第21話 不撓不屈

「無論、この私とて同様だ。魔術、この素晴らしい力も、源流を辿れば魔族に行き着く。それは覆しようのない事実だからな。忌々しいが、遡れば私にも魔族の血は流れていよう」


「それなら……どうして……」


なぜそこまで分かっていながら、このような非道を働くのか。


なぜ、彼らと共存する道を模索しようとしないのか。


和馬には、藤堂の思想がまるで理解できなかった。

藤堂は和馬の当惑を、鼻先で笑い飛ばした。


「はん、己の持つ能力を伸ばしたいというのは当然のことだろう? 魔族どもは言うなれば私のための踏み台だ。私がより高みを目指すための実験台なのだよ」


「そんなこと、絶対に許せません!」


他者を踏みにじり、犠牲を強いた上で理想を描くなど、到底和馬には容認できなかった。

それは理想や夢などではなく、野望――否、醜悪な欲望に過ぎない。


「ふふ、結城……お前は、なぜそこまで魔族の味方をする? よもや、この夢魔の小娘にたらしこまれたのではあるまいな? サキュバスの手練手管に、世の大半の男は抗しきれぬと言うからなあ、くっくっくっ……」


「メルちゃんはそんな娘じゃないっ!」


藤堂と男たちの下卑た笑いに、和馬は激高した。

隣の葉月が、憤怒で全身を震わせているのが横目に映る。


「だがな、奴ら魔族も、私と同じことをしているのだぞ? 古来より数多の人間を浚い、研究し、この世界を侵略しようと目論んでいる。今は穏健派どもが魔界を統治しているが、奴らが武闘派に打倒されれば、戦争だ。その時になってからでは遅い。私たちが魔族を研究し、武装するのはそのためだ。私は決して間違ってなどいない。お前たちも、私の言葉が正しかったのだと、いずれ知ることになろう」


今も魔族による犯罪が起きているのは、確かに事実だ。

そのために、理子や大崎が日々頭を悩ませているのも和馬は知っている。

しかし、それで藤堂たちの凶行が許されるなどという道理はない。

天真爛漫な理子が時折見せる、疲れきった表情。

いつでもマイペースで飄々とした大崎が、罪を犯した魔族を追う時の、複雑な心情が入り混じっているであろう横顔。

それらを和馬は何度となく目にしてきた。

平和のために働く――彼女たちのそんな願いも努力も、藤堂は無に帰そうとしているのだ。


「違う! 貴方たちは最初からただ戦争を望んでいるだけだ! 貴方たちがこんなことを続けるから、いつまで経っても戦争が繰り返されるんだ!」


「馬鹿が! 人類の歴史上、戦争のない時代など無い。所詮、己と異なる存在を受け入れることなど決してあり得ないのだよ。ましてや、魔族ともなれば尚更だ!」


和馬の力強い言葉に、藤堂が激したように腕を振るって叫び返した。

終始見下したような態度の彼が、余裕を失っているようにも見える。


「奴らとの和平など絵空事、絶対にあり得ぬ! 協調? そんなもの、望むべくもない。互いが互いを憎み合って滅びるまで戦うか、力に勝る側が支配するよりない!」


「それが過去、現在の世界の姿だとしても! 未来は違う道が開けるかもしれません!」


「何!?」


「今はまだ無理かもしれません。でも、僕たちが……いや、僕たちの次、もっと未来になれば……この世界を変えることができるかもしれないじゃないですかっ!」


「そんな先のことなど信じられるかっ! 今、目の前の敵を滅ぼす、ただそれだけだ!」


藤堂の肩が激しく上下している。

相変わらず強い語調だが、表情には先程までのようなもったいぶった余裕が感じられない。

和馬の思わぬ反論に、動揺しているのは明らかだった。


「貴方は未来が信じられないのですか? 人類のためになんて言いながら、人類の未来を信じていないのですか? 過ちを繰り返すだけの愚かな者たちと見下しているのですね?」


「……黙れ」


和馬の問いに、藤堂は怒りを押し殺した低い声でうめく。

取り巻きたちが焦ったように藤堂の表情を窺っている。

葉月が何度も瞬きを繰り返し、驚いた顔で和馬を見つめて呟いた。


「結城……お前は……」


和馬の頭は澄み切っていた。

迷いはない。

自分は何も、間違っていない。

自分と自分を支えてくれる周囲の人々、それに人類とその未来を一転の迷いもなく信じ、ただ心のままに力強く言葉を紡ぐ。


「貴方は人類のことなんて本当は何も考えちゃいない! ただ戦争がしたい……いや、ただ自分勝手に振る舞って、好き放題に悪事を働きたいだけだ! 自分のことしか考えられない、そんな貴方こそが平和を阻む、人類の本当の敵だ!」 


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れぇ! わ、私の言うことに逆らうなっ! 世間知らずの小僧のくせに、この私に盾突くんじゃない!」


血走った眼で叫ぶ藤堂の言葉は、ついに論理性を放棄してしまっていた。

まるで駄々っ子のように喚き散らす魔術師の姿は、あまりに哀れだった。

和馬は間髪入れず、とどめを刺した。


「僕は可能性に賭けたいんです! 人間界と魔界の協調という理想のために、自分の力を活かす、それが僕の夢です!」


「黙れぇえええええええええええええっ!」


藤堂が絶叫し、両手を高々と掲げると、メルを束縛していた蔦が急速に数を増し、美しい裸体を痛々しいほどに締め上げた。

半ば意識を失っていたメルが、甲高い悲鳴をあげる。


「メルちゃん!」


和馬は、唇を血が滲むほど強く噛み締めた。

四人の男たちが、つかつかと和馬に近づいてくる。


「動くなよ、結城和馬! こ、この娘を殺すぞおおおおっ!」


興奮のあまり声を枯らす藤堂。

その眼は、本気の殺意を宿していた。

和馬は動けなかった。ただじっと、囚われのメルを見つめる。

身を苛む激痛に、彼女は必死で耐えていた。


「うはははははっ、いひ、ひひひ、動くんじゃないぞぉ? 二階堂、お前もだぁ。ちょっとでも動いたら、この娘を殺してやる。よしお前ら、その生意気な小僧を痛めつけろ! この偉大な私に逆らったことを、心の底から後悔させてやる! いひ、うへ、うへへへへっ……」


狂的な愉悦に溺れる藤堂。

薄ら笑いを浮かべた男たちが、和馬を取り囲んだ。

和馬は両手をがっちりと握ったまま、全身に力を込めた。

絶対に、絶対にこんな非道には屈しない――鋼鉄の意志が、和馬を支えていた。


(続く)

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