第17話 蓋世不抜

「いやはや、これは拍子抜けですねえ~。ここの首領は悪辣非道、稀代の魔術師などと拝聞しておりましたが、部下の方々は三下に毛が生えた程度の雑魚同然ではないですか~。これではその首領の……ああ、お名前を失念するところでした、藤堂某とやらも無為無能の誹りを免れませんね~」


おっとりとした口調だが、美帆はこういう時にはひどく毒舌である。

ともかく、第一の障害は無傷で乗り越えることができた。

しかし、三人は前に進もうとしたところで一斉に足を止めた。


「これは……」


「あらあら、そういう事をしてきますか~。なるほど、嫌な人ですねえ~」


和馬は何も言わず、苦虫を噛み潰したような表情で拳を握った。

三人に倒された男たちの身体が、まるで操り人形のように不自然な動きで立ち上がる。

明らかにそれは、魔術師・藤堂蔵馬の仕業であった。


(これは確か、『傀儡』の術……)


意識のない他者、あるいは死体を操り、命令に従わせるという術だ。

魔族の中にこの術を駆使する者がいると研修で学んだが、藤堂も同じ術を使えるのだろう。むろん、人道に反する外道の業だ。

歯噛みしているところに、さらに地面から無数の漆黒の影がゆらゆらと立ち昇ってきた。いずれも2メートルに達しようかという高さで威圧感がある。

人間の形状をとっているが、もちろんこれも藤堂の術による産物だ。

いずれも顔らしき部分に、深紅の丸い目のようなものがある。


「ふん、『影傀儡』まで使うのか……」


「しかもこれだけの数を一気に、とは驚きですねえ~。でもそれなら、最初から使えばいいと思うのですけれど……ああ、きっと性格がどうしようもないほどに捻じ曲がっていらっしゃるのでしょうねえ~。これは何とも、矯正のし甲斐のあるゴミのような悪党ですわ~」


美帆の毒舌が止まらないのは、相当に怒りが溜まっている証拠だった。

傀儡と影傀儡が、三人を包囲する。

今、これら全てを相手にしている余裕はない。

何とかして突破口を切り開き、すぐにでもメルと葉月の祖母を救出に向かわなければならなかった。

葉月が舌打ちし、人差し指から『長老』を召喚する。


「ほほう、これはかなり強力な術者によるものですな。しかし我が主よ、屋内より不穏な気配を感じます。大奥様の身に、何かあったのやもしれませぬ」


「何だと!?」


葉月が血相を変えた。もどかしげに、取り囲む傀儡どもを睨みつける。

影傀儡の内、いくつかは宙に浮いていた。

跳躍してやり過ごすことも、今のままでは厳しいだろう。

このままでは間に合わない。


「ふむ、致し方ありませんねえ~。では、この場は不肖・佐竹美帆が血路を切り開かせて頂きます。お二人は救出に向かってください」


「美帆!?」「美帆さん!」


「あらあら、ご心配なく。陳腐なお話では、このまま私が無情にも命を落とす流れでございますが、あいにく私は当代『剣巫女(つるぎのみこ)』。この私にかかれば死亡フラッグなど笑止千万、水面に浮かぶ泡の如し。そうやすやすと黄泉平坂を下りはいたしませんよ?」


普段とは違う、歯切れのいい口調――彼女がメンチーを切る時と同様だ。

顔つきも眼光鋭く、普段ののほほんとした様子とはだいぶ変わっている。

美帆の全身が、眩い光を放った。

心なしか、辺りの温度が上昇しているようにも感じられる。心地よい暖かさだ。

葉月が目を見開き、ハッと息を呑んだ。

制服姿の美帆の肩や腹、さらには腰や足元から、小柄な者共の姿が浮き上がってきている。


「美帆さん、もしかして……」


彼女の身体から現れたのは――無数の魑魅だった。

いや、姿形こそ異形の魔物そのものだが、白金の光を帯びた彼らの姿はどこか神々しささえ感じさせる。

以前の彼女の言葉を借りれば、それは『浄化』された存在なのであろう。

魑魅たちは互いに重なり合い、やがて美帆の顔から下をすべて覆い尽した。


「……『妖魔殻鎧(ミディアンズ・アーマー)』……お前、そんな事も出来たのか……」


「あらあ、そちらの世界ではそう呼ばれているのですか。随分とハイカラな感じになりますねえ、うふふ……」


ポニーテールが解け、彼女の黒髪もいつの間にか全て真っ白に変じていた。

手にしている『鬼遣』の太刀影も、常より増しているように見える。

穏やかな美貌も、今は鋭く熱い闘志に満ち満ちていた。


(これが、美帆さんの本気……)


一見ただ魑魅を食べているだけのように思えた彼女の行動も、実は来たるべき死闘に備えてのことだったのだ。

彼女の底知れない能力に、和馬は戦慄を覚えた。


「では……和馬さん、葉月さん、ご武運を」


(続く)

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