【6-3話】

 え? 休日に買い物って……。それってつまり、デートってことか? 僕と? 後輩である黄倉おうくらさんが?

 いや、考え過ぎか?


「そ、その……。おすすめの参考書とか、教えて欲しいなって、思いまして……。迷惑ですか?」

「い、いや。迷惑なんて、とんでもない」

「じゃあ、一緒に……選んでくれませんか?」


 黄倉さん、どうしてそんなにもじもじしながら話しているんだ? まるで、好きな人をデートに誘うかのような……。

 え? ちょっと待て。黄倉さんってもしかして、僕のこと好きだったりするのか? 「風紀委員長としての僕」ではなくて?

 いかん! 何だかそう考えたらこっちまでドキドキしてきた! とりあえず返事をしないと!


「えっ……と。分かった。そういうことなら、喜んで」

「……! 本当ですか!」

「あぁ。可愛い後輩の頼みだからな」


 僕の返事を聞いて、黄倉さんは照れながらも嬉しそうに微笑む。その笑顔が、何だかすごく可愛く思える。


「(黄倉さんって……こんなに可愛かったっけ?)」


 いや、確かに普通に可愛いとは思うけど。ただちょっと目立たないというか、そこまで「女の子」として意識したことなんてなかったけど。


 けど、今の黄倉さんは何だか、すごい可愛く見えるぞ!? なんかこっちまで、顔が赤くなってしまいそうだ。


「じゃ、じゃあ、I市のショッピングモールでいいかな? あそこなら大きな本屋も入っているし、そこまで遠くない」

「は、はい! 是非!」


 黄倉さんの声が微妙に上擦っている。いつの間にか、僕も彼女も、お互いを直視できなくなった。



 その後、緊張状態を維持したまま風紀委員室で各自仕事をするが、耐え切れなくなったのか、黄倉さんは「じ、自分! 今日はやっぱり帰ります!」と言って帰ってしまった。そんな行動がまた、僕に彼女を意識させる。


 結局、僕も大して仕事を進められずに下校することにしたのだった。


 *


「兄さん! それ、デートだよデート!」


 我が家での食事中、前のめりに体を持ってきて、ソラは目を煌めかせる。


「いや、どうなんだ? 参考書を選んで欲しいって言っているだけかもしれないじゃないか」

「はぁ~~。兄さんは女の子の気持ちが分かってないな~。『明日デートしてください』ってストレートに誘う女の子がいるわけないでしょ? 建前だよ、建前」


 やれやれ、といった感じでソラはため息を吐く。なんかすごい馬鹿にされている気がする。

 僕だって、これがデートの誘いということくらいは分かっているっての!


「兄さんは女の人と付き合ったことがないからちゃんとエスコートできるか心配だよ」

「僕は風紀委員という組織のトップだぞ? 人を率いるのは得意だ」

「率いるって……。別に仕事するわけじゃないんだから。しょうがないなー兄さん。わたしが兄さんのためにデートに対する心構えを教えてあげるよ!」


 ふふん、と得意げな顔で鼻を鳴らすソラ。なんか、今日はいつもよりテンション高いな。

 まぁ、こういう恋バナとかって女の人は大好きだからな。ソラも年頃の女の子ってことか。


「別にいい。大体、小学生のソラにはそんなこと分からないだろ」

「兄さんよりは全然詳しいですぅ~。わたし、恋愛相談とかも乗っているんだからね?」

「『小学生の』だろ? 僕はソラより七歳も上なんだぞ? 小学生の恋愛とはわけが違うよ」

「あー! 馬鹿にしてるーー!」


 ソラはブーブーと頬を膨らませる。いいからご飯を食べなさい。


「クラスで結構人気あるんだからね、わたし?」

「そうなのか?」

「そうだよ! だから馬鹿にしないでほしいな。恋愛のことくらい、分かっちゃうんだから!」


 まぁ、ソラはそもそも可愛いし、明るくて元気な上に同い年の女子に比べたら精神年齢も高いから、男子からもモテそうだよな。


「ソラ、同じクラスの男子に告白されたりするのか?」

「え?」

「いや、人気者で恋愛のこと分かるって言うからさ」

「え……っと」


 ソラはちょっと照れくさそうに目を逸らす。


「昨日、告白されちゃった」

「何!?」


 マジかよ!? しかも昨日!?


「聞いてないぞ!」

「えー! 別に言う必要ないでしょ」

「いや、ダメだ! そういうのはきちんと兄さんに報告しなさい! それで、どうしたんだ!? ソラにはまだ早いと思うんだが!」

「もー! 兄さん、過保護すぎ! 周りから引かれるよ?」

「うっ! しかし……」


 娘を持つ頑固親父の気持ちが不覚にも分かってしまったよ。これは確かに複雑な気分だ。


 ソラはため息をついて返した。


「安心してよ、兄さん。ちゃんと断ったから」

「なんだ、断ったのか」

「顔も性格も、いい感じではあったんだけどね」

「かなりいい男じゃないか。もったいないことを」

「兄さんがそれを言う?」


 ジト目で見てくるソラを「まぁまぁ」とたしなめ、僕は苦笑いをする。


「わたしはもう少し、大人になってからでいいや」

「僕もそう思うぞ。少なくとも中学、いや、高校からで十分だ」

「兄さんよりも魅力的な人じゃないとね。遊んでくれたり、ご飯作るの上手だったり、正義感強かったり」

「ほぉー。ソラはやっぱり、なかなか結婚できないな。『僕よりも』ってなるとそんな人、この世にそういないからな」

「えぇ~。自分で言う~?」


 まぁ、それは冗談として、ソラにはいい出会いをして欲しいな。心優しくて、僕の代わりにソラを守ってくれるような。そんな人がいい。収入は多くなくてもいいから、ソラを幸せにしてくれる人なら、安心して任せられる。


 ちょっと、兄としては寂しいけれどね。


「っと、わたしのことよりも、今は兄さんの話でしょ!」

「僕の話?」

「だーかーらー! 明日のデートの話! その女の人、絶対に兄さんのこと好きだよ!」

「なっ! まだ分からないだろ、そんなの!」

「え~?」


 と、言いつつ、僕もそんな気がする。今思い返すと、黄倉さんの僕に対する態度は何だか、恋する女の子のそれだったような……。


「どこに行く予定なの?」

「I市にあるショッピングモールだ。あそこの本屋は大きくて参考書の品揃えがいいらしいと聞いたことがあるからな」

「えーー!? あの大きなところだよね! いいなー! わたしも行ってみたかったのにーーー!」


 そういえば、半年前に出来たけど実際に行くのは初めてなんだよな。もちろん、ソラも行ったことないだろうし。


「まぁけど、兄さんの初デートって言うなら仕方ないよね。本当はわたしが一緒に買い物に行きたかったんだけど」

「ん? 何か買うものでもあるのか?」

「む。兄さん、もしかして忘れてる?」

「え。何を?」

「ひどーい! わたしに料理教えるために、食材の買い出しを一緒に行くって言ったじゃん!」

「あ」


 そういえばそんな約束してたな……。今週は色々ありすぎてすっかり忘れていた。


「悪いソラ! 失念していた!」

「もぉー。いいよ、日曜日で。それより、デートの報告、楽しみにしてるからね!」


 黄倉さんとデートか……。後輩としか思っていなかった女子と、こんなことになるなんて思わなかった。

 何だか緊張する。これは僕も、黄倉さんのことを女の子として意識してしまっているということなんだろうか?


 ソワソワした気分を胸に抱きながら、僕はデート当日を迎えた。

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