【5-3話】

 僕が風紀委員室から戻ってきて、自分の教室へ入ろうとすると、クラスメイトの雑談が聞こえてきた。


「え!? そのCDって今日発売だっけ!?」

「渡辺、忘れてたの?」

「先着百枚の店舗限定版を忘れるとは、渡辺は愚かだな」


 悔しがっているのは、クラスメイトの渡辺。三日前にピアスの件で注意した男子だ。


「マジかーーーー!! やべぇやべぇ!! 今から行って買ってくるわ!?」

「おいおい、もう休み時間十分しかないんだぞ? 次は中間テストだし、今からショップ行っても戻ってこられないぞ」

「バカ言えよ! ゆめキョンの記念ボイス付きだぞ!? 逃す手はないだろ! テストなんてどうでもいいわ!」


 ゆめキョンというのは、よくは知らないが、確か人気アイドルグループのメンバーのひとり……だったはずだ。


「流石に無理だ。諦めろ、渡辺」

「そうだ。ゆめキョンの記念ボイスはオレたちが堪能しておいてやる」

「クソーー! じゃあ頼む! それを譲ってくれー!」

「アホ。誰が譲るか。今から聞く」

「ケン、小型CDプレーヤー持ってきたのかよ……」

「この時のためになぁぁ!」


 漫画に続き、小型CDプレーヤーとは……。うちの学校は私物の持ち込みが多いな。

 チェックリストに追加しておくか。


 僕はとりあえず、小型CDプレーヤーに「強制遵守の能力」を発動してみた。

 熟練度の確かめも兼ねて、僕は内容を思い浮かべる。


「あれ? おっかしいなぁ。バッテリーがゼロだ」


 よし、プレーヤーの電池残量をゼロにすることに成功した。


 確実に能力をモノにすることができているみたいだ。


「ダメだ! やっぱり俺は諦めきれねぇ! 今から行ってくる! 『渡辺くんは早退しました』って伝えておいてくれ!」

「おい! バカ! 流石にやめておけって!」


「そうだ、渡辺。そんなことはさせないぞ」


 僕はそこで教室に入り、会話に割り込む。


灰川はいかわ!」

「体調不良や緊急事態ならともかく、授業中の校外への外出は校則違反だ。ましてや、次の時間は定期考査だろ」

「緊急事態だろーーーー!! 俺のゆめキョンへの想いは定期考査よりも重いんだよ! 頼むよ灰川! 今回だけは見逃してくれ! ゆめキョンが俺を待ってるんだーーー!!」

「ダメだ」

「そんなーーーーーー!!」


 渡辺の嘆願を淡白に切り捨て、僕は窓際にある自分の席に向かった。


 渡辺は泣き崩れ、後ろで「ばーかばーか!」「石頭! 鉄魔人! 灰川魔王!」とか言っている。

 誰が石頭で鉄魔人の灰川魔王だ! 子供かお前は!


 *


 定期考査が始まった。


 センター試験までの残り二ヶ月ちょっとのこの時期に行われる試験は、なかなか重要性が高い。これが終わると、十二月末に行われる期末試験だけ。ここでいい点数を採れるかどうかで今後の対策方針が大幅に変わってくる。


 とはいえ、僕はすでに推薦で付属大学への進学が決まっているし、普段から勉強しているからあまり心配していない。全教科九十点は堅いだろう。


 それでも問題を解くうえでは手を抜かない。つまらない凡ミスなどはしたくない。


「あの、先生」


 廊下側の席に座っていた渡辺が、突然手を挙げて先生を呼んだ。


「ちょっと腹が痛いのでトイレに行っていいですか?」

「どうぞ」

「あざっす!」


 軽い調子で渡辺は教室から出て行った。

 落ち着きのない奴だな。まぁ、いつものことだが。


 あれで成績は悪くないのだから、分からない。見た目と中身は違うってことを再認識させられる。もう少し校則は守ってほしいものだが。


 見た目と中身が違うと言えば、二日前から同じクラスに在籍している堕天使もだ。


 教卓前の席に座っているプリファをチラリと見る。

 見た目は銀髪碧眼で宝石のように美しいが、中身はドス黒い毒ガスに覆われたような女だ。


 それを知らずに、クラスメイト達はプリファと机を向かい合わせてお昼を食べていた。プリファも大層な猫かぶりでお嬢様を演じてやがる。楽しそうにクラスに溶け込んでやがる。


 だが、僕は騙されない。いつかその仮面を剥いでやるから覚悟しておけ。


「あら?」


 心の中でそんなことを考えながら問題を解いていると、数学担当の先生が窓の外を眺めながら疑問の声を漏らした。


「あれ? 渡辺の奴、何してるんだ?」


 先生の視線を追って、僕の二つ前に座っていた男子生徒も疑問の声を出す。

 渡辺? 渡辺がどうしたんだ?


 窓際に座っていた僕も、ふと外を見ると、そこには……、


「……!!」


 グラウンドを走って横断している、渡辺がいた。

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