【6-2話】
「……それはどうして?」
「誰かがみんなのお目付け役にならないといけないから……。完璧な社会なんて、ありえないと思うんです……。だから、自分たち風紀委員が努力して、校内の雰囲気を良くしていかないといけないと思うんです」
「けど、それで人を傷つけていいということにはならないだろう。大義名分を背負っていたとしても」
今は、僕の方が弱気なくらいだ。こうして、彼女の言葉を否定してしまっている。
「それは、そうですね。自分が誰かを傷つけてしまうと考えると、落ち込んでしまいます」
黄倉さんは眉尻を下げて、悲しそうにする。黄倉さんも、同じ気持ちか。
「ですけど、これだけは言えます」
しかし、黄倉さんはそこで言葉を切らずに話を続けた。
「風紀委員は……
そう言った黄倉さんの言葉は、堂々としていた。僕は委員長の席に座りながら、立って話す黄倉さんの顔を見た。
「周りのみんなは先輩の取締りが、すごく厳しいと考えていますけど、そこには学校と……何より生徒のことを強く想う気持ちがあること、自分は知っています。少なくとも、権力を振りかざそうとか、生徒の気持ちをないがしろにしようと思っているわけではないですよね?」
「まぁ、そうだ。故意にそんなことをしようだなんて、思うはずもない」
「だったら、それが間違っているとは、自分は思わないです」
「そうか。……いや、どうやら今の僕は、自分の行動が間違いないという絶対的信頼を持てなくなっているみたいなんだ」
ついには後輩に弱音を吐いてしまった。強くあるべき風紀委員長が、情けないとは思う。
だが、勇気をもらいたかったんだと思う。だから、弱いところを見せてしまったのかもしれない。
「先輩がどのように誰かを傷つけてしまったかは、自分には、分からないですけど……。けど、先輩の行動が間違っているなんて、思えません。厳しいながらも、誰よりも優しい先輩が、自分勝手に他の人を傷つけるなんて、自分は思わないですもん! それは、先輩が失敗してしまっただけですよ!」
「失敗?」
「先輩は自分にとってはすごく完璧な先輩に見えますけど、それでも人間です。失敗だってしますよ!」
失敗、か。
人の死と体の健康が懸かっているわけだから、僕にとってはうっかりしていいものではないが……こうして自分を肯定してくれると、少し気分が楽だ。
「先輩……。自分が最近、購買サービス券の配布案を出した時のこと、覚えていますか?」
「あぁ、もちろん」
黄倉さんの提案で行った生徒会と合同の風紀委員活動だ。これのおかげで、校則違反者が格段に減った。忘れるわけがない。
「あの時、自分は、意見を言うのが怖かったんです。自分の案に、自信なんて、持てなかったんです。『変なこと言ってもしも失敗したらどうしよう』ってことばかり考えていました」
確かに、あの時の黄倉さんは今よりずっとオドオドしていたな。
「けど、そんな時に灰川先輩が言ってくれました。『黄倉さんはもっと自信を持っていい。黄倉さんの意見はきっと参考になる。だから、是非聞かせて欲しい』と。嬉しかったです……。いつも自信なさそうにしている自分のことをこんなにも、堂々と、当たり前のように信頼してくれているのが、自分にはとても嬉しく感じました」
言ったかもしれない。けど、僕は本当にそのように思っただけだ。きっと黄倉さんならいい意見を出してくれる。そして、こうして実際に大成功の企画を立ち上げることができた。
決して、黄倉さんを勇気づけようなんて、思っていたわけではなかった。
「自分は、堂々と風紀委員長を全うしている灰川先輩の姿が好きですよ。すごく尊敬しています。だから、先輩が自分に言ってくれたみたいに、自分も堂々と言います。先輩も自信を持っていいと思います。自分は、灰川先輩を信頼していますから」
けど、そうか。
黄倉さんも同じように、僕に対してそんな期待を抱いてくれているのか。彼女が僕を慰めようと思っているのかどうか分からないけど、僕はこうして気が楽になっている。同じ事なんだ。
そうだな……。へこたれている場合じゃない。こうして悩んで停滞している時間が長いほど、僕の能力による死傷者が増えるかもしれない。
決めたじゃないか。犠牲者を一人も出さないって。残念ながら、その目標を達成することはもうできないけれど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
僕には、やることがある!
あのクソ天使の野望を潰す。そして、ソラとの平和な日常を取り戻す。
だから、もう一度ここで、覚悟を決めよう。
「黄倉さん、君に相談して良かった。心が軽くなったみたいだ。ありがとう」
僕は黄倉さんに笑顔を向ける。
まさか、黄倉さんに救われるとは思っていなかった。けど、持つべきものは頼りになる後輩だと改めて実感した。ありのままの僕を見て、尊敬してくれる後輩。
そんな後輩が言ってくれた言葉が、信用できないわけがない。
「黄倉さんの言ってくれたとおり、僕は失敗してしまったんだ。心を取り乱して、必要以上に傷つけてしまった。けど、黄倉さんに勇気をもらったから、頑張ってみようと思う。自分を信じてみようと思う」
「はい! お役に立てたようなら、嬉しいです」
クラスメイトを巻き込んでしまった怪奇事件で、少なくとも僕の心は乱れていたはずだ。能力は僕の心の乱れで性質を変える。今一度、動揺や焦りを抑えるよう、心がけよう。
「それと、黄倉さんが『風紀委員長を全うしている僕が好き』と言ってくれたのも、嬉しかった。何だか、本当の自分を評価してくれているみたいだったから」
黄倉さんが風紀委員にいてくれて良かった。こうして僕のことを理解してくれている存在が、どれほどありがたいか。
「あっ……!!」
僕がそう言うと、黄倉さんは顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
「え、え、えととととと! これはその! 別に、そんな深い意味で言ったわけではなく! けど、間違っているわけでもないというかその!」
「だ、大丈夫だよ。だからちょっと落ち着いてくれ! こっちまで恥ずかしい!」
そんな早口で目をぐるぐるさせないで欲しい! 何だか変に意識してしまうではないか! 黄倉さんが僕のことを慕ってくれているのは、風紀委員としてだろうし、黄倉さんもそのつもりで言ったんだろうし。
「まぁけど本当にありがとう、黄倉さん。残り短いけど、最後まで風紀委員長の職務を果たしていくよ。黄倉さんの期待を裏切るわけにはいかないからね」
十二月が終われば、流石に僕も引退だ。そうなれば、今度は後輩たちに風紀委員長の仕事を引き継ぐことになる。
引き継ぐことはたくさんある。そのためにもまずは、目の前の仕事をこなして、それから引継ぎ書類を完璧に仕上げないとな。
次世代を担ってくれる新風紀委員のために。
「あ、あの。せ、先輩……」
パソコン画面に表示された引き継ぎ書類を眺めながら、そんなことを考えていた僕に、黄倉さんが言葉を詰まらせながら言った。
「どうしたの? 黄倉さん」
「あ、あの! 明日の休日は、な、何をされる予定なんですか!」
「え? 明日?」
特にこれといって予定はないから、町に出てこの厄介な能力を使うのに慣れようと思っていたところだ。そんなこと、言えるわけないけど。
「明日は特に何もしない予定だけど」
「そ、そうなんですね!」
何だか黄倉さんの様子がおかしい。やけに慌てているというか。まぁ、黄倉さんは恥ずかしがり屋だからたまにこういう姿も見せてはいるが。
「そ、それでしたら、もし、良かったらなんですけど……!」
「明日、自分と買い物に行ってくれませんか!?」
「え?」
黄倉さんの意外な誘いに僕は驚きの言葉を漏らしてしまった。
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