タレコミ書


 ※※※


 ──翌日、午後4時30分。

 俺は円卓についた部下たちを静かに見渡した。


「本日の最終ミーティングを始める。まず今日のタレコミ書から気になった事項があったら発表してくれ」

「タレコミ書じゃなくて親御さんからの連絡帳でしょ、園長。その様子だと昨日あたりまた何かシタんじゃないですか?」


 最古参の腹心、よわい60にもほど近いヨネ子先生が俺を咎めるようにジロリとねめつける。同時に他の者たちはやれやれと肩をすくめた。


「……キミたちは知らなくても良い事だ。いいから早く報告を。特にチューリップ組の安藤恭也くんちの連絡帳の内容を。詳しく! いっそ読み上げてくれ!」

「ええ? 恭ちゃんちにナンかしたんですか。それでなのか……」


 呟いたのはチューリップ組担任のアユミ先生。その様子に俺は身を乗り出す。


「えっとですね、恭ちゃんちの連絡帳……、あった。じゃあ読みまーす。『帰ってごはんを食べさしてパチスロにいきました。帰ってねました。12時ころ』」

「相変わらずアッサリした内容ねぇ。それに、食べさしてじゃない。食べさせて!」

 

 と、ヨネ子先生が横から連絡帳を覗き込んで、ご年配特有のツッコミを入れる。


「まあまあ、そこは。でも就寝時間が早いでしょ。いつもは午前3時ですもん。だから、あれ? とは思ったんですけど。そのせいか午前中もぐずらないでお散歩してました」

「…………」


 眉間がツーンと痛くなるのを禁じ得ない。

 きっと今日は出かける事自体しないはず。そうすれば恭也くんは家族と夕食を摂り、家の布団でもっと早くぐっすりと眠りにつける。


「園長先生。私がこの前、恭也君のこと相談したから動いてくれたんですね。ありがとうございます」

「……ナニもしていない。が、しばらく恭也くんの様子を注意してみてくれ」

「はーい。ナニをしたのかは考えないでおきまーす」


 よくデキた部下だ。


「園長、ナニをするのも勝手ですけど、見つかって問題になったらこんな私立の保育園すぐに潰されますからね?」


 ヨネ子先生のお決まりの脅し文句に、俺の胸が秘かにドキリと鳴く。


「そうそう、公立じゃないからお国も守ってくれないでしょうし」

「そしたら園長の大事なこの【さくらもも保育園】は無くなっちゃいますよ? ここ他より給料いいし、わりと自由だから私たちも気に入ってるんですけど」

「でも保育士は今、引く手あまただからあたしたちは露頭には迷いませーん。あはは!」


 他の先生たちが口を揃えて俺の痛いトコを突いてくるのもいつものパターン。そしてトドメはやっぱりヨネ子先生。


「それを肝に銘じてヤッてください。いいですね!?」

「…………はーい」

「よろしい」


 うむ。実によくデキた部下たちだ。


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