【4-3話】

 僕は居間の扉の前で立ち止まってしまった。


「……悩み事?」

「うん。今日の兄さん、いつもと様子が違っていたから……」

「余計な心配かけてしまったか。ごめんな、ソラ。けど、大丈夫だ。風紀委員の仕事で悩むことは今までだって何度もあったろ?」

「それもそうだけど……兄さんは、何か別のことで悩んでいるように感じたから……」


 意外と鋭い妹の勘に、僕は少し驚いてしまった。けど、真実を明かすことはできない。


「ソラは優しいな。けど、本当に大丈夫だよ。すぐにまた、解決してみせるさ」


 今までだって、何度も頭を抱える問題に立ち向かってきた。

 一歩一歩ではあるが、校内の風紀を良くしてきた。

 今回も大丈夫だよ。


 僕はそう言った。何も問題はない……という意味を込めて言った。


「兄さん。わたしね、兄さんの力になりたいの」


 不安そうに見つめてくる妹の目は、かすかにだが潤んでいた。


「わたしには、何で悩んでいるかは、分からないけど……。きっと、子供のわたしじゃ理解もできないような、難しい問題に悩んでいるのかもしれないけど……。けど、わたしは兄さんの心の支えになりたい」


 妹の精神年齢の高さには毎回、驚かされる。こんな兄想いの妹、いるだろうか?


「ソラは、今でもすでに、僕の心の支えになってくれているよ。いつも僕が帰ってきたら出迎えてくれるし、食事も美味しそうに食べてくれる。それを見られるだけで、僕は幸せなんだよ」


 だからこそ、守りたいと思っている。

 ソラを守っていけるように立派でいたい。早く大人になって、お金を沢山稼いで、養ってあげたい。

 ……けど、僕はもう普通の人間じゃない。すでに何人も死者を出してしまった、連続殺人犯。尊敬する兄として、人として、決して誇れない悪魔だ。あのクソ天使と、同じなのだ。


 ……よく考えたら、このまま僕の周りでばかり事件が起きれば、流石に警察も不審がるだろう。そうなったら、ソラも目をつけられるんじゃないのか?


 いや、それどころか!


 ないと信じたいが、ソラだって規則を破ることくらいある。いくら僕の妹で、しっかりしているとは言え、普通の人間だ。必ずある。


 その時に、僕の能力はどうなる? 僕の扱いきれないこの能力が……万が一にも暴走したら――


「(それだけは絶対にダメだ!!)」


 一瞬、背筋が凍った。僕自身がソラに危害を加えるなんて、絶対に嫌だ!


「くっ……」

「……兄さん?」


 やりきれない思いについ、口から声を発してしまった。ソラはそれを聞いて一層不安になっている。


「(……やっぱり、そうするしか……ないのか……?)」


 僕が死ぬしか、ないのか? これからの犠牲者はなくなり、ソラの安全も保証される。

 ソラを側で守ってあげることはできなくなってしまうが……ソラの成長を見届けられなくなってしまうが……


 僕自身が手にかけるよりは何倍もいい……。


「兄さん。わたしは、」


 ソラが僕に近づく。低い身長のソラは、より僕を見上げる形となる。


「わたしは兄さんほど頭も良くないし、兄さんほど立派な委員会にも所属していないし、兄さんに比べると……ずっと子供だから、わたしは兄さんの支えがないと生きていけない」


 そんなことは分かっている。僕だって、ずっと守ってあげたいさ。


「兄さんはいつもわたしのために頑張ってくれている。ご飯も作ってくれるし、勉強も教えてくれる。悩みだって嫌な顔しないで聞いてくれるし、休日に遊んでくれるし、いつもいつもわたしは感じるの。大事にされているって……守られているなって。父さんと母さんがいなくなったのは、兄さんも同じなのに……」


 自分の言葉で両親の死を思い出したのか、ソラの瞳は更に潤んだ。だが、堪えて涙を流さずにソラは続けた。


「兄さんが守ってくれて、わたしはすごく嬉しいし、幸せだよ。けど、悩む程に無理はしてほしくないの! わたしも兄さんの力になりたいの! 兄さんがわたしのことでいっぱいいっぱいになって、それで倒れちゃって、突然いなくなっちゃったりしたら、わたしはすごく悲しいよ」

「っっ……!」


 妹の辛そうな顔に、僕はたじろいだ。考えていた選択肢との葛藤が大きくなる。


「ねぇ、兄さん。わたしは、兄さんと一緒に暮らしていきたいの。今までみたいに、楽しく暮らしていきたいの! わたしのことで兄さんが悩むなら、わたしは守ってもらわなくていい。それよりもわたしは、兄さんと家族二人で、一緒に生きていきたいよ!」


 そこでソラはゆっくりと涙を流した。


 ソラには真実を告げていない。なのに、全てを見透かしたかのように、ソラは想いの丈を打ち明けた。

 まるで、僕の心の内が見えているかのように、ソラの言葉は僕の悩みに直接的だった。理論では説明できない、兄妹の不思議な絆を感じた。


「兄さん、これからもわたしの側で守ってくれるよね? わたしにも、兄さんを支えさせてくれるよね?」


 小さな手が、不安そうに僕を掴む。七つの年の差があり、男である僕と比べると、本当に弱々しい身体。守ってあげないと、すぐに壊れてしまいそうな儚さを感じた。


「……」

「……」


 ソラは僕の返事を不安そうに待っている。僕は即答せず、じっくりと考えを巡らせ、そして……、



「……当然だ。僕は、どこにも行ったりなどしない! 三年前からの約束だ。ソラは、僕が一生守る!」



 今日初めての、偽りでない笑顔をソラに向けた。


 そうだよ。僕が守らないで、誰がソラを守るんだよ! ソラを残して、僕だけが死ぬなんて、以ての外だろう! 選択肢にあってすらダメだろう!


 ソラも、ようやく笑ってくれた。いつも見る、ソラの笑顔だ。

 こうでなくっちゃあな。ソラには、悲しい顔は似合わない。


 だから僕は、この笑顔を曇らせないようにするんだ! 植えつけられた厄介な能力なんかに、負けてなんていられない!


「けど兄さん、一生っていうのは、流石にわたしも困っちゃうな。お嫁に行けなくなっちゃうよ」

「いいじゃないか、行かなくて。僕よりふさわしい男でないと、嫁にやる気などないぞ」

「流石にそれはシスコン過ぎ。周りから引かれるよ?」

「む! それは困るな」


 ついさっき、気にしたばかりだ。黄倉さんはそう思ってはいなかったみたいだけど。


「え~、困るの?」

「なんで不満そうなんだよ」

「兄さんが外面では妹に冷たそうだからだよ」

「そんなわけないだろう。シスコンってひけらかすのは風紀委員長の威厳に関わるからな。内でも外でも、冷たくするなんてありえない」

「学校の女の子の前でも?」

「当然だ。ソラより可愛い女子なんているわけないし、僕はソラのことを世界で一番愛しているからな」

「兄さん、気持ち悪い」

「ひどいな!」


 自分で自分の腕をさする妹。理不尽すぎるぞ!


「あははははははははは!」


 冗談を交わしたことでいつもの調子に戻って安心したのか、ソラは笑った。僕も釣られて笑う。

 家族の温もりに包まれる。……温かい。


 これだよ。

 この日常を……僕は維持していかないといけないんだ。


 ソラと過ごす、かけがえのない生活を僕は守っていかないといけない。


 どちらが欠けてもいけない。

 だから……もう二度と、あんなことは考えない。ここで改めて誓おう。


 ソラとルール違反者を天秤にかけるだなんて、そもそもそれがおかしかったんだ。

 最初から、選択肢は一つしかないじゃないか。


 力の制御はいつ完全に習得できるか分からない。それまでの間、犠牲者は出続ける。


 もう、そんなことは、関係ない。覚悟を決める。辛い道のりだが、僕は……やる!


「(僕は死なない。ソラを一人には絶対にさせない)」


 ……そして、




「(『強制遵守の力』も何とかコントロールしてみせる! これから先、誰ひとりとして死者を出さずに、自分の意思で能力を扱えるようにしてみせる!)」




 能力の無発動も思いのままにする。そうすれば、犠牲者は誰ひとりとして、出たりはしない!


 それが、最適解だ。

 分からないじゃない。不可能ではないのなら、やってみせるさ!


 プリファの思い通りにはならない。ルール違反者を誰もかも全て消し去って、新たな社会を構築するなどという、ふざけた計画に誰が賛同するものか。



浄化プリファ計画」は、僕が阻止する!

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