【8-3話】

 僕含め、店内のお客さんは話すのをやめ、みんなでレジの方を振り向く。



「大人しく全員その場にしゃがんで顔を伏せろ!!」



 もう一発の発砲音の後、拳銃を所持した三人の男の一人が怒鳴り声を上げた。上に向けた拳銃からは、硝煙が吹き出ている。


「聞こえなかったのか! 伏せろと言ったんだ!」


 三人組の男全員が、拳銃を所持していた。


「(おい、ウソだろ……!?)」


 まさか、こいつら強盗か! よりにもよって、黄倉おうくらさんとソラが一緒の時に……!



「おい、店員。店のシャッターを閉めろ」

「へ……」

「早くしろ!」


 銃を突きつけ、店員を脅す。店員はその指示に従い、店のシャッターを下ろした。


「その場から誰かが一歩でも動いたら、この子供は助からない!」


 三人のうちの一人、無精ひげをだらしなく生やした男が子供に銃を突きつけ、一番ガタイのいい男が母親を殴り飛ばした。


「大人しくしてろよ? 警察に連絡している奴がいたら、容赦なく撃つからな?」


 店員含め、店内の客全員がその場にしゃがみこみ、顔を伏せる。

 せめて、ソラたちの近くに移動したいが……。


「ちくしょう。こんなはずじゃなかったのに! お前が銃を落としたから計画が台無しだ!」

「こんな喫茶店襲うつもりなかったのによぉーーー! どうしてくれるんだ!」

「知るか! こんなことになるなんて思わなかったんだよ!」


 なるほどね。大方、銀行強盗やコンビニ強盗をするつもりが、子供がぶつかったせいで銃が見つかってしまったから、焦ってコトに及んだってわけか。ここはモールの中。警察にはすぐに通報されてしまうからな。


「いいか、店にいる連中。オレたちはもう、後に引くことができなくなった。だから、お前ら全員が人質だ。なぁに、命まではとらない。無駄な殺しをやりたくはないんでね」


 ガタイのいい男はそう言うが、


「ただし、オレたちを不快にさせなきゃ、の話だ。もしも言うことを聞けないようなら……遠慮はしない」


 脅しをかける。


 客全員を人質にしたうえで、更に身を守るための人質ってわけか。逃走用なんだろう。案外、頭がキレるじゃないか。


「うわああああああああああああああん! ママーーーーーーー!!」


 顔を伏せているから状況はよく分からないが、おそらくは殴り飛ばされた母親を見たのだろう。人質の子供は大泣きしている。


「お願いします! 私が代わりに人質になりますから! どうかその子は……」


 ピュン!


 と、何か風を切る音が聞こえたあと、その母親の悲鳴があがった。


「余計なことをするんじゃないぜ? 俺たちは別に人殺しをすることにためらいはないんだ」


 メガネの男の声が聞こえた。ま、まさか……こいつ!


 母親を撃ったのか!


 強盗犯の方に体を向けて伏せていた僕は、横目でチラッとその母親のいる方向を見た。手から血が出て、痛みに苦しんでいる女性が見えた。やっぱり、躊躇なく撃ってやがった! このやろう!


 しかも、用意のいい事に消音器までつけている。こいつら、つまらないミスをしてはいるが、素人ではない。厄介な……。


「とりあえず、この店の金を全て詰めろ。でないと、こんなところで騒ぎを起こした意味がまるでねぇ」

「は、はい」


 男性店員にレジを開けることを要求しているみたいだ。奴らはあくまで逃げるつもりでいる。すでに警察に連絡は届いているだろうに、案外冷静だ。やはり、場慣れしている。


 今のうちに手を打っておいたほうがいいかもしれない。僕の「強制遵守の能力」があれば、できるはずだ!


 奴らは社会の規律に反した典型とも言える強盗。能力は確実に発動する。


「(……! いや、待て!)」


 僕は今、この状況に相応する不安と、強盗たちに対する怒りを持っている。少しなら重めの違反に対する能力のコントロールはできるようになったが、これは流石に……。


「(強盗犯に対して、そんな生ぬるいことを考えている場合じゃ……!)」


 とは思っていても、ここで強盗犯を殺すのは違う。怪奇事件を起こすのは違う。

 それに、今の怒りに呼応して、また大規模な怪奇事件にでもなったら……。


 この店にいる全員に被害が及ぶ可能性もある! ソラも、黄倉さんも! みんな、死んでしまうかもしれない!


「(くそ……。安易に能力を発動させるのはダメか……!)」


 幸い、彼らに人の命を取る気はないらしい。持っている拳銃の弾数も無駄にしたくはないだろう。


「(心を落ち着けろ……。怒りを……押さえ込むんだ)」


 能力の暴走は、今の時点では起きていない。奴らが逃走し、解放されるまでの間、何とか暴走を阻止しないと……。



 店にいる約十五人の客全員、地面に伏せ、静かに嵐が過ぎるのを待っている。


「これだけかよ……。ちっ。使えねぇ」


 どうやら金の収集が終わったらしい。人質の子供は先程まで泣いていたが、今は泣き止んでいる。もしかしたら、気絶させられているのかもしれない。


「さて、これでもうこの店に用はねぇ」

「警察が来る前にずらかりますか」

「窓をぶち破ればすぐに外だ」


 どうやら帰ってくれるらしい。死者は今のところゼロ。だが、人質の母親が重傷だ。帰るなら、早く帰ってくれ!


「と、その前にだ。この子供一人じゃあ人質としては足りない。だから、予備を連れて行こう」


 なんてこと考えやがる。人質を連れて行くとは予想していたけど、二人とは……。


「おい、そこの女二人組の小さいガキ。顔を上げろ。……そう、お前だ。何も持たずにこっちへ歩いてこい」

「……!?」


 今、なんて言った? 女二人組で、小さいガキって言ったか?

 僕らが店にいたとき、この店内に小さな子供は、いなかったはずだ。


 一人を除いて……!


「(まさか……!)」


 僕は伏せた状態のまま、目線だけを後方へゆっくりと向けた。すると……、


「(ソラ!?)」


 不安そうに立ち上がろうとする、僕の妹の姿が見えた。


「ま、待て!」


 それを見て、僕も立ち上がり、声を上げた。


「代わりに僕を人質にしてくれ! 妹なんだ!」

「あぁ? 何言ってるんだ? てめぇ」


 無精ひげの男が銃を構えたと思ったら、左肩に激痛が走った。


「っぅあ!」

「兄さん!」


 左肩を撃たれた! クソ……こいつら本当に容赦ねぇ……。


「お兄ちゃんは、後ろで黙って見てろよ……っな!」


 ガタイのいい男が僕に近づいたと思ったら、服を掴んで、ソラと黄倉さんのいる位置よりももっと奥側に放り投げた。丸テーブルに当たり、机ごと僕の体は倒される。


 なんて力だ……。人をこうも簡単に……。


「ほら、ガキ。さっさとこっち来い」

「兄さんに乱暴しないで!」

「安心しろ、お兄ちゃんは殺さねぇから。お前がちゃんと来たらな」


 痛い! 損傷部が異常に熱い! 血が、止まらない……。クソ! 思いっきり投げつけやがって。


「ソ……ソラ……行くな」


 振り絞って出すが、蚊の鳴くような声しか出ない。


 なんてざまだよ、僕は。能力は肝心な時に役に立たないし、一発撃たれただけで身体が動かなくなるくらい、僕は弱い。こんな、明らかなルール違反者を取り締まる力もない。


 僕は、何をしていた? 何を考えていた?

 こいつらが早く店から逃げ出してくれって、祈るばかりだった。

 拳銃を所持しているから仕方がないって。だからといって、怪奇事件は起こしたくないって。ただただ地面を眺めて、居ただけだ。


 何が鬼の風紀委員だ。笑わせる。肝心な時に、風紀を守れていないじゃないか。


 大事な人を守れていないじゃないか。


 なんだか、左腕が麻痺してきた。動かすと痛い。心なしか、体温も下がってきた気が……。


「なんだ、お嬢ちゃん。お前も撃たれたいのか?」


 なんだ? 誰が、一体、何をしている? あまり彼らを刺激しすぎると、本当に命が危ないんだぞ……。


 仰向けに倒れた状態で、顔だけ前を向け、僕は驚愕した。


「お……黄倉、さん?」


 僕が見たのは、ソラの前で手を広げて、かばうようにして立っている黄倉さんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る