【8-5話】


 ……

 ……

 痛くない。死んでいない……よな?


「なぁ!? はぁぁぁああああ!?」


 強盗犯の驚愕の声に、僕は、恐る恐る目を開けた。


 弾丸が、僕の目の前で止まっていた。空中で、ぴたりと。


「くそ!」


 ガタイのいい男がもう一発撃ち込む。僕は能力を発動させる。今度は、天井に向かって弾丸が逸れた。不自然に、直角を描いて。


「どうなってんだ!? おい、お前ら!」


 今度は後ろに控えていた無精ひげとメガネの二人組も僕に向かって引き金を引く。しかし、弾丸は全て天井に逸れるか空中で固定され、やがて地面に落ちた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 僕はガタイのいい男に向かって走り出す。叫び声で鼓舞させ、だらりと垂らした左腕の痛みを消し去りながら!


「こ、こっち来るんじゃねぇ! この女がどうなっても知らねぇぞ!」


 強制遵守!


 ガタイのいい男が持っている銃に装填された弾丸を全て消滅させた! 男は引き金を間抜けにカチカチと引くが、弾丸は当然出ない。


黄倉おうくらさんに、触るなぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」


 右手で思いっきり、真正面から、鼻を砕く勢いで右拳を放った。鼻からは鼻血を出し、口からは折れた二本の歯が飛び出した。ガタイがいい男は、殴られた勢いで床に頭を打ちつけ、そのまま倒れた。


「「兄貴ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」」


 無精ひげとメガネの二人組が絶叫する。やはり、こいつがリーダー格の男だったようだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そして、二人組に向かって同じように走っていく。


「くるなぁぁぁ!! 撃て! 撃てーーーー!」


 強制遵守!


 同じように弾丸を消滅させた。彼らは中身がカラの拳銃をカチカチと引く。


「な、なにこれぇぇぇええええ!!」

「悔い改めろ!!」


 無精ひげの男の頬に渾身の右ストレートを入れる。左に吹っ飛ばされた彼は、隣にいたメガネの男にぶつかり、二人揃って地面に倒れた。無精ひげの男は白目を向いている。どうやら気絶したようだ。


「みんな、強盗犯を押さえ込んでくれ!」


 僕の一言で、男性を中心とするお客さんほとんどが三人の強盗犯をそれぞれ押さえ込む。一人に対して三人ずつ。唯一気絶していないメガネの男は、慌てふためきながら三人の男性客に潰される。


「はぁはぁ……」


 やった……のか? 強盗犯を退治した。いや、それよりも……、


「(能力を、制御できていた!)」


 強盗犯が最初に人質の子供の母親を殴った時の怒りでどうにかなりそうだったが、それも抑えた。途中からは撃たれて意識が朦朧としていたけど、何とか能力を暴走させなかった。


 そして、何より……!


 重犯罪に対して、自由自在に思い描く通りの能力を発動させていた。内容まで、見事に正確に!


 今までの軽い違反者に対するモノとは違う。こう……自分の中にある何かが、しっくりと来た感じ。まるで、僕の中に供給されているという神通力の存在を実感しているような。


 これは、能力を完全制御できたということなのか? よく分からない。


「兄さん!」

灰川はいかわ先輩!」


 ソラと黄倉さんが瞳に涙を溜めながら、僕を呼ぶ。僕は、彼女らがいる場所に歩いて行き、二人のところに座り込んだ。


「良かった。ソラも、黄倉さんも、無事で……」

「良かった! 撃たれたとき、死んじゃったかと思った」

「僕も、死んだかと思ったよ。まさか、本当に撃ってくるとは思わなかったし」


 あの弾丸が少しずれて心臓に当たっていたら、僕は確実に死んでいたよな。そう考えると、運が良かったのかな。


「先輩、本当に……良かったです」

「黄倉さん、無茶しすぎだ」

「だって……」


 しかし、あの黄倉さんの行動に助けられたのは、事実なんだよな。


「けど、ありがとう。黄倉さん。ソラを守ろうとしてくれて」

「いえ、先輩も。すごくかっこよくて、ヒーローみたいでした!」


 ヒーローか。黄倉さんの憧れる、僕のイメージのままでいられたみたいだ。黄倉さんに勇気づけられなかったら、ヒーローは今頃、敵に負けていたかもしれない。


 良かった。黄倉さんがヒロインで、本当に良かった。


「兄さん、血が!」

「あはは。確かにすごく痛いけど、大丈夫だ。さっきよりは大分マシ」

「先輩、それ、感覚が薄れてきているんじゃないですか!?」


 確かに、さっきよりも左腕が動かしづらい。


「ちょっと待っていてください! 自分、喫茶店の人から救急箱を借りてきます!」

「ありがとう」


 黄倉さんは立ち上がり、シャッターを開けている店員に聞きに行ってくれた。正直、早く止血したいから助かる。店の床が血まみれになってしまう。


「ソラ、怖い思いさせちまったな……」

「ううん。怖かったけど、和香わかちゃんが守ってくれたから!」

「あぁ。後で、僕からもちゃんとお礼を伝えておかないと」

「それに、兄さんもね」

「あ」


 言われて僕は、気づいた。

 僕は、ソラのことを守ることができたんだ。今度は、ちゃんと……。


 三年前。ソラに同伴していなかった僕は無力だった。両親がソラを守り、代わりに父さんと母さんは死んだ。手術室の前で、ただただ祈ることしかできなかった。

 けど今回は、二人で生きている。どちらが欠けることもなく、生きている。


「兄さん、かっこよかったよ! やっぱりわたしの自慢の兄さんだね」


 僕はソラを守れた。この絶望に満ちていた力を希望に変えて……ソラを守ることができたんだ。

 力のコントロールも出来るようになった。

 これで、世界も日常も救われたんだ。


 ソラとの平和で明るい、希望に満ちた日常が……!


「あぁ、ソラ。ソラは、僕の……」




 ズガァァァァン!!



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