【5-1話】

 朝六時頃。

 河川敷沿いの土手道を一定ペースで走る。家へ戻るまでに激しい息切れを起こさない程度の軽いジョギングだ。


 雨でない日の朝は、こうしてジョギングをするのが僕の日課だ。風紀委員長は頭の回転だけでなく、基礎体力も必要となる。勉強の集中力も大きく向上するし、出来る限り、欠かさない。


 見慣れた土手道の復路は、左手に河川敷、右手に住宅地が見える。夏ならこの時間でも陽が昇っているが、この時期はまだ明るくない。だからなのか、春や夏ほどジョギングをしている人はいない。

 走りやすいジョギングコースをほとんど独り占めできるのは、地味に嬉しいものだ。


 やがて、右手に屋根付きの小さな休憩所が見えてきた。いつもは何も気にせず通り過ぎるのだが、今日はそこで立ち止まった。


「……」


 持っていたペットボトルにはまだ水が入っていたが、それに構わず、あることを試してみる。


 僕はペットボトルを、休憩所に備え付けられたゴミ箱に投げる。それも、あえてゴミ箱の角を狙い、弾かれて外に跳ね返るようにしてみた。

 狙い通り、ペットボトルは弾かれて、地面に落ち、コロコロ転がった。


 ……

 …………

 ………………


 流石に、何も起きないか。


 二、三回状況を変えて試してみたが、結局これといって何もなかった。僕は短く息を吐き、ペットボトルを拾い上げ、それを持って再び走り出す。


「(これは、自分の行ったことだから、何も起きないということなのか?)」


 走りながら考察する。何か起きれば、解決の糸口が見つかると思ったんだが。


 僕は、自分に宿った「強制遵守の力」を制御するために、あえて自分から「ゴミのポイ捨て」というモラルに反する行為をしてみた。その能力の性質を理解するためだ。


 自分で命を絶つことも、怪奇事件の被害者を死なせることも、もうあってはならない。

 能力の性質を理解する。そうすれば、能力の制御を完全には行えなくても、被害を大きく軽減させることができるかもしれない。


 昨日の夜、寝る前に考えたことだ。


 そもそも、能力の自動発動はなぜ起こるのか? 僕は、その根源から改めて考え直してみた。


 昨日は僕も冷静じゃなかったが、不可解で超常的な能力もきちんと考えれば推測できることがある。


 僕は能力を自覚し、ある程度自分の意思を能力の発動条件に付与できるようになった……らしい。プリファの考えでは、そうなるはずだった。

 だが、実際にはならなかった。それは、僕に宿った能力があまりにもイレギュラーであるためだと、プリファは言った。

 あの胡散臭い天使が本当のことを言っているかどうかは、半信半疑だ。しかし、現実では考えられない特殊で異常な能力に対する情報が少なすぎる。

 これ以上犠牲者を出さないと決めたのだ。とりあえず、プリファの言ったことを前提として推測していくことにする。


 僕は能力を自覚し、ある程度制御できるようになった。確かに、未だに制御しきれてはいないが、僕の周囲で怪奇事件が起こるようになったということに対して、そういう見方をすることもできる。


 では、どの程度、僕は制御しきれていないのだろうか?


 プリファは言った。


『けど、安心してくださいよ。規則を破った者、全てに発動しているわけではないようですし。そうそう頻発するわけでもないみたいです。ほら、今日だって、校則違反者を何度か見かけたけれど、能力は発動しなかったでしょう?』


 昨日、確かに僕は何人もの校則違反者を見かけた。だが、怪奇事件は起きていない。

 対して、下校時に見かけた危険運転の自転車。この時は、怪奇事件が起きた。


 この二つの状況の違いはなんだ?


 色々と思い当たる可能性はあるが、僕はその中でも一番可能性の高い発動状況にアタリをつけていた。


『真音くんがルール違反者を見かけ、正義の心を持った時にその能力が発動しています』

『危険運転を行っていた運転手に対して、徐行させようとした』

『あなたの中には、私に対する憤りと同じくらい、規則を違反する者に対する憎しみや怒りを持っているのですよ。何よりも、それが原因で能力が発動していると、私は考えますけどね』


「……」


 要するに、そういうことなのだろう……。


「能力は……僕の心の変化量が大きいときに発動するわけか……」


 おそらく、これだろう。


 校内の校則違反は、女子がスカート丈を短くしていたこととか、男子がネクタイをつけてこないといったこと。どれも、比較的軽いものばかり。


 対して、自転車はどうだ?


 僕の隣を歩いていた黄倉さんを恐怖に晒し、一歩間違えば重大な交通事故に繋がっていたかもしれない危険運転。その時の僕の心の変化は、憎しみとはいかないまでも怒りを伴っていた分、大きかったろう。


 規則の違反にあまり優劣をつけたくないものだが、僕の中にも違反者の「ランク」と言ったものがあるらしい。そのランクによって、能力が発動するかしないか、決まっているのかもしれない。


 では、僕の心が大きな怒りを伴わない程度の比較的軽い違反で、能力は自動発動するのか? それについて、検証するためにあえてポイ捨てをしてみたのだ。


 実害を出さないために、自分で。

 だが、どうやら無意味だったみたいだ。


 ジョギングを続けながら、昨日、寝る前に立てた仮説を改めて確認し終えた僕は、解決策を見出さんと思考を移す。


「(何とか、大きな被害を出さずに能力を検証できないか?)」


 能力が永続的に発動しないのが一番ではあるが、「制御」する以上、熟練度を高めないといけないだろう。ならば、実際に能力を発動させるしかない。練習するしかない。その上で、自由自在に使いこなさなければ、意味がない。


 ……それならば、


「(違反者のランクによって、発動する能力の規模が変わるかどうかを考えてみるのが最良の手だな)」


 現状、この絶望的状況を切り抜ける唯一の打開策が、これだろう。


 ちょうど、家の付近まで戻ってきたので、クールダウンウォーキングに移る。

 いつも混雑する河川を渡す大橋に、今日も車が多く走っている。それを横目に見ながら家の方向に歩き、考えをまとめた。


 僕の能力が、心の動きの変化量によってその規模を変えるならば、あえて軽い規則違反者に対して能力を発動させる。軽い違反に対する「強制遵守」がもしも、人の生命に直結するものでないのなら、


「(死者を出さずに、熟練度を高めることができる!)」


 そうすれば、いずれ能力は僕の意思でコントロールできるようになるはずだ。

 不確かな推測ではあるが、これしかない!


 考えをまとめたところで、家への帰り道の住宅地にて、歩きスマホをしながら歩いている女子高生二人組を見かけた。


「……」


 道幅がまぁまぁあって、人通りの多くない時間帯と場所。前を十分に注意しないで歩く女子。


「(……これなら、行けるか?)」


 僕はとてつもない緊張と不安を抱きながらも、不確かな力の発動に意識を傾けて、女性の横を通り過ぎる。失敗した時のことを考えると胸が苦しくなるが、それでも……!


「(……どうだ!)」


 過ぎ去った女子高生を後ろから眺めるが、大きな変化はない。周りの状況も変わっていなければ、怪奇現象が起きたようにも見えない。


「(失敗か……)」


 と、思って家の方向に歩き始めようとした時だ。


「あれ!?」


 突然、女子高生の一人から驚きの声が上がった。僕は再び彼女らの方を振り向いた。


「どしたの?」

「急に電源が切れたんだけど……」

「えー、マジで? 充電しなかったの?」

「いや、したってー! えー、どうしよ~。壊れてないといいんだけど」

「朝練の時に充電しちゃえば?」

「今日ケーブル持って来てない~。アスカ、貸して~」

「え~?」


 なんてやりとりをしながら、二人は歩いて行く。電源が突然落ちた方の女子はもちろん、そうでない方の女子もすでに前を向いて歩いていた。


「……」


 こ、これは……!


 僕は思わず頬が緩んだ。

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