落ち着き払った口調でラーツィがそう言って、微笑んだ。


「流石ラーツィ先生!」

「アメとムチのバランスが凄え! だから好き!」

 学徒達からそんな元気の良い言葉が返ってくる。教室内は暫しわいわいとした空気に包まれた。


 しかしその中で――。


「そういえばクリオ先輩とは相変わらず仲良しなんですかー?」

 そんな質問が混じって出て来た事には、冷静なラーツィの顔が若干強張ってしまう。


「う、うるさい。そういう事を講義の場で話題にするんじゃあない」

「あはは、先生面白い顔してるー」


 常人離れした美しさと印象深さを放つ緑眼を持つラーツィであるが、そんな彼が取り乱してしまうと、緑眼の強い輝きと表情とのギャップで独特なユニークさが生じるのである。


「お前ら、俺の緑眼で笑うのだけは許さんからな!」


「えー、でも面白いんだもん」

「そんなに慌てるって事はやっぱり仲良しさんなんですねー」


 自身の緑の眼に誇りを抱いているラーツィに対してそこをからかうのは、実は彼の事をより知っている高学年内ではご法度とされている。


 彼自身が低学年の頃、悪どい高学年の五人グループがその緑眼にもっと酷い難癖を付けた上に、お前の存在が目障りだと言って襲い掛かる事件が起きた。


 ラーツィは自身の命の危機さえある状況の中、その場の判断で全員を高い魔力で八つ裂きにしてみせたのだ。


 五人が元々魔法を使って学院内外問わず悪事を働いていた事もあり、ラーツィは正当防衛を認められたが、他の学徒の殆どは彼の力と敵に対して容赦をしないその心を恐れ、そして彼に近付かないようになっていた。


 そんな彼も長い年月で心身共に成長し、愛する同学年の恋人を持つ身となった。

 だから今では、無邪気さを武器にからかってくる少年少女達相手に、彼なりの甘さというものを見せる事が出来るのだ。


「そこのお前、図に乗るんじゃない!」


 ラーツィが『仲良しさん』と言った少女に手の甲を向けて、それから人差し指をぴんと天井に立てた。

 すると彼の足元からなんと緑光を纏った植物のつるが出現して、瞬く間に彼女を雁字搦がんじがらめにしてしまう。


「えっ!? ――きゃはははっ!」

宙に浮くみたいな恰好になった少女に更に蔓が纏わり付いて、その身をくすぐっていたのであった。


「せ、せんせーい、やめてやめ――きゃははは!」

 言葉が途切れる位に笑ってしまっている少女に、ラーツィは少し含みを持たせたような言い方をする。


「さあここで抜き打ち問題だ。今みたいに相手を怒らせた時に使える便利な言葉が有る。それはなんだ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!」


 間髪入れずに三度答えた少女。大事な事は大抵二度言えばその大事さが強調出来るものだが、そこに更に一度被せたのだからよっぽどくすぐったかったのだ。


 ラーツィがふと微笑むと弦はくすぐるのをやめ、少女を優しく席に戻してやってから床の下へと消えていった。


「正解だ、知見を示したお前を俺は教師として称賛するぞ。皆も彼女の素直さに見習うようにな」

 今は落ち着き払った様子でそんな風に言ったラーツィ。


 単純にからかわれた腹いせに魔法の蔓を出した……という訳ではない不思議な深みが彼の佇まいからは放たれている。


 実際――。


「はぁはぁ。笑い死にするかと思ったぁ……」

「でもお前なんだかんだで良い感じに目立てたじゃん」

「あたしは逆にラーツィ先生におしおきして貰えるなんて羨ましいと思ったわ」


 彼に大きく八つ当たりだなんだと非難を向ける学徒は居なかった。


「素直さは美徳であり幸福を招くきっかけにもなる。――さっき彼女は素直に相手に謝る為の『ごめんなさい』という言葉を口にした。そう、話した言葉には何かしらの力が宿るものなんだ」


 ラーツィはあくまで、クラスの学徒達に教え伝える心で彼女に『問題』を投げ掛けていたのである。

 少年少女、低学年、そうだといって皆を侮ったりはせず、どんな時でも彼らと向き合って話して聞かせるラーツィ先生。


「はーい!」


 例えほんのささいなお調子乗りから始まったやりとりでもおざなりにしない、そんな彼の言う事だから皆も聞く気になる。


「仮にも魔法の呪文という、強い力を持つ言葉を操る魔術師になりたいのなら、日常で触れている言葉についても意識を向けておけよ。……そうすれば、からかわれた事を講義のスパイスに変えるという高度な幻術イリュージョンだって使えるようになる」


 ラーツィは最後にそう付け足してから、皆に緑眼のウインクを見せた。彼のこんな仕草は高学年達からすれば物凄い稀少事象レアだ。


「あー、先生オチ付けたー」

「幻術って今のはホントの幻術とは違うじゃーん。どっちかっていうと手品の方でしょー」

「ていうか話の持っていき方上手過ぎー。魔力が強くてその上話し上手、そりゃあクリオ先輩もベタ惚れですわー」


 とはいえ、別の少年がまたおふざけでラーツィの恋人、れん魔女まじょの異名を持つクリオ・アリアーデの名前を出してしまえばやっぱり――。


「――うひゃははは! 先生ごめんなさいってばー!」


 即行で謝った少年であったが、今度はラーツィもやめてやらなかった。


「言葉には『使い古された』というマイナスの属性が付く事があってな。そう何度も同じ効果を発揮出来るとは限らないんだ」

「そんなあ、先生ってばぁーあーはははー!」


「さて、それでは講義を再開しようか。ああ、そこで蔓に絡められているお前には十分後講義に関する質問をするから、それまでしっかりと内容を聞いておくようにな」

「えっ、この状態のままでぇ!? 無理無理むーひゃははははー!」


 シメる――いや、める所はきちんと締める、そんなラーツィ先生の講義は後日このクラスの学徒達から大変良い評判を受けたようである。


 ――おわり――

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