戦場の風景
「うふ。ホントは忘れ物なんてウソ。昨夜アナタがナニしたのか気になって、来ちゃった」
「りかこ先生が気にするような事はナニもしてない。無茶もしてない。ノープロブレムだ、モーマンタイだ。……あ!」
昨夜と言われて思い出した。
俺はエプロンの隙間から手を入れ、シャツの胸ポケットをまさぐった。
「なぁに? 急に大きな声出して」
「これを戻しておいてくれ。すみれ組の物だ」
ポケットから取り出したのは細い角柱の積み木。
ささくれ立って園児の手を傷つけそうだったので、自宅に持ち帰って紙ヤスリで綺麗に整えてきたのだ。玩具の点検はいつも怠らない。
「わあ、あんなにギザギザで危なかったのに、すべすべになってる! 本当に器用ですね、園長」
「いや……」
そうだ、積み木の手入れも肥料の牛フンも雨漏り直しも、そして陰でちょっとばかりムチャをするのも、園児の笑顔を絶やさない為に必要な仕事。
そこに疑問もためらいも一切ない。コレは俺の天職なのだ。ビバ保育士……!
「なんで万歳ポーズ? 遊んでないで行きますよ」
決意も新たに廊下を進むと、にぎやかで可愛らしい声が聞こえてきた。
部屋の中では知育ブロックを使って何か創作したり、絵を描いている園児がいる。園庭で元気に走り回る子にもつい笑みが漏れてしまう。
そこにお迎えの親が入り交じり、各担任が子供の一日の様子を伝える。ここは俺の真価が問われる戦場だ。
「お母さん、今日はまりんちゃん頑張ったんですよ。ひとりでトイレでうんち、出来たんです!」
そんなヨネ子先生の報告に、目に涙を浮かばせる母親。
このまりんちゃんというヒマワリ組の園児は、狭い空間を極度に恐怖する性質。自宅のトイレでさえ母親と一緒でなければ入れない。
ヒマワリ組といえば年長クラス、来年度からは小学校にあがる。このままでは心配だと母親も心を痛めていたところだった。
「でももしお家で出来なくても叱らないであげてくださいね。今まで通り、まりんちゃんの怖いって気持ちに寄り添って、心の成長を待ちましょう」
「はい。ありがとうございます……!」
ペコリと
ヒステリックに叱ってしまって、後でそんな自分を責めたとこれまで何度もタレコミ書に記してあった。
それを思い出し、俺は思わず拳を固く握る。
「頑張れ……まりんちゃんママ……!」
「園長、声が震えてますよ。落ち着いて」
理賀子にたしなめられ、ハッと口元を押さえた。
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