第22話:雪が止む頃に


 煙草を吸いながら、俺は約4日ほどしか居座らなかった管理人室で身支度を整えていた。

 なんだか、ゆっくりできていたようでできていない濃密な4日間だった気がする。

 結局仕事もしていたし、ただ管理人という仕事が増えただけの気もする。


 ただ、のんびり、という気分を味わえたのはよかったな、とは思った。


「……面倒だな」


 メイに整理を任せることにして、置手紙を書き残すと管理人室から出て行く。


 まだ誰も起きていない静かな寮内。

 窓から見える外はまだ暗闇の中で、長い廊下にはアンティーク調の壁掛けシャンデリアが等間隔で並び、廊下を遠慮気味に照らしている。


 ……こういう時に見ると、魔王城の最後の通路みたいだな。


 改めて、大広間まで200m程も続く真っ直ぐな廊下の凄さと、この寮は必要以上に広すぎだと感じながら、大広間を抜け食堂へと向かう。食堂前の自動販売機でホットコーヒーを購入。

 食堂の反対側を見ると、そこには少女たちの為に薪をくべた大浴場がある。

 ほとんど人が入っていた記憶はないが、大浴場と小浴場の薪をくべる作業はかなり体に堪えたことを思い出す。


 そう言えば、ここを改築して面倒な作業をなくしてやると思っていたな……。


 大浴場で温まっていた時に考えていたことを思い出し、「何を考えていたのやら」と自分を鼻で笑う。

 

 玄関へと向かい外へと出ると、うっすらと暗い中に白い綿のような雪がちらほらと降っていた。


 赴任当初から降り続ける雪は、当初は珍しく思っていたが、それは寒さの象徴でもある。

 管理人として雪かきをした時の大変さを思い出して、雪は面倒という印象しかなくなっていた。


 ただ、今は服をしんしんと濡らす雪が気持ちよく、降っているのは当たり前で、背景の一部のように思えていた。よって、背景なので気にならない。


 教訓。

 『慣れは、恐ろしい』


「さて、と……」


 玄関前で煙草を取り出し火をつけて吸い始める。一服した後は、『疾』の型を使い、4日前に登ってきた螺旋状の階段を降りていく。


 時間はかからない。時計を見て、自分のタイムを計る。


 ……登った時より明らかに早い。


 登ってくる時は途中で拾ったお荷物があったから当たり前だし、飛び越えて降りていけるのだからそりゃ当たり前かとも思う。

 飛び降りれば、もっと早いのではないだろうか。

 着地する時も『疾』の型で着地の衝撃を緩めればいい。なんなら『縛』の型で大地を柔らかくしてもいい。

 なんて型式って使いやすいんだろう。


 そう思いながら、螺旋状のトンネル前にある停留所まで歩き、時刻表で始発のバスが来る時間を確かめる。

 始発は5時20分。逃すと1時間後。

 今の時間を見る限り、30分は少なくとも待たなくてはならない。


 ため息をつきながら停留所の外に設置されていたベンチに座ろうとするが、どこにもない。おかしい。確かベンチはあったはずだ。


「……いやいやいや、ちゃんと綺麗にしておこうぜ」


 ベンチには、雪が堂々と座っていた。

 大量に降り積もった雪が積りに積もり、そこにベンチがあることさえ隠しきっていた。


 降り積もった雪を、『焔』の型で全て溶かし、座って煙草を吸う。

 勢いあまってベンチさえも溶けそうになったが、まあ、軽い焦げが付く程度なら問題ない。

 じゅうっと尻が熱いが、すぐに冷たくなるだろう。

 なんせこんな寒い雪の中だ。

 こっそり『流』の型で尻を冷やしたりなんぞするわけもない。


 やっぱり型式って便利だな。と思いながらバスを待つ。


 雪はしんしんと、空から降り続けてはいるが、勢いは収まっているように見えた。

 これで気持ち程度、寒さは和らぐだろう。


 ……寒いことには変わりないが。


 腕時計のボタンを押すと、現在気温がディスプレイに表示される。

 マイナス4度。

 今まで以上に寒気が襲ってきた。


 まあ、いざとなったら『焔』の型で火でも起こせばいいか。


「……ふぅ……」


 辺り一面が白く埋まっているため何も見るものがない。

 暇だったからか。ふと、ここ数日間の記憶がよぎる。


 寮内の掃除、風呂場の清掃と薪炊き、朝食・夕食の支度……。

 ……面倒なことしか覚えがない。

 ただ、しっかりと管理人の仕事はやっていた自分を誇らしく思う。

 一部任せたりはしたが、まあ、やっていたほうではないんだろうか。


 他にあるとすれば、寮内で俺のことを恐れもせずに話しかけてきた寮内の少女達のことぐらいか……。

 ああ、そう言えば。なぜか80万円くらい奢ったな。

 そのうち望が稼ぐようになったらそれくらい奢ってもらおう。


「専用エレベーター……使いたかったな……」


 どこにあるのかも知らされていない。寮内を掃除したときには、どこにも見当たらなかったから外にあるのだろう。


 ……どちらにしても、去っていく俺には関係のないことだ。


「短い休暇……」


 休暇にきていたことを思い出す。

 忙しかったためか、いつの間にか忘れていた。

 それとも、忘れる程楽しかったのだろうか。充実していたのだろうか。


「うん。……短い就任」


 ふと呟いた言葉に、答えが返ってきた。


「……メイ、何でお前はこんなに起きるのが早い……」


 絶対に来るはずがないと思っていたのに、メイが息を切らして俺の前に立っている。

 折られた腕は、『流』の型のおかげで、完治とまではいかないが順調に回復しているようだ。1日経っただけなので腕は動かすと幻痛で痛いだろうが、青痣のように変色していた腕も、見た目は怪我をしているようには見えない。


 やはり型式は便利だ、と思った。


「カヤちゃんを起こそうと思ったらいないし……走ってきたんですよ?」

「……階段をか?」


 だとしたら、ものすごい速さだ。もしかすると、俺より早いかもしれない。


「専用エレベーターを使ってです」


 こんな時にも使える専用エレベーター。

 その手があったか……。


「……本当に、帰るんですか?」

「まあな。目の前で人を殺した男といるのは嫌だろう?」

「私は、嫌じゃないです」

「……あのな。お前が嫌じゃなくても、他が嫌がるだろうが……」


 吸い終わった煙草を捨て、新しい煙草を取り出して吸い始める。


「管理人さん♪ よく煙草吸うね♪」


 軽い声が聞こえ、煙草が唇から消える。

 メイと同じように、茜が息を切らして立っていた。

 茜だけじゃない。望も、望の背中で眠そうにしている美冬もいる。

 全員、寝巻き姿だったことが笑えた。


「そもそも、おっさんがいなかったら飯は誰が作るんだよ」

「お前が作れ」

「……じゃあ、作ってやるから寮に戻れ」


 その言葉に、他の少女達は同時に、「遠慮します」と声をそろえて言う。

 自分の、身の危険を感じた。


「ほら。みんな、カヤちゃんのこと、嫌じゃないって言ってます」


 メイが話を戻し、カヤの隣に座って言う。

 じゅうっと尻がならないほどすでにいい感じにベンチは冷えている。


「それに、もう寮の皆は、カヤちゃんに守ってもらったことは理解してますよ? まだ少し疑ってる人はいますけど」

「話したのか?」

「事の顛末はすべて私から話してある。それに、私が殺人許可証所持者なんだから理解ある寮生しかいないって知らなかったか?」


 望が所持者だと知った時に何があったのだろうか。

 今回の事も含めてひと悶着あったんだろうと何となく思った。

 こいつ、ラノベとかでよく見るトラブル体質持ちだ。

 今度からこいつのことはトラブルちゃんと呼んでやろう。


「でも、疑ってるやつはいるんだろ? だったら――」

「疑ってるのは、おっさんが既婚者なのかどうかって話だ」


 なぜそこでまた出るその話題。

 なぜこいつ等は俺を既婚者扱いしたいのか。

 望がおっさんというから俺はそれなりの年かと思われているのではないだろうか。


 ……あ。こいつらから見たら干支一回りしたおっさんか。


「お兄ちゃん、これ、どうやったら折れるの?」


 美冬が望の背中で目を擦りながら何かをくにくにと曲げて遊んでいる。


 許可証……。誰のだ?


 自分のポケットに手を入れて自分の許可証を探してみるが見当たらない。

 一瞬、硬直した。


「おあ! 美冬、それ裂くなよ!」


 この世で一番硬く、それでいてこの世で一番柔らかい、製造方法不明の未知の物体で出来ている許可証だが、なぜか美冬ならいとも簡単に壊せそうな気がした。


「許可証も取り返さなきゃいけないわけですし……再発行は無理でしたよね?」


 メイが悪戯っ子の微笑を浮かべている。

 こいつが、美冬に許可証を渡したのか!?


「……くっ。人質、か……」


 そのノリに、思わず乗ってしまう俺もどうかしている。


「どうします?」


 メイは面白そうだったが、他の少女達は不安そうに俺の言葉を待っている。

 ここで裏切った言葉を出すと、やっぱ、俺って最悪だよな……。

 とは言え、裏世界では最悪な惨事を起こした存在として知られているわけだから、今更最悪だろうか気にはならないが……。


「……ったく、頑固だな……」


 内心、ほっとしている自分に気付いた。


「私は別に頑固じゃありません」

「いいや。お前は百歩譲っても頑固だ」


 ため息をつき、新しい煙草を取り出しながら立ち上がる。


「……お前の傷が治るまでだから、な」

「うん!」


 メイだけでもなく、その場にいる全員に声をそろえて嬉しそうに返事をされると、さすがに悪い気はしない。


 そう思っている自分がなぜか阿呆のように思えた。

 しかし、この選択は間違ってないだろう。


 自分が今、こんなにも安らいでいたのかと驚きを隠せない。

 やっぱり、こんな生活がいいな……。


「おじさん、いつもこんなに重い煙草吸ってるの?」

「お前のみ~ちゃんと同じ銘柄だってのっ!」


 カコーンッと、げんこつが茜の頭にクリーンヒットする音が辺りに反響した。



「ぅぉおおおお!? 永遠名! お、お、お前、今、俺の茜をぉぉぉ~!」

「うっさい黙れ」


 ひょっこひょっこと音が立ちそうな程ふらふらな水地がやっと辿りついたようだ。

 茜を叩くと現れる。

 どうやらこれも、「愛のなせる技」らしい。



 ったく、水地といい、こいつ等といい、元気な奴等だよ、まったく。


 空を見上げると、朝日が昇り始めて明るくなっていた。

 数日間降り続いた雪も、今はもう止んでいる。




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