【5-4話】

「(トイレに行ったんじゃないのかよ! 何でテスト中に抜け出してるんだ!?)」


「ホントだ。渡辺だ」

「あいつ、トイレ行ったんじゃねぇの?」

「もしかしてあれか? ゆめキョンのこと諦めきれなくてCDショップに行くつもりなんじゃねぇ?」

「バカすぎる」


 そんなクラスメイト達のざわつきが聞こえる。僕も同じような予想を立てていた。


「(定期考査中に抜け出すとか、何考えているんだ!)」


 先程注意した上にそれを聞き入れなかった校則違反者に対して、僕は憤りを感じていた。


「(まずい! 落ち着け、僕……落ち着け……)」


 怒りは能力の自動発動に繋がりかねない。完全には制御できていないこの段階で怒りを持つのはまずい!

 気を落ち着けるんだ……。冷静に。心穏やかに。聖者になったつもりで。


 そうは考えても、風紀委員長の正義感は簡単には消えてくれなかった。汗をかきながら、心を落ち着けようと試みるが、落ち着かない。


 変な感覚だった。

 憤りと不安と恐怖で支配されている。

 僕は、はぁはぁと呼吸を荒くする。


 このままじゃ本当にまずい!


「渡辺!!」


 思わず僕は立ち上がり、遠くにいるクラスメイトを呼び止めた。


「何やってるんだお前は! 今すぐに戻ってこい!」


 今なら、まだ間に合うかもしれない! 渡辺が校外に出なければまだ……!


灰川はいかわ! 俺はやっぱりゆめキョンを諦めきれないんだ! 説教ならあとで聞く! だから俺は行く!」

「おい! 渡辺!?」


 まずいまずいまずい! どうにかして渡辺を止めなければ!


「それなら、僕が行く! だからお前は戻って来るんだ!」


 自分でも何を言っているか分からなかった。渡辺もクラスメイトたちもそう思っていることだろう。


「はぁ? 何言ってるんだ?」

「君のために言っているんだ! いいから早く教室へ戻って来い!」

「???」


 渡辺は怪訝そうな顔をすると、再び前を向いて走り出した。


 やっぱりダメか!

 それなら、もう能力の規模を調節するしかないか……!


「(渡辺が入口に着く前に、校門を閉める!)」


 頭の中で能力の内容を思い浮かべ、念じる。これなら、死傷者は出ないし、渡辺も諦めるだろう。


 ……だが、発動した能力は僕の予想を遥かに上回るものとなった。


「な、なんだこれ!!」


 渡辺が大声を上げた。渡辺はその場に立ち止まり、慌てふためいている。


 突然、渡辺の周囲に流砂が発生したのだ。


 直径三メートル程の同心円状の流砂。まるで蟻地獄を想起させるかのように、その流砂は渡辺の体を沈ませる。グラウンドの固い地盤は砂のように軟らかく、円の中央に向かってゆっくり流れ落ちている。


 窓側に集まったクラスメイトたちがざわつく。先生は教室内の内線電話の受話器を取って、慌てた様子で連絡を始めた。


「うわああああああああああああああああああああああああああ!! 助けて! 飲み込まれる!」


 すでに渡辺の両足首くらいまで砂で埋もれていた。懸命に抜け出そうとするが、足首を抜いて地面につけた瞬間に再び埋もれていく。体全体もゆっくりと円の中央に向かって沈んでいく。


「(おい! 止まれよ! 『強制遵守』はもうできているだろう!? もう十分だろう!?)」


 能力の停止を心の中で繰り返すが、流砂が止まる様子はない。


 やがて、渡辺の下半身が埋まり、上半身だけになる。渡辺は溺れている人のように手だけでもがき続ける。


「(頼む……! 頼むよ!)」


 これ以上の犠牲者は出したくないんだ! そのために、経験値を積んできたんだ!

 昨日と今日、上手く発動させていたじゃないか!

 今だって、怒りなんかよりもクラスメイトを救いたいって気持ちの方が強いじゃないか!


 だからお願いだよ! 流砂、消えてくれええええええええええええええええ!!


 僕はぐっと力を入れて目を瞑り、念じる。頭の中で、流砂が停止する様子を思い浮かべる。



 ……ゆっくりと目を見開いた。恐る恐る、校庭の中央を視界に入れる。



 ……しかし、僕の目に映っていたのは、ゆっくりと沈み続ける流砂と、ちょうど飲み込まれた瞬間の渡辺の左手だった。



 渡辺を完全に飲み込んでから二十秒程して流砂は止まった。その間、それを見ていたクラスメイトとほかのクラスの人たちにより、学校は騒然となった。



 ――これでまた一人。

「……!?」



 パッと右を向く。他のクラスメイトと同じように窓際に寄ってきていたプリファがいた。


 外を見ていた彼女は、僕の視線に気づくと、


 いつも僕に見せている、余裕の笑みを浮かべた。


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