【8-4話】

「さっきの、見ていなかったのか? 俺たちは本当に撃つぜ?」

「ソラちゃんは、連れて、行かせません」

「ほぉ。大した根性だ」


 声が震えている。あの、黄倉おうくらさんが……。風紀委員の活動でも、人前で取り締まるのが苦手だった、あの黄倉さんが、ソラの前に出ている。


「自分は、風紀委員のくせに、弱いですけど、いつか、胸を張って、尊敬できる先輩の後を、引き継いで、しっかり顔向けできるように、大切なモノだけは、守ります」

「立派だ。お嬢ちゃん」


 ピュン


「ぁぅあっ……」

和香わかちゃん!」


 消音器により軽減された発砲音の後、黄倉さんの足から血が出る。黄倉さんは右足を押さえ、ガタイのいい男はそんな黄倉さんの元へと近づいていく。拳銃を構え、黄倉さんに向ける。


「悪いな、お嬢ちゃん。流石にもう、我慢の限界なんだわ。もう三回目だからなぁ。いや、本当にこれはしょうがないよなぁ? 忠告は、しておいてやったはずだ。だからよぉ。恨むならよぉ、お前のくだらない正義とやらを恨んで、死んでくれ」

「黄倉さん……!」


『自分は、風紀委員のくせに、弱いですけど、いつか、胸を張って、尊敬できる先輩の後を、引き継いで、しっかり顔向けできるように、大切なモノだけは、守ります』


 黄倉さんが震えながらも犯人に訴えた言葉。


 それは、きっと僕のことを言っているのだろう。いつも自信なさげで、オドオドしている後輩。こんな、何もできない僕のことを尊敬してくれる後輩。


 そうだった。いつだって、黄倉さんは僕のことを慕ってくれていた。強くて立派な人間だって、評価してくれていた。


 あの時も。


『学校にいる時の灰川はいかわ先輩は、そんな感じですよ。勉強もできて、風紀委員の仕事も堂々とこなしている、責任感の強い人です』


 あの時も。


『自分は、堂々と風紀委員長を全うしている灰川先輩の姿が好きですよ。すごく尊敬しています』


 そんな黄倉さんが、今、僕の大切なモノを守るために、勇気を振り絞って前に出ている。本当は、すごい力を持っている黄倉さんが、その力を発揮している。


 だったら……、

 黄倉さんが信頼してくれている立派な先輩が、自分にしかない大きな力で、大切な人を守らないでどうするんだ!


「待てよ!」


 強盗犯の一人、黄倉さんの横まで来ていたガタイのいい男に声をかける。


「なんだ、兄ちゃん? まだ弾丸が足りないのか?」

「いや、十分だ。それより、よく聞けよ。このゴリラ野郎」


 左肩を押さえ、血を垂らしながらも僕は言う。できるだけ、挑発的に。こちらに注意が向くように。


「お前らみたいに平気で規則を破る奴は本当にクソばかりだ。『私は知りません』って顔して過ごしてやがる。毎日毎日尽きることはない。ホント、嫌になる」


 ただの愚痴になっているような気がするが、構わず僕は続けた。


「お前も、お前も、お前も。銃刀法違反に暴行罪、それに器物破損と強盗罪もあるだろう。それをなんとも思っていないだろう? 自分がいい思いをするためなら、周りがどれだけ不快な思いをしていても、気にも留めないだろう? ふざけんなよ。お前一人で生きているわけじゃないんだぞ」


 プリファの言う通り、ホント嫌な世の中だよ。正しい指摘をした人間は恨まれて、少数派になれば叩かれる。人間の嫌な部分を見ないことは絶対にない。実に生きづらい。


 だからこそ……、



「お前らみたいに他人のことを考えず、社会に迷惑をかける規則違反者を、風紀委員長である僕は絶対に許さない! 制裁を受け、改心するまで何度だって、指導してやる!」



 左肩を抑えていた右手をビシッと強盗犯たちに向け、僕は毅然として立つ。威風堂々とした、学校で見せる灰川真音はいかわまおん。黄倉さんが尊敬する、風紀委員長の姿で、彼らを指差した。


「あぁ、そうかい! だったら、風紀を守ってみろよ! 風紀委員長さんよぉ!!」


 引き金が引かれ、僕に弾丸が飛んでくる。距離は約五メートル。躱すのは不可能だ。


 僕は、能力を発動させる。だが、彼らを殺しはしない。


 世界滅亡を画策する狂った天使から与えられた絶望の能力だが、これはもう僕のものだ。僕の中に与えられた神通力から発現した、僕の能力だ。使い方は、僕が決める。


「(言うこと聞けよ! 強制遵守の能力!)」



 大切な人を守るため……平和な日常を取り戻すために!



 そして僕は、能力の発動を念じて……目を閉じた。

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