飽くなき闘い


「ミーティングであんたが言ってた恭也くんの親。あれだって、子供を置いていかずに連れて行くだけマシかもしれないよ。世の中には平気で乳飲み子を置いて遊びに行く親もゴマンといる」

「……煙草が吸いたい……」


 つぶやいた俺の背中をヨネ子先生がポンと叩く。


「仕方ないね、行ってきていいわよ。次の引き渡しピークの6時までにはシャンとしておいで」


 胸の痛みに崩れそうになりながら、俺はよろよろと園長室に向かって重い足を引きずっていった。




 ──それを見送るヨネ子先生と理賀子が深いため息をつく。


「全く。怒ったり哀しくなったりすると煙草で鎮めようとする癖、ヤンキー時代からまだ治ってないんだねぇ。ホントにあんな男でいいの? りかこ先生」


 ヨネ子先生の不意打ちに、理賀子は目をパチパチと瞬かせた。


「付き合ってるんでしょ? 桃と。なーに、その顔」

「驚いた……知ってたんですか、ヨネ子先生。けっこう上手に隠してたつもりだったのに」

「これでも一応、母親だからね。息子の彼女くらい気がつかないと。あれでしょ? 去年、私があの子に園長職を譲ってすぐの頃」


 言い当ててカカカと老獪に笑う恋人の母君に、「参りました」以外のどんな言葉があるというのか。


「でもあの子、昔から”独身を貫く”って豪語してるよ? 子供好きが高じて、自分の子供が出来ちゃったら精神が持たないとかナントカ、アホな事言ってたけど」

「あ、その点は大丈夫です。私も今はまだこの仕事に夢中ですし。それに……」


 ちょっと悪い顔をして、理賀子がクスッと笑う。


「結婚したくなったら細工して子供作っちゃいますから。120%、産んじゃダメとは言わないでしょ? 桃さんは」


 ヨネ子先生は大きくうなずき、理賀子の目の前にピッと親指を立てたのだった。


 

 ──その頃、俺は。


「くそ……! あつき君ママはなんであんなに余裕がないんだ。まさか元旦那とトラブル? それとも職場でセクハラとか……? よし。調べて、もしそうなら原因になる奴らを全部排除してやる」


 園長室の空気清浄機の前で、機関車のように煙を吐き出しながら次の策を練っていた……。



 【私立 さくらもも保育園】

 今日も明日も明後日も、彼(彼女)らの飽くなき闘いは続いていく──。





 ☆おしまい★


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ピーチ★ウルフ 満月 兎の助 @karinto

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