4

 ――二人組作って。


 僕は街でクリスマスの装飾を見るたびに、サンタの格好で街頭に立つバイトを見るたびに、クリスマスソングを聴くたびに、そんな言葉を思い出す。 


 クリスマスの起源など知らない。しかし、わが国では若い男女はペアを作って過ごすのが勝者とされている。僕だって負けるのは嫌いだ。だからこそ、あれだけ頑張ったのだ。けれど結局は「あがり」の手前で切り捨てられてしまった。


 街をぶらぶらしていると、待ち合わせ場所にするはずだった駅前の広場に出た。特徴的な時計台が立つ広場は、待ち合わせにうってつけの場所だった。いまも、待ち合わせ中と思しき若い男女がそこかしこに突っ立っていた。誰かのパートナーが現れる度、自分の相手はまだかとその場にいる全員の気が急くのが分かった。見知らぬ者同士がじっと何かを待って空間を共にするのは、病院の待合室のようでもあり、ババ抜きで自分の番を待っているようでもあった。


 駅の出口を見ていると、彼女が現れるような気がした。「何一人で買い物してんの」とあきれる彼女。僕も「君が来ないって言うから」なんて言い訳しながら、その手を取る。けれど、現実にはそんな奇跡は起こりようもない。ここでも僕はペアを揃えそこねた敗者、ジョーカーだった。


 買い物袋の重みがずっしりと肩にかかってくる。最初はその充実を楽しんだものだけれど、今はもうそんな気分にはなれなかった。僕は広場のベンチで空いているところを見つけ、そこに腰を下ろした。うっかり買ってしまったケーキの箱が僕の無計画さを笑っているようだった。


 ケーキ屋に入ったとき、僕がなんとなく考えていたのは自分用の小さなケーキだった。モンブラン、ミルフィーユ、ショートケーキ。なんでもいい。ケーキの種類に詳しいわけでもないし店頭で見て適当に決めればいいと思っていた。ケーキ屋のレジに立つお姉さんもまた人間であることに気づくまでは――


 考えてもみてほしい。このクリスマスに若い男がひとつだけケーキを買って行ったらどうだろう。レジのお姉さんはどう思うだろう。ああ、お一人様ね。しょうがないわね、こんなちんちくりんで、冴えない顔じゃあね。自意識過剰と言ってしまえばそれまでだが、他人にどう見られるかというのは当時の僕には切実な問題だった。


 小ぶりなホールケーキを注文したのはだから、つまらない見栄のためだった。カップルで分けるにはちょうどいいかもしれないが、一人で消化するには明らかに大きすぎるショートケーキ。


 甘いものは嫌いじゃない。そう自分をフォローするけれど、それにも限度がある。僕にはケーキを分け合う恋人もなく、また家族や友人の手も撥ね退けてしまったというのに、この砂糖の塊をどう処理すればいいのだろう。そんな後悔が自己嫌悪となって僕の胸をずきずきと蝕む。これでは去年のアルコールが砂糖に変わっただけだ。


 まるで彼女からの連絡を待つ男のように、スマートホンの画面をじっと眺めていた。隣のベンチに座っていた男が立ち上がり、恋人と腕を絡めて隣接する繁華街へと消えて行く。


 吹き付ける風に身をすくめながら僕は思った。クリスマスなんだ。ロマンティックな話の一つや二つ、僕にも分けてくれたっていいじゃないか。たとえば、ああ、あそこで派手な女の子たちから逆ナンされてるイケメンでもいい。頼むから僕と代わってくれ。そう、そこの細身の兄ちゃんだ。まったく、僕と同い年くらいだってのにどうして神様は……


 そのとき、イケメンの顔に見覚えがあることに気づいた。


「松方?」


 思った以上に大きな声が出たらしい。細身のイケメン――松方がこっちを振り向いた。


「やあ。君、ちょっと助けてくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る