3章『サンシュウの街の主と従者』エピローグ

 数日後に開催された任官の儀は華やかなものだった。


 幾重にも飾り立てられた装飾とピカピカに磨き上げられた武具を身に着けたシーザール以下百余命は居並ぶ衛兵と比べても遜色無い。 


 それどころか彼らですら魅了してしまうほどに重厚で立派に景色で、シーザールの部下達も一人一人誇らしげにそれを誇示している。


「どうなることかと思ったけど無事に任官できてよかったな~」


 居並ぶカルメラ家の者たちの脇に作られた席でムランがホッとしたように呟く。


「おかげさまでね、もっとも流石に少し前まで他国に仕えていた人間を任官させる以上は大々的に発表するわけにはいかないから質素になってしまったけれど」


「えっ?あ、あれで…です…か?」


 ムランが驚くのも無理は無かった。


 彼らの目の前で少しの乱れも無く隊列を組む彼らの装備から当座の支度品まで全てカルメラ家が用意したのだ。 


 なおかつ一度に百名以上の兵士の給料を考えれば平均的な貴族が数年は慎ましく生活をしなければいけないほどの費用が掛かっているのを同じ領主家業であるムランにはわかってしまう。


「はあ~、わかってはいたけれど姉さんには本当に適わないな~」


 溜息をつきながら従姉弟との金銭的な力の差を痛感してしまう。

 

 せめてグラン家にカルメラ家の十分の一いや数十分の一くらいの資金があれば、領内のあちこちに金を掛けることが出来るというのに。


「つまらないことを言わないの、しょせんは親の金よ。私の能力じゃないもの、ちっとも自慢にならないわ」


「そうは言いますけどね…あの兵士一人分出すだけで我が家なら鼻血が止まらなくなるほどですよ」


 ションボリとする弟分を励ますようにアルアが背中を叩く。


「何言ってるのよ、これから増やしていけばいいじゃない。私だっていつまでも親の金で過ごすだけじゃない。いずれもっとカルメラ家を大きくしていくわ、そのときにはあんたのところも協力していくことになるんだからしょぼくれてる暇なんてないわよ」


 快活な表情のアルアに引っ張られてムランの顔も困ったように綻ぶ。


「参ったな~姉さんがそれじゃ、いつまでたってもうちは貧乏から脱出できそうに無いですよ」


 そういいながらもその表情には嫌なものは無い。 


 友人に寄せるような親しみと尊敬できる主に向けるような期待と喜びがあった。

 

「だ・か・らあのキザ貴族にこれ以上は関わらないように!絶対よ」


 本気で凄んでいるアルアの言葉に今度は少しの畏怖と焦りを浮かべながらも


「だ、大丈夫ですよ…そう何回も天上人のような人がこんな田舎に来るわけないじゃないですか」


 何とか返すが、アルアの顔は少しも晴れない。


「だといいんだけどね…あのキザ男、腰が軽いようで色々と動いてるって話なのよね~、そういうところはうちの腹黒従者と似てるからこそ余計に腹が立つわ」


「そ、そういえばバルクア殿は?」


 話の方向がヤバイ方向に向かいそうなのを察知して誤魔化すようにムランが質問すると、


「あれはいま謹慎中よ、色々と余計なことをしてくれたんでね、今頃は新しく購入した馬達の世話をしてるんじゃない?」




「不本意だ、まったくな…」


 バルクアは不機嫌そうに一人呟きながら新しい馬小屋の前に立って腕を組んでいた。


 百人もの兵士を雇うからといって馬もちょうど百頭というわけにはいかない。 

 

 使い潰したり、騎手に慣れなかった場合、あるいは事故や戦で喪失することも考えて百五十頭近くを急遽仕入れることになった。


 そのおかげで既存の馬小屋では足りなく、新設の馬小屋も建てなければならなくなったのだ。 


 その為の土地購入や仕入れに世話係等と雑多な仕事を彼は任せられた。


 本来ならそのような仕事など自分がすることではないと彼は思っている。


 自分はあくまでアルア嬢の護衛権教育係なのだ。


 しかし『あんたが仕官の口添えをしたんだから全てのことはあんたが仕切りなさい』と当の主にそう言われては断ることが出来ない。 


 頼みの現当主でさえ、


『そうね〜、それが適任ですわね、主の為に黙々と色々動いてくれた忠誠高い者になら安心して任せられますわ』  

 

 多少の嫌味を含ませられて肯定されてはそうせざるを得ない。


「計画がもっと上手く行けば喜んでやってもよかったのだがな」


 確かにシーザールは彼の意向どおりに動いてくれた。


 ただそれは最低限のことで彼の計画ではグラン家の次期当主は頼りにならないという風評を立てるはずだったのだが、若輩ながら中々にやるという望んでもいない結果となってしまった。


「ふっ、まあいい…いずれ次の機会があるさ……そこ! 適当に馬を入れるな!

ちゃんと年齢や気性を考慮しろ、それに一つの部屋に入れるのは二頭までだからな!」


 涼やかな見た目とは違い、なかなか堂にかなった指摘で彼は世話役や馬商人達に指示を出していく。


 少々暴走気味ではあるが彼自身もまた有能な男で、アルアに対して忠誠心を持ってていることもまた事実なのだ。

 


 多少の波乱を巻き起こしながらもこうしてサンシュウの街の大貴族カルメラ家はますます隆盛を極めていくことになった晩春が過ぎていくのだった。



 

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