【8-6話】

 店内に、銃声が鳴り響いた。店内は静まり返り、一瞬、思考が停止した。


「え?」


 なんだ? なんで急に、銃声? 強盗犯は制圧して、三人とも押さえ込んである。


 ガタイのいい男。

 無精ひげの男。

 メガネの……男……?


 三人の客の男性に取り押さえられながらも、メガネの男が、メガネを着けずに拳銃を握っていた。消音器が付いていない。さっきまで持っていた形状でもない。

 取り押さえていた三人の男がメガネの男を殴り、拳銃を再び放させる。もしかして、二つ目? 懐に隠してあった、とか?


 いや、そんなことよりも……。あの男、こっちに拳銃を、向けていたよな?


 けど、僕には痛みも何も、伝わってこない。つまりこれは、外したって、いうこと、なんだよな?


 目を見開いたままゆっくりと顔を正面に戻す。


「ソラ……?」


 ソラが返事をしない。


「ソラ……」


 おい、嘘だよな……?

 なぁ、どうして何も言わないんだ? さっきまで、元気に話していたじゃないか。


 ソラをじっと見ていると、やがて、ソラの口から赤い液体が垂れ、ソラは僕の胸に倒れ込んだ。


「ソラ!」


 僕はソラの頭を左腕で支えようとする……が、左腕が上手に動いてくれない。右腕で頭を支え、力ない左腕も添える。


「おい、ソラ! 大丈夫か! しっかりしろ!」


 ソラの腹部に血が染み込んでいる。これは、僕の左腕から垂れた血だよな! そうに違いない! だって、僕はこんなに重傷を負っているのだから! そうでなかったら、こんなに出るわけ……!


「に……い……さん」

「ソラ!」


 良かった! 生きている!


「いた……い」

「痛いか!? 大丈夫、すぐに救急車を呼ぶからな! いや、もうすでに呼んでいるはずだ! だから、無理してしゃべるな!」


 強盗の存在を警察に知らせた時に、一緒に救急車にも連絡がいっているはずだ。もうホント、五分もしないでここに到着するだろう。


「なん……か……ね? あたまが……ふわふわ……しているの」

「ふわふわ? 眠いのか、ソラ。けど、今はまだ寝るには早いから、病院に行ってからにしよう。そうすれば、ゆっくりできるからな!」

「うう……ん。なんだか……いつも…と…は……ちがう……かなっ……て」

「ソラは成長期だからな。いつも感じていたことと違うことくらい、たくさん起こるさ。ほら、最近、身長も伸びただろう?」

「そう……なの……かな?」

「あぁ、そうだ……。僕は、嘘をつかないだろう?」

「そう、いえば……そう……だよ、ね」


 腹部の血はすでに、ソラの着ていた水色のパーカーの色を消すほど広がっていた。ジンワリジンワリと、ゆっくり広がっていく。


「ねぇ……にい、さん……わたし…ね……?」

「ソラ、大丈夫だから、話なら、帰ってからしような? ほら、大変なことがあって、ソラも疲れただろ?」

「う…うん……きいて、ほしい……な」


 ソラは僕に目線を合わせる。今にも眠ってしまいそうなくらい、まぶたが閉じている。


「わ…たし、ね……? にい……さんの……こと、ほんとうに……だいすき。つよく……て……かっこよく……て……すごく……やさしく……て……。わたしは、いつも……あいを……かんじる…の」


 だって家族だもの。当たり前じゃないか。たった一人しかいない僕の家族。僕の希望。一緒にいると楽しくて、癒されて、次の日も頑張ろうと思えて。何気なく過ごす日常が宝物で、ずっと、成長を見守っていきたいと思える程に、愛おしい存在だ。


「わたし……の……じまん……の、にい…さん……。わ……たし、にい……さんの…いもうとで……ほん、とうに……しあ……わせ」

「あぁ、そうだよな。僕もソラの兄でいられることを誇りに思う! だから、もっと、もっと、楽しいことをいっぱいしていこうな!」

「うん……たの、しみ……だな」


 そうだ、今度はI市じゃなくて都心の方に遊びに連れて行ってやろうかな。コンクリートジャングルだけど、レジャー施設は多い。もちろん、服屋も、家具も、アクセサリーも、美味しいケーキ屋だってある。ソラの好きそうなモノがいっぱいあるんだ。ソラも一年ちょっとすれば中学生だ。オシャレもするし、化粧だって興味を持つはずだ。僕はまだ、早いと思うけどね。たくさん見るものがあって、きっと、気に入るはずだ。大学生になれば僕もバイトができる。今よりももっと可能性は広がる! 講義の時間も高校ほど多くはない。僕なら楽勝で両立できるし、今よりもソラと一緒にいられる時間が増えるだろう。反抗期がちょっと怖いけどな。まぁ、それはそれで仕方がないのかもしれないけど、僕ら兄妹なら、なんだかんだで仲良く過ごせるんじゃないか? なぁ、ソラ? そうだよな?


「あり……が、とう……にい……さん」

「お礼なんていいさ、ソラ。それよりも、ほら、聞こえるか? 救急車が来たみたいだぞ? もうちょっとの辛抱だ。な? 頑張れ、ソラ。兄さんが、一緒についていてやるからさ!」


 ソラは病院が好きじゃないから、ソラが退院するまで、僕が一緒についていてあげよう。なに、大丈夫だ。風紀委員は黄倉おうくらさんに任せられるし、受験は終わっている。少しくらい高校を休んでも、成績優秀な僕なら何も問題は……、


「……ソラ?」


 妹に呼びかける。


「………………ソラ?」


 もう一度、呼びかける。


「ソラ? 眠くなっちゃったか?」


 どうして、目を閉じているんだ? ほら、まだ救急隊員は到着していないぞ?


「なぁ、ソラ……。起きてくれよ……。ソラ……」


 なぁ、何で起きないんだ? 僕の声、聞こえているんだよな?


「ソラ……ソラ……。ソラぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」


 なぁ、ソラ。明日、食材を一緒に買いに行くんだろ? 料理、教えて欲しいんだろ? まだ、僕は教えていないぞ?


「おい! ソラ! 目を開けてくれよ! 頼むよ!」


 今日買った服……まだ……着ていないじゃないか。結構、奮発したよな? ソラ、絶対に似合うと思うんだ。黄倉さんのお墨付きだぞ? 僕も……見てみたいよ……。


「うっ……頼む……頼むよぉ……」


 楽しみだって……言ってたじゃないか……。ついさっき、「いっぱい楽しいことしよう」って……約束、したじゃないか……。


「うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 もう、変な能力に惑わされて生活する必要もないんだ。ソラと家族二人、幸せで、平凡で、平和な日常が、来ると思っていたのに……。


「どうして……!」


 どうしてソラが、死なないといけないんだよぉぉぉおおおおおおおおお!!

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