マーク



「……貴様はマークされている」


 正面を向いたまま俺はつぶやいた。


 視界の端に映る、ヤツが目を丸くしたキョトン顔。その隙をあやまたず一気に追い込みをかける。


「今後、夜歩きは止めた方がいい。あいつらに慈悲があると思うか?」

「な、なんだよオッサン……! てか何、バカなの? 意味わかんねぇんだけど!?」


 いかん。

 うかつにもオッサンという響きにこめかみがピクついてしまった。


 だが子供を作る事だけ一丁前なクソガキなんぞに、日々鍛錬を怠らない俺が後れを取るはずもない。


「身に覚えがないなら好きにしろ。だが世の中なんて理不尽ばかりだ。もしかしたらお前のその似合わねぇ金髪が気に入らないだけかもな……組が動くのは」

「は? 組って!? てか人違いじゃねぇの!? オレは……!」

「安藤 翔也だろう。23歳、牡羊座のB型」


 ヤツの顔が一瞬にして蒼白になる。それを置き去りに、俺はキッチリとチャックを閉めて手洗い場に足を向けた。


「なんで……? てかアンタ誰なんだよ! てかマジ意味わかんねぇし!」


 てかてかウルサイ。


「オレ、そんな物騒な連中と付き合いなんて……! ああっ、チャックが引っかかったぁぁ!」


 正面の鏡に、完全に縮こまったモノをオタオタとジーンズに押し込むヤツの情けない後ろ姿が映っている。


「騒ぐな、外の奴らに感付かれる。……じゃあな、忠告はしたぞ」

「だからなんでオレがそんな……! ちょ、待てよオッサン!!」

 

 その瞬間、振り返ったヤツの眼前に鬼神と化した俺の顔があった。


「ヒッ!」

「……グダグダうるせぇ。俺はな、ホントはテメェなんざどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ!」


 ドン! と背後の壁に片手を付き、内ポケットに忍ばせた例のブツをジャケットごとヤツの口の中にねじ込む。


「ふぐっ!?」

「とにかく夜は出歩くな。テメェの家でテメェの女房とガキと一緒にメシを食いやがれ……! そうすりゃ何も起こらねえよ……」 


 ヤツの尻が、便器の中に力なくはまり込む。

 センサーが反応し、流れ落ちる洗浄水がヤツの背中と尻をしとどに濡らした。


 ──これで任務は完了。


 俺は抜け殻のようになったターゲットを便器に残し、パチンコ店を後にする。

 おそらく明日にでもその結果報告が提出されるだろう。


「さあ……帰ってコイツの手入れをしないとな……」


 決して人前で取り出す事は許されない、内ポケットのふくらみ。それを撫で、俺は一仕事終えた後の一服を楽しむ。


 自宅に向かい愛車のペダルを軽快に踏む俺を、満天の星を抱えた夜空が優しく照らしていた……。 



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