第18話 季布一諾

美帆の戦いぶりは、まさに凄まじいの一言だった。

『鬼遣』の一振りで数体の傀儡と影傀儡を一挙に崩し落とすと、二人に先に進むよう促した。

そのまま殲滅すら可能に思えるほどだったが、案の定、傀儡も影傀儡もすぐに復活してしまった。

やはり、術者である藤堂蔵馬が解かない限り、延々と包囲を解くことは不可能なのだろう。


美帆が心配ではあったが、彼女の意を無駄にはできない。

傀儡どもを消すには、一刻も早く藤堂の元へ辿り着くしか道は無かった。


工場の正面扉は、当然のように固く閉ざされていた。

仕方なく、非常階段を登る途中で窓ガラスを破り、和馬と葉月は内部へ突入することに成功した。


和馬たちが中に入るとほぼ同時に、工場内の明かりが消えた。

お前たちの行動は全て監視済み、ということを伝えたいのだろうか。

圧倒的に不利な戦況だが、今さら後には退けない。


工場内部は、設備の大半が取り払われていた。

がらんとした真っ暗な空間を支配する、重苦しい空気。

常人であれば、ものの数分で具合が悪くなってしまうことだろう。

二人は警戒を怠らず、慎重な足取りで歩を進め始めた。

床の埃が分厚い層となっていて、歩くたびにそれが舞い上がる。


途中、そこかしこに蒼白い人魂のような炎が浮かび、二人の足元を照らしていた。

これも藤堂の術によるものだろう。

同時にいくつもの術を操るのは、魔族とて容易なことではない。

恐るべき敵であることは、認めざるを得なかった。


(おかしい……)


進み始めてすぐに、和馬は違和感を覚えた。

確かに広い工場ではあったが、先程からまるで前に進んでいるように感じられない。扉を開け、廊下を進み、扉を開け――何度か繰り返したが、同じ所をぐるぐると回っているように思えてしまう。

複雑怪奇な造りの迷路に、迷い込んでしまったかのようだ。


「奴の結界だな……『長老』、頼んだぞ」


「ほほ、我が主よ。お任せあれ。しかしこれを解くには、少々骨が折れますのう」


これもまた、藤堂が侵入者を阻むために仕掛けた罠だった。

葉月の『長老』が呪文の詠唱を始めると、蒼白い炎が一つずつ、消えていく。

これらが全て消え去るまで、前に進むことはできないということだった。


葉月は唇をぎゅっと噛み締め、苛立ちを隠そうともしない。

その気持ちは和馬も同様だったが、自分の力ではどうすることもできない以上、堪えるより無かった。


「二階堂さん……」


「何だ?」


返す言葉にもトゲがある。あまり良いコンディションとは言い難かった。

彼女がこのまま祖母と、藤堂の前に出たら――悪い予感しかしない。


「その……おばあちゃんのこと、好き?」


「はぁ!? お前、こんな時に何を……」


唐突な質問に、葉月が気色ばんだ。

訊くべきか否か迷ったが、和馬はどうしても確かめたかった。

いや、彼女が祖母をどう思っているかなど、これまでの様子を見れば明白だ。

本来なら、わざわざ確認するまでもないことだろう。

だが、それでもあえて彼女の口から――その言葉を聞きたかったのだ。


「……好きだ」


ややあって、葉月がボソリと呟いた。

青ざめていた頬が、かすかに朱に染まる。

彼女の回答に、和馬は口元をほころばせて大きく頷いた。


「……私が小さい時から……何度も、祖母はこちらの世界に来てくれて……私に、いつも優しくしてくれたんだ……私はこの身体と魔力のせいで、周りから避けられていたからな……本当に、本当に嬉しかった……」


葉月の声が潤んでいた。

祖母と過ごした幼少の思い出が蘇ってきているのかもしれない。

和馬もまた、自分の祖父母の事を思い浮かべていた。


「……お、おい結城! 今の話、誰にも言うなよ」


感慨に浸っていると、葉月の口調が元に戻った。

だが、先程までの切迫した感じとは明らかに違う。

普段の『葉月』だ。


「大丈夫、絶対に誰にも言わないよ」


「そ、そうか……な、ならば、よし……ま、全く、変なことを訊いてくるから……」


笑顔で答えると、葉月は少し照れたようにブツブツと呟いた。

一つ、また一つと消えていく、結界の蒼白い炎。

二人は押し黙ったまま、その様子をじっと見つめていた。

横顔を見る限り、葉月も先程までよりだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。

 

ようやく最後の炎が消えようとしていた。

藤堂には時間稼ぎをされてしまったが、和馬たちもその分、心静かに戦闘態勢を整えることができた。


薄暗く長い廊下を進むと、大きな両開きの扉に突き当たった。

灯りが点いている。

中から、複数の人の動く気配が感じられた。


(ここだ……)


和馬の直感が、目的地に辿り着いたことを告げた。

錆びついた扉の向こうから、不穏な気の流れが感じられる。

扉には鍵がかかっていた。

葉月と目が合う。二人は同時に頷いた。

葉月が『鍛冶屋』を召喚し、細身の剣と銃を構える。

和馬は呼吸を整えると――肩から扉にぶち当たった。

百キロを優に超える巨体の渾身の一撃に、扉は激しい音を立てて開いた。

そこに待ち受けていたのは――稀代の魔術師と呼ばれる男・藤堂蔵馬だった。


(続く)

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