【5-5話】

 クラスメイトを……殺してしまった……。


 あの後、すぐに警察と消防、救急車が来て、校庭の掘り起こしが始まった。流砂の部分だけ軟らかいという異常な校庭だったが、痕跡が残っていたためすぐに掘り起こすことができた。


 しかし、渡辺を助けることはできなかった。砂を大量に飲んだからなのか、窒息死とのことだ。


 また死亡者を出してしまった。それも、身近なクラスメイトを……。

 もう、この能力のせいで死亡者を出さないと決めたのに。


 僕は目の前が再び真っ暗になった。絶望を感じ、自分自身といらない能力を与えた天使に怒りを持った。能力の制御に自信がついてきた僕の心は、折れそうだった。


 だが、ここで折れている場合ではない。僕は、この能力を制御しなくてはいけないんだ。

 覚悟したんだ。犠牲者を減らすと。だから、無理やりにでも奮い立たせないといけない。


 もっと……熟練度を高めないといけない!


 だから落ち込んでいる場合ではない。今度こそ、死者を出さないようにするんだ。


 十五時。

 校内で起きた怪奇事件により、本日は全学年早帰りとなった。


 本来であれば真っ直ぐ家に帰るべきなのだろうが、僕は最寄り駅のスーパーに寄り道していた。家に食材がないからだ。あわよくば、軽い規則違反を行っている買い物客でも見つけて、能力の熟練度を向上できたら尚良い。


 しかし、こうして注意して見てみるとあまり違反者はいないものだ。普段であれば好ましい。残念がってはいけないはずなのに……。これでは違反者がいて欲しいみたいだ。


 野菜コーナーを過ぎたあたりで、店内を楽しそうに走る子供が僕の目の前を横切った。年齢的には五歳くらい。母親の方は困ったような表情でその子に注意するが、子供は母親の言うことを聞いていない。


「……」


 何もないところで子供はつまずき、小さな体が正面に倒れた。母親は急いで駆け寄る。子供は膝を打ったようで、自分の膝を押さえて泣いている。


「うわあああああああああああああああああん!!」

「お店で走ったらほかの人に迷惑でしょ……。よしよし、もう大丈夫よ」


「(すまない……)」


 周りの人に迷惑ではある。……けど、相手は無邪気でも仕方がない歳の子供。僕だって、五歳くらいの頃は同じようにして、母さんに怒られたことくらいあるだろう。


 ……

 ……いや、考えるな。


 何十、何百、何千という人の命が懸かっている。打撲で済めばいいじゃないか。


 そうだ。迷うな。これでいいんだ。

 僕には、時間がない。一刻も早く、この事態を改善していかないと。


 すると、今度は目の前から他校の男子高校生が惣菜パンを齧りながら歩いてくる。

 イートインコーナーが設置された店内なのに。そもそも、店内で歩きながら飲食など、以ての外だろう。


 僕はその惣菜パンを能力によってガチガチに固くした。男子高校生はそうとは知らずに歯を立ててしまい、歯から血を出した。


「――――!」


 男子高校生は口を押さえて激痛に悶えている。押さえている手の指の隙間から、血が数滴落ち、店内の床を汚した。


「お客様、大丈夫ですか!?」


 近くを通りかかった女性店員が男子高校生に近づいて介抱をする。


 僕はその光景を見て、胸が締め付けられた。


 死者を出さないこと。それが最も重要だということは分かる。それに比べたら、打撲もスマホの故障も、大したことはない。優先度は天と地の差がある。客観的に見てもそうだ。


 しかし、簡潔にまとめれば規則違反をしている人に対して、自分の都合で能力を発動している。「死傷者が出るかどうか」。それは無視できない非常に重大なポイントではあるが、やっていることはプリファの言う、「神の裁き」と変わらないのだ。


 相手の都合など考えもしないで、能力の熟練度を高めようとしている。これではまるで……、


「(身勝手な野望を画策する、プリファと同じ……ではないのか?)」


 自分の行っていること自体に、疑問を持ってしまった。

 死傷者を出さなければ、安易に人を傷つけていいのか。そのことで悩んでしまっている。


 だが、何もしなければいつまで経っても能力は制御できない。だから、やるしかない。

 僕は自分を無理やり納得させ、店を出た。


 歩いていると、駐輪禁止箇所に自転車を止める作業着の男を見かけた。


「(はぁ、多いんだよな。放置自転車……)」


 昨日もたくさんいた。まぁ、昨日は能力を使って違反者には規則を守ってもらったけど。


「昨日はスタンドが壊れたんだっけ?」


 それで、前輪固定型の駐輪場に止めざるを得なくなっていた。今回も、それでいいかな。

 僕は頭で自転車のスタンドを壊すことを思い浮かべた。


 ……のだが、そうはならなかった。スタンドは壊れず、代わりに不思議な現象が起きた。


 男性と自転車が急に移動し始めた。移動とはいっても、男性が自分から移動しているわけではない。彼の両足は地面に着いたまま。しかし、彼は自転車と共に移動していた。


 彼らの立っている箇所だけ、ベルトコンベアにでもなっているかのように……人の走る速度で、彼らは地面に運ばれていく。


「(能力が……!)」


 働く力が昨日と違う! どうして!? やはり、能力は精神状態によってムラがあるってことなのか!?


 このままではまずい。また、大きな被害が出かねない!


 男性は一定速度で運ばれていく。彼が横に踏み出しても前に進んでも、地面は一定方向に彼を運んでいく。

 僕は能力を停止させようと念じるが、やはり能力は消えない。こうなったら、彼に追いついて手を引くなりして、直接止めるしかない。

 僕は走り出した。しかし、男性の移動速度は僕よりも速く、すぐには追いつけそうもない。


「くそおおおおおおおおおおおお!!」


 ダメだ。追いつけない! 思ったよりも速い!


 やがて、男性と自転車は道を曲がった。あそこは、スーパーの駐輪場。放置自転車の強制遵守だからか、正式な駐輪場に彼らを運ぶ力が働いたようだ。


 大した被害にはならなそうな怪奇現象に、一瞬安堵してしまったが、実際には違った。


 現場に着いた僕が目にしたのは、男性がコンクリート製の壁に強打し、流血した頭を押さえている場面だった。自転車も壁にぶつかった衝撃によるものなのか、カゴとフレームが破損している。


「そんな……僕はただ……」


 重くない規則違反だと思ったのだ。ここまで被害が大きくなるなんて、思っていなかったんだ……。ただ、昨日と同じでスタンドが壊れるだけだと思っていたのに……。


 すぐに救急車を呼んだ。男性は担架で運ばれるときに意識が残っていた。どうやら、命に別状はなさそう。


 だが、頭部から血を出す重傷であることに変わりはない。

 僕が能力を発動させたから……大怪我を負わせてしまった。


「(これで……いいのだろうか……?)」


 救急車のサイレンを聞きながら、僕は考える。

 死傷者を出さないという目標の下行ってきた、自分の行い。他人に迷惑をかけたり、モラルを守らない者に能力を発動した結果、自分が大きな被害を及ぼしている。


 自分の行っていることが……正しいことなのか……分からない。


 僕の中に見えていた希望の光が薄れていく。自信など、僕の中にはもうなかった。

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