その後の日常

ここから始まる


『それで、カヤ君は今更僕に報告を?』


 女子寮の管理人室で、俺は自分の父親に連絡をしていた。


「そうだな。今更だ」

『そうだなって……カヤ君? 君は高天原僕らにに虚偽の報告をして休みを取ったことになりますよ?』

「いや、虚偽の報告はしてない」


 愛用の100円ライター(使い捨て)に火を灯し、今日も煙草を一本。

 ふぃ~っと一口含んで吐き出したところで俺は再度会話を続ける。


「そもそも、華月の拠点を攻めたとは言ったが、壊滅させたとは言ってないからな」

『カヤ君、君が攻めたら壊滅してると思うでしょう』

「そう。だから俺は言ってない」

『……減らず口』

「どうとでも言え」

『ではどうとでもいいますよ。僕はカヤ君をそんな子に育てた記憶はなく、僕の目に入れても痛くないほど可愛いカヤ君はどこでそんな悪いことを覚えてきたんでしょうね?』

「……60近い俺以上におじさんが、30のおじさんを可愛いとかかなりヒクぞ」

「どうとでもと言うからですよ」


 そんな実の父親との会話。

 この調子でいけば今日もいい感じで言いくるめることができそうだ。


『まあ、いいですけど……』


 勝った。

 自分を褒める為にも、もう一本。


『あ、そうでした。電話の用件はそんな話ではなくてですね』


 ……いや、まだだ。まだ勝利の一本を吸うには早かったようだ。


 相手は仮にも裏国家最高機密組織『高天原』の最高幹部『三院さんいん』の一人で、旧世代の伝説だ。

 コードネームも、裏では『シリーズ:ラムダ』『シリーズ:シグマ』となぜか一つしか持てないはずのコードネームを当たり前に二つ持ち、さらに『紅閃光の修羅』の弐つ名を持つ、俺なんて一瞬で殺すことのできるSS級殺人許可証所持者だ。


 俺ごときの適当な会話に騙されるような男ではない。

 むしろ、そんな男が親父なのはいいのだが、それが裏世界を支配していると考えると、ちょっと嫌だと思う自分もいる。


 ……考えてみたら、親父の肩書って……長いな。


『カヤ君。メイさん、怪我したって聞きましたよ?』

「……なぜ知っている」


 ……嫌な予感がする。

 まずい。これは本当にまずい。


 親父がメイが怪我したことを知っている。

 それはつまりは、三院が知っていることになる。


 三院と言えば、親父を含めて旧世代の裏世界最強と言われている存在だ。


『紅閃光の修羅』 永遠名 冬

 SS級殺人許可証所持者

 コードネーム:シリーズ・ラムダ

        シリーズ・シグマ


『紫閃光の修羅』 遥 瑠璃

 SS級殺人許可証所持者

 コードネーム:シリーズ・ガンマ


『黒閃光の修羅』 立花 松

 SS級殺人許可証所持者

 コードネーム:フレックルズ


 中でも、『紫閃光の修羅』と呼ばれる、遥瑠璃は頭ひとつ抜けた旧世代の死神だ。

 任務達成率は99%。唯一達成できなかった任務も、殲滅任務で、奴隷として扱われていた少女を助けたから任務失敗となったというだけで、任務自体は達成済みと言う、限りなく100%に近い達成率だ。


 曰く、歩くだけで死体が出来上がる。

 曰く、見ただけで死ぬ。

 曰く、その笑顔から逃れられる人は人じゃない。


「そんな瑠璃はメイやんの父親や。しかも娘が可愛すぎて拗らせとる。そんな父親に娘が怪我したと、ばれえようもんなら、まあ、死ぬわな」

「その通り。間違いなく、消される」

「そや、あいつは容赦ないでー。あの頭の筆みたいな尻尾が火を吹くで」

「そう。瑠璃さんは娘のことになると本当に容赦なく頭の尻尾を振らしながら――って。ん?」


 まるで俺の心を読んだかのように、傍から関西弁のようで関西弁でない不思議な方言の声が聞こえて隣に視線を向ける。


 そこに、髪はどちらかと言えばぼさぼさっとした髪型、鼻の周りにはとなったそばかす。そのそばかすがよく似合う男性が立っていた。


「……何してるんですか。松さん」

「何してる言われてもなー。息子が怪我したって聞いたから、からかいに来たんやで」

「……水地なら、部屋で寝てますよ」

「なーんや。何号室?」

「いや、探知で分かるでしょ」

「入ってええんか?」

「恋人は学校に行っているので、何かある訳じゃないと思いますけど?」

「なんや。入ったら、キャー、みたいなのないんかい。来て損したわ」

「……息子が裸で何かしてたりする現場みたいですか」

「みたないわっ」


 かっかっかっと心底言葉の端々に楽しそうな雰囲気が混じる、旧世代もう一人の最強が、さらっと目の前にいた。


 久遠水地の父親――立花松が、目の前に。 


 何だ。この寮は。

 伝説の殺人許可証所持者のオンパレードか。

 もう一人の伝説が電話越しでよかったと思うが、電話越しとすぐ傍に伝説がいるこの異常さは、天変地異でも起きる前触れではないかと錯覚するほどだ。

 そして、恐らくはもう一人の伝説も、俺を殺しに向かっているだろう。


『あれ。松さん、もう着いたんですね』

「おう。冬か。瑠璃ももうすぐ着くで」

『とまあ、連絡した理由は、逃げた方がよくないですか、と忠告です』

「は、早く言えっ!」


 携帯を直ぐ様切って逃げる準備をいそいそと。


「まー、無事逃げ切れること祈っとるでー」


 ひらひらと手を振りながら、松さんは去っていく。

 あの人は本当に……なにしに来たのかと。


 だが、今は瑠璃さんから逃げることの方が先だ。殺される。


 そう思いながら、しばらく滞在していた管理人室から引き払う準備を進める。

 もう、この部屋にいる理由も今はなくなった。


 今は夏。

 みんみんと蝉が合唱する季節だ。


 メイの腕はとっくに治り、いつでも引き払う準備はしていたつもりだ。


 なのに――


 携帯から着信を知らせる音が鳴る。


「今忙しい。後でいいか」

『おじさん切らないでーっ!』

「おじさん言うな。俺は今死ぬか生きるかの瀬戸際を生きているんだ。とっとと逃げなきゃ――」

も今死ぬか生きるかの瀬戸際だから助けてー』


 そんな、水地の彼女から助けてと言われても、自分の彼氏に助けてもらえばいいだろうと思う。


「ん? 私達?」


 まさか、何かに巻き込まれたのか。

 なんでこんなタイミングの悪い時に。


『私も望も、皆して今日は午前で終わりかと思ってたの♪』

「で?」

『お弁当忘れてきました♪』

「で?」

『おっさん、食堂に置きっぱなしだから持ってきてくれ』


 電話越しの声が別の声に変わる。


 望? あれ? ああ、そうか。あいつ女子高生か。

 いつもがさつな感じで、俺と同じく殺人許可証所持者だったので望が女子高に通っていることを素で忘れていた。


「……で?」

『お腹が減ったので、持ってきてください』


 それは俺が死ぬかもしれない状況に陥っているときに、やるべきことなのだろうか。腹が減って死ぬとか、今の俺が抱えるものはその程度の問題ではないのだが。


 なぜか代わる代わる望と茜が俺に弁当を持ってこいと所望する。


 心配して損した気分だ。


「まあ、逃げるついでだ。持って行ってそのままとんずらする」

『逃げるって?』

「10分だ。10分でそこに辿り着く」


 そう言って、俺は電話を切る。

 切る直前まで何か言っていたような気もする。電話越しの周りが五月蠅すぎてよく分からなかったがまあいいだろう。


 別れを言うついでに弁当を渡すだけだ。

 何も言わずに去るよりは、まだましだと思う。


 食堂まで猛スピードで辿り着き、三人分の可愛いちっちゃな弁当箱をもち。

 メイ達が通う高校へと、足を運ぶことになった。




 ・・

 ・・・

 ・・・・






 そして俺は、宣言通りに女子高に辿り着く。


 女子寮からバスで1時間程かけた都会――といっても田舎だが――寄りのその女子高は、門構えもどこのお嬢様学校だと言わんばかりに大きな門だ。

 門の前には警備員が数人張り付き、門の前を守っている。


 まるで大きな森の中心部をくりぬいたかのように森の中にあるその女子高は、その大きな門まではしっかりとアスファルト舗装された一本道があるだけだ。

 そして、その一本道の執着点でもある大きな門の先には、洋風の校舎が聳え立つ。

 校舎の入り口までどれだけの距離があるのかと思う程に道が続き、道の左右には綺麗に区画ごとに分かれた庭先が続く。

 所々に監視やら暗視やらのカメラが設置され、屈強な警備員がちらほら散歩をしている。

 女子高だからだろうか、先ほどから警備員も女性だ。


 2~3人での定期的に巡回をしているようで、常に警備を怠らないその姿に、この場所に入り込むような輩はいないのではないだろうかとも思う。



 そんな場所に忍び込んでいる俺は、するっと入ってするっと校舎の壁を登り、気配を辿って目的の少女達の教室へ。


「おい」


 教室の窓際の席でへばっている茜を見つけ、窓に足をかけながら、ごちんっと弁当箱を頭の上に乗せる。


「いったーい!」

「忘れもん届けたぞ」

「おっさん、どこから現れてるんだ」


 俺を見て大きな声で驚く望に、教室にいた女生徒達がざわめきだす。

「え、ここ3階……」「どうやって!?」「警備の方っ!」とざわつく中には、女子寮を使用している女生徒達もいたので、挨拶を軽くかわしつつ、望に可愛いアクセントの入った弁当箱を投げる。


「もうちょっと丁寧に扱えおっさん!」


 中身が無事ならいいだろうと思いながら、俺は窓から飛び立とうとする。

 俺が飛び降り自殺でもするかと思ったのか悲鳴が教室から聞こえてきたが、今の俺からしてみれば、逃げる方が先だ。


 そんな俺の耳に、


『永遠名カヤ。永遠名カヤ。至急理事長室へ』


 校内アナウンスが、急に俺の名前を告げた。


 は? なんで俺がいることばれているんだ?

 なんで理事長室?




 ・・

 ・・・

 ・・・・




 なぜか生徒でもないのに校内アナウンスで理事長室に呼び出される。

 学生の頃だって俺は理事長に呼ばれたことはないが、そもそも理事長に呼ばれるって普通あるのだろうか。

 いや、生徒じゃないから不法侵入したとして呼び出されたのかもしれない。



 だが、こういうことはしっかりとしておかないと禍根を残すこともある。

 そう思い、俺は理事長室の扉を開けた。





 時間がない。

 逃げるのはいまだ。




 そう、思っていた時期が俺にもありました。

 理事長室に座る、その人をみるまでは。



「さて、と。カヤ君。メイを傷物にした責任は、とってくれるよね?」



 にこにこ笑顔を絶やさずに。

 頭の天辺に書道の筆のような癖っ毛を束ねた髪が特徴的な死神が、そこに。


 遥 瑠璃。


 旧世代、裏世界最強が、そこに。


 あ。俺。弁当渡しに来ただけなのに、今日、死ぬな。


 とっさに三階の理事長室のガラス窓を割って、外へと。

 ガシャーンと、太陽の光できらきらと煌めく輝きをまき散らしながら、俺は逃げる。


 こんな日常も悪くないと思って管理人職を続けていたが。

 いつもの日常にややこしく親世代が絡む、そんな日常に挫けそうになりながら、毎日を楽しめるようになった俺も、丸くなったもんだと思いつつ。


 こんな日常は、勘弁願いたい。



 いや、後ろから本気で『疾』の型全力の俺に、型式も使わず余裕で笑顔でついてくる理事長に捕まったら本気で死ぬ。

 なんだ? なんなんだ? 俺は今日の半日で、旧世代最強となぜこんなに会うんだ? 何か悪いことしたか? あ、悪いことはしてるか。


 そんなことを思いつつ、


 今日も、必死に、生きていく。

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雪が止む頃に 〜殺し屋さんの数日のんびり(したい)休暇の先は雪降る町の寮の管理人?〜 ともはっと @tomohut

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