第20話 天花乱墜

「藤堂さん、もう、止めてもらえませんか?」


「ほう?」「結城、何を言っている!?」


藤堂が片方の眉を吊り上げ、葉月は当惑したような顔で和馬を見た。

一呼吸置き、背筋を伸ばして言葉を続ける。


「じきに警察の方が到着します。この施設も、今作っているという魔薬も押収され、貴方たちも全員逮捕されるでしょう。二人を返して、速やかにこの場を立ち去ってください」


ゆっくりと、慎重に言葉を選んだ。

こんな悪党と取引などしたくはなかったが、何より優先すべきは二人の命だ。

利害を説けば、この場を収めることができるのではないか――不本意ながら、和馬はそれに賭けてみることにしたのだった。

今は正義を行使するよりも、命を救うことが先決だ。


だが、藤堂は和馬の提案を一笑に伏した。

周りの男たちも、せせら笑いを漏らしている。


「結城和馬。図体に似合わず、意外に慎重な男だな。いや、これも情報通りか。ふん、お前に心配されずとも、逃げ道は確保してある。それに、警察が来ようが代理人どもが来ようが同じこと。お前たちを人質にすればいいだけの話だ。わざわざ解放する意味などなかろう?」


和馬は歯噛みした。

やはり、凶悪なテロリストを真正面から説得することなど不可能だ。

ここまで来て、何もできないのか――。


「しかし面白いな、結城和馬。ユニークな男だとは聞いていたが……壮健な肉体に封門師としての能力、それにその歳不相応な冷静さ……そうだ、いっそこの私に仕えてみないか?」


「えっ……な、何をっ!?」


藤堂の思わぬ提案に、和馬は思わず怒りを露わにしてしまった。

自分が、魔族排撃などを掲げる秘密結社の一員になるなど――絶対にあり得ないことだ。

だが、そんな和馬の憤慨にも構わず、藤堂はべらべらと喋り続ける。


「よく考えてみろ、私がやっているのはごく当たり前のことだ。かつて我々人類が歩んできた道を、ただなぞっているだけに過ぎん」


「ふざけるな、何が当たり前だ!」


「黙れ、薄汚い魔族のハーフごときが私の言葉を遮るな。良く聴け、結城。有史以来、人類はこれまで飛躍的な発展を遂げてきた。表立った歴史書には記されていないが、その原動力となったものの一つに魔族の存在があったことは、お前も知っているだろう」


和馬は頷きはせずに、沈黙でもって答えた。

藤堂が語っているのは、研修で学んだ内容そのままだった。


「だが、人類は魔族との友好的な交流によってその力を得てきたわけではない。激しい闘争を重ねる中で、奴らを捕らえ、研究し、犠牲にして発展してきたのだ。そうだろう?」


否定はできなかった。

まぎれもなくそれは、人類が歩んできた裏の歴史そのものだったからだ。


「いや、魔族だけではない。この地球上にある、ありとあらゆる物を利用し、ある時は犠牲にしてここまで進んできたのだ。それを否定することは、すなわち人類の歴史を否定することだ!」


藤堂は、己の言葉に酔い痴れるような顔で椅子から立ち上がった。

メルと、葉月の祖母が苦悶の表情を浮かべる。

和馬は己の胸に手を当て、きっと藤堂を睨みつけた。


「それは全て過去のことです! 犯した過ちに気づき、正していくのが、僕たちがこれから歩んでいくべき未来じゃないですかっ!」


胸を張り、堂々と言い放った。

こんな人間の言葉に、己の悪事を正当化しようという言葉に、絶対に屈するものか、惑わされるものか――強い意志が和馬の心にみなぎっていた。


「ふん、青臭いことを。私はな、そういう偽善が一番嫌いだ。大層なことを言っているが、お前のその封門の能力も、元をただせば魔族との交わりによって得られたものではないか?」


和馬の脳裏を、封門師としての修練を始める前に母が告げた言葉がよぎった。


――私たちの身体には、魔族の血が流れている――。


人間界と魔界を結ぶ『門』。

それを作り、あるいは封印するための能力を、古代の人類は有してはいなかった。魔族との混血により、人類は初めてその力を得られたのだ。

魔族と彼らの力を利用している、と言われてしまえば否定することはできない。


(続く)

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