【4-1話】
「私が死んだら、あなたも死んでしまうのですから」
胸ぐらを掴まれた態勢のまま、プリファは衝撃的な言葉を告げる。何度目になるか分からない絶望が僕を襲った。
「どういう……意味だ……。お前を殺したら、僕も……死ぬ……だと?」
声が震える。
目の前の女が何を言っているか、分からない。ハッタリ? いや、けど……そうは聞こえない。こいつが言っていることは……本当に?
「以前言ったでしょう? あなたにリンクを貼った、と。私とあなたの命も、繋がれているのですよ」
「……!」
「私達はもはや、運命共同体。私が死ねばあなたは死にます。逆に、あなたが死んだら、私も死んでしまいますけどね。ですから、どうか死んでしまわないよう、お願いします♪ 私の命は、あなたに懸かっているのですから♪」
自分の命が懸かっているというのに、笑顔を絶やさない天使が気持ち悪かった。
なぜ、こんなにあっけらかんとしている? いや、それよりも……
なんだよ、それ! なんで僕の命まで、こいつに握られているんだよ!
「なんでこんなことするんだよ……。嫌がらせか? 脅迫のつもりなのか?」
「いえいえ。脅迫しようだなんてそんなこと、するわけないじゃあないですか。ただ、リンクを貼るとどうしても対象者の命とも繋がれてしまうのです」
「だったら、ふざけたリンクなんて今すぐ解除しろよ! 人の命を手玉にとっているんじゃねぇ!」
いらない能力を勝手に与えたり、社会に迷惑をかけたり、あまつさえ僕の命まで……。
クソ! なんなんだよこいつは! ふざけんなよ!
僕の怒号に対して、プリファは極めて冷静に言う。
「残念ながら、リンクの解除はできないんです。私には、天使の権限もなければ神通力もろくに扱えないのですから。ですから、私と運命を共にしましょう。二人のどちらかが果てるまで♪」
「ふっざけんなてめえええええええええええええええええええええええええええええ!!」
何が「運命を共にしましょう」だよ! 何でそんなこと気にして生きなきゃならない! 人の命をなんだと思ってやがる! これが人間を導く天使のすることかよ! 考えが腐っているにも程がある!
絶望感で泣きそうだ。震えた手の力には先程の強さはなく、緩んでしまっている。
僕は、どうすればいいのか分からず、沈黙してしまった。
……
……
少し考えたあと……、ある考えが頭をよぎった。
僕とこいつがいる限り、犠牲者はどんどん増えていく。時には関係のない者まで巻き込んでしまう。
僕の意思とは反して自動発動する特殊能力。いつ制御できるようになるのか分からない「強制遵守の力」。そんな迷惑な能力のせいでこのまま犠牲者が出続けるのならば……いっそのこと……。
「……僕が自分で命を絶てば、お前は消えてくれるんだよな?」
僕とプリファの命はリンクしている。僕が死ねば、世界の脅威たるこのクソ天使も死ぬ。社会を破壊しかねない僕と、人類の敵がまとめていなくなる。世界は救われる。
あと数ヵ月で能力を制御できるようになる確証はない。下手したら、このままずっと犠牲者は出続けて、どんどん被害は拡大するかもしれない。
選択肢は他にないように思えた。こうする他、犠牲者を減らす方法は……ない。それでこの女の計画を潰せるなら……この女の嫌がることができるのであれば……僕は……。
プリファは困り顔で応じた。演技なのか本心なのか、どちらかは分からないが。
「そうですね。正直、それは私としても本意でないと言いますか。天使としての生命は失いましたが、流石に本当に死にたくはありませんから」
「そんなの知ったことかよ。僕の命を捧げることで絶望の連鎖を断ち切れて、その上、お前の困った顔が見られるなら、願ったり叶ったりだ」
「
ちょっとは困った顔を見せろよ。死ぬんだぞ? それとも、天使と人間にとっての「死」の価値観は違うのか? 余裕の態度を見せやがって。
「けど真音くん、いいのですか? 死んでしまって」
「いいわけない。僕だって死にたくて死ぬわけじゃない」
「私もです。あなたに死んでもらっても困るし、私も死にたくなどありません」
「そうか。だったら、この能力を僕から取り除け。それなら、僕もお前も死なずに済む」
「残念ながら、一度与えた神通力は、自然消滅以外に取り除く術はありません」
「だったら仕方ないな。お前と運命を共にするなんてゴメンだが、それで世界が救われるのなら、僕は……」
怖い。死ぬのが怖い……。
けど、それ以上に……これから先も殺人犯であり続けるのが怖い。僕は自分で自分を許せない。
だから、これは正しい選択……なんだと思う。僕は、自分の正義を信じる。
そう言いかけた時だった。プリファが放った一言は、
「妹さんを一人残して、この世を去ってしまって良いのですか?」
「……!!」
再び僕を困惑させた。
「な……な……」
何で、妹の……ソラのことを知っている!
僕はプリファにそう問いかけた。
「知っていますよ。
「そんなに詳しく……」
「頼れる親戚はいないため、真音くんがいなくなったら、ソラさんは天涯孤独になってしまう。そんな幼い妹さんを残してこの世を去ってしまうのは、あまりよろしくないと思いますが」
プリファは頬に手を当てて、困ってみせる。
僕が死んだら……ソラが、一人に……?
妹の笑顔が頭に浮かぶ。
両親が必死に守ってくれた、僕の希望。
僕に残された……唯一の家族。
そんなソラを残したまま、僕が一人死んで……いいのか?
今度はそのことで頭がいっぱいになる。自分の持つ滅びの力を封じることと妹のこと。
頭が痛い。色々なことを考えすぎて、頭が破裂しそうだ。
「卑怯だぞ……! 脅迫しないと言っておきながら、明らかにしているじゃないか」
「そういうつもりで言ったのではないですよ。ただ、事実をお伝えしただけ。私がどうこうするつもりは微塵もありません。私は『観察者』なのですから」
嘘つけ。これは明らかに脅迫だ! 「殺したければ殺しなさい? でも、私が死んだらあなたも死ぬし、残された妹はどうなるのでしょうねぇ?」と言っているじゃないか!
何が「観察者」だ! 悪意たっぷりで干渉しているじゃないか!
僕は息が荒くなる。プリファにも見て分かるほどに、僕は動揺してしまっている。悟られたくなど、ないのに。
「……」
声が出ない。いよいよ、僕は解決策が思いつかなくなる。すでに暗くなりつつある辺りの景色が一層暗くなる。目の前が真っ暗になるとは、このことか。
「よく考えてみてください。それでも私と心中すると言うのであれば、私も覚悟を決めましょう。何度も言いますが、私は何もしない。何もできない。私はあくまで観察者。嘘などありません」
何度聞いたか分からない、そんな胡散臭いことを言って、プリファは制服を整える。
「良い選択を期待しています。私と共に、この世界を生きましょう、真音くん♪」
ニコリと笑って、プリファは僕の横を過ぎて、去っていった。
「……」
なんだよ……これ。
一体、どうすればいいんだよ?
どうして、こんな絶望的な状況になっているんだよ……。
誰もいない、何もない小さな広場で答えの出ない自問を繰り返す。
冷たい風だけが虚しく突き抜け、冬一歩手前の気温が僕の体温を下げる。
灰色で覆われた空が、僕の心にも雲を作った。
これが……絶望。
無力感に苛まれながら僕は、重い足取りで暗くなった通学路を歩いた。
*
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