【6-1話】
事件の翌日、高校は全学年自主登校の日となった。
校庭では今でも、警察による怪奇事件の調査が行われている。一部が軟化した流砂の発生箇所周囲五メートルを立入禁止のテープが囲う。
なぜこのような事件が起きたのか、原因は何なのか、変わったことはなかったのか。懸命に調査を行っているが、手がかりは掴めないだろう。過去三年に渡る怪奇事件がそれを証明している。
怪奇事件発生直前に被害者と会話していた僕は、事情聴取もされた。昨日の夕方に発生した怪奇事件では救急車を呼んだし、一見すると目をつけられていてもおかしくはないが、特別警戒されることはなかった。
なぜなら、そういう人がたくさん存在するからだ。
怪奇事件の発生回数はここ三年間で三百件以上。いや、テレビや新聞に取り上げられていないだけでもっとあるかもしれない。
その度に警察は調査を行うが、事件発生当時に複数回に渡って現場に居合わせた人物はこれまでにも一人や二人じゃない。なにせ、発生地域がT市付近という、比較的狭い範囲なのだから。流石に連続で五、六回現場に居合わせたら不審に思われるかもしれないが、警察はこの程度の共通点に着目したりはしなくなっていた。
今更、こんなに近くに元凶と実行犯がいるとは思わない……。
風紀委員室の窓からグラウンドを無気力に眺める。せっかく学校に来たのに、勉強も仕事も、何もやる気がしない。勉強はともかく風紀委員の仕事は昨日、一昨日とまともに作業を行わなかったから溜まっているというのに。
「あの、
僕は呼ばれた声に反応して、振り返る。思ったよりも近くに、副委員長の
「黄倉さん? 来ていたんだ」
「は、はい。五分くらい前から。先輩、何度も呼んだんですよ?」
「そうだったのか。すまない。ぼーっとしてしまっていたみたいだ」
「い、いえ。何だか、元気、ないですよね?」
「あぁ、ちょっとね……」
「その、また、目の前であんなことが起きてしまったんです。元気がないのも、仕方ないですよね。被害者は、先輩のクラスの方だったって言うし……」
黄倉さんは申し訳なさそうにそう言って、「すみません」と付け加える。
黄倉さんとは、三日前にも目の前で怪奇事件に遭遇している。彼女も気分の良いものではないだろう。
「そうだな……。正直、精神的にも結構キている」
「ですよね……」
まぁ、それだけではないけど。
最近の僕は悩んでばかりだ。それも、本来であれば悩まなくてもいいことばかり。
一体、僕は何をしているんだろう?
いたずらに開いたいくつものタブにマウスポインタを合わせ、書類のファイル名を確認していく。風紀委員長の引き継ぎ書類、今年使用した委員会運営費用のまとめ、購買サービス券の配布案による風紀改善評価のレポート。
やることはたくさんある。それは分かっている。どの書類も重要だ。
けど、パソコンディスプレイに映る文字が頭に入ってこない。文字の形が目に映るだけで、その文字の意味も何も、考えられない。
これじゃあ引退せずに委員長の席に座っている意味がない。
「(意味……か)」
本当に、退官を考えた方がいいのかもしれないな。後輩たちにも顔が立たないし。
そもそも、僕はこんなことに時間を費やしている場合でもないし。
「……」
……いや、どうなんだろう。結局、僕がやっていることが正しいのかも、分からないんだよな。
人の死に繋がる怪奇事件を発生させないようにすること。そのために、能力を制御する重要性は分かる。
けど、そのためなら何をしてもいいのか。
結局、僕は他人に大きな怪我を負わせている。死に繋がらないだけで、大きな犠牲者を出している。
自分の行動に意味を見いだせない。僕は本当に正しいことをしているのか?
能力の熟練度は上げなければならないのに、その考えが頭をよぎる。そのせいで今日は一度も軽い違反者に対して能力を発動させていない。これじゃあ熟練度は上がらない。状況は何も変わらない。
「(意味……。自分の行動の意味)」
こんなこと考えて生活している人はいないだろうな。カタブツと呼ばれる僕でも、案外普段の生活では頭を空っぽにしていたみたいだ。もっと、仕事のこととか勉強のこととか家のこととか、考えてばかりだと思っていたのに。
「黄倉さんは、自分のやっていることが意味のあることだと思う?」
ふと、そんな言葉が口から出た。
一体、何を聞いているんだ。いきなり先輩からこんな質問をされても、困るだけだろう。
「風紀委員の、ことですか?」
「えっと……そう。風紀委員の仕事のことでそう思ったことはある?」
そういうことにした。本当のことを言えるわけはないし、ちょうどいい。
「学校を良くしたいと思って行動しても、生徒からは口うるさいと煙たがれる。僕らは生徒が過ごしやすい学校を作り出そうとしているのに、生徒たちはそれが迷惑だと風紀委員に言うんだ」
「え、えっと……」
「風紀委員ってさ、正直、損な役回りだと思うんだよ」
僕は嫌な先輩だ。後輩の心をくじくような弱音を出してしまうなんて。今までは、そう思っても口には出さないようにしていたのに。
ほら、黄倉さんも戸惑っているじゃないか。
「生徒を不容易に傷つけることだってあるかもしれない。学校や生徒みんなのためだと思って行動しても、それで逆に誰かを悲しませるんだ。そんな風紀委員は、本当に正しいことをしていると言えるのかな?」
自分の力で誰かを死なせてしまわないために、他の誰かを傷つける。そんな僕の境遇を風紀委員の仕事に例えて、僕は吐き出した。
答えを期待していたわけではなかった。明らかに例が違いすぎるから。人の死が関わる怪奇事件と、学校の校則違反では比較のしようがない。
ただ、精神的ストレスを軽減したかっただけ。そのつもりで、僕は黄倉さんにこんないじわるな質問をしている。
黄倉さんには悪いことをしてしまった。今更、「忘れてくれ」と言うのも変だけど、これ以上後輩を困らせても仕方がない。
そう思って、僕がフォローを入れようとすると、黄倉さんは
「正しいと思いますよ、自分は」
僕の目を見て、答えた。
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