【3-5話】

「どういうことだ!」


 現場から少し歩いたところにある小さな広場で、プリファに詰め寄る。

 黄倉さんには聞かせられない話だったので、先に帰ってもらった。


「どうしたのですか? そんなにおっかない顔をして」

「ふざけるな!」


 この期に及んでシラを切るプリファに、僕の怒りはますます膨れ上がる。僕の言いたいことなど、分かっているくせに!


「神の裁きのつもりで、お前が何かしたんだろう!」

「まさか。言ったじゃあないですか。今の私にはもう何もできないのです。神通力じんつうりきがほとんど空っぽなのですから」

「だったらどうして、怪奇事件が起きているんだ! お前が何かしていないと、怪奇事件が起きるはずがないんだ!」

「あら? 今日は偉く冷静じゃないですね、真音くん。昨日は、無自覚に能力を発動させて事件に関与していたことを知っても、冷静だったのに」


 確かに、昨日は自覚が足りていなかった。あまりにも夢物語みたいな話で、現実感がなかったから。プリファが天使で、僕の中に能力が宿ったという話を表面上は理解していても、心の底から信じてはいなかったみたいだ。


 けど、理解した。これは現実! 僕の身近で怪奇事件が……殺人事故が起きている!


「答えろプリファ! 一体、あの被害者に何をした! 僕に何をした!」

「私は何もしていません。あなたの『強制遵守の能力』が作動したのでしょう。危険運転を行っていた運転手に対して、。それだけですよ」

「僕は能力を発動させた覚えはないぞ! 能力を自覚したことで制御が出来るようになったのなら、発動させないことも可能なはずだ! 怪奇事件が起こるはずがないんだ!」


 怒鳴り声をあげてプリファに問いかけるが、プリファは戸惑いもしない。いつも通りのどこか余裕を持った態度で、冷静に僕に返答する。


「それがあなたの心の闇ですよ、真音まおんくん。あなたがあのルール違反者に対してどうしようもなく怒りと憎しみを感じて、能力を発動させた。それだけだと思いますが?」

「違う! 確かに怒りはあった、けど、能力は発動させないように念じていたんだ! 事件が起きていると理解してからも、止めようとした! けど、止まらなかった! 僕の心の動きで能力が発動していたら、こうはならないはずだろ!?」


 念じている最中も、「この男が死んでほしい」だなんて微塵も思っていなかったはずだ! 僕はただ、ひたすらに能力の効果が消滅することを祈っていた! 間違っても自分から能力を発動させたなんて、あるはずがない!


「でしたら、まだ制御しきれていないのかもしれませんね♪」

「なっ!」

「熟練度を上げていけば、制御できるかもしれませんよ? あと何ヶ月かかるかは分かりませんが♪」


 この女、ぬけぬけと! 軽々しく言いやがって!


「あと、何ヶ月って……!」

「どうやら私の認識が甘かったみたいですね。天使の神通力から発現した歪んだ能力は、そう簡単に人間が扱える代物ではないようです。何分、真音くんのそれは例外すぎですしね」


 ウソだろ……? こんな危険な力が、数ヶ月に渡って自動発動されるっていうのか……?

 僕がルール違反者を見かける度に、今日みたいな事件が繰り返されるっていうのか……?


「けど、安心してくださいよ。規則を破った者、全てに発動しているわけではないようですし。そうそう頻発するわけでもないみたいです。ほら、今日だって、校則違反者を何度か見かけたけれど、能力は発動しなかったでしょう?」

「そういう問題じゃない!」

「良いではないですか。ゴミみたいな人間が一人、いなくなるくらい。『これでまた一人』、浄化された世界への生贄になりましたね♪」

「てめぇ!!」


 プリファの胸ぐらを掴んだ。

 こいつが女だとか胸に触れるだとかそんなことはもはや関係なかった。激しい怒りに支配されるが、殴るのは思いとどまった。


 こんな悪魔に、どうして僕がこんな目に遭わされないといけない!

 どうして人が死なないといけない!


 どうして……こんな、頭のネジが百本くらい抜けている奴の気まぐれで僕たちが被害を受けなきゃいけないんだ!


「真音くんのその怒りは、悪である私に対してのものでしょう?」

「あぁ、そうだよ! お前こそが悪だよ! 僕たち人類の敵だ!」

「ふふ、いいですね。私のことを許せないでしょうね。こんな能力を与えた私に対する憤りで、はらわたが煮えくり返っていることでしょう」


 プリファは、胸ぐらを掴まれていても恐怖も何も感じていない。頬を少し吊り上げたまま、目を閉じる。不愉快だった。僕は常にこの女に会話の主導権を握られている。


 プリファは、閉じていた目を開けると、「けどね、」と続けてこう言った。



「あなたの中には、私に対する憤りと同じくらい、規則を違反する者に対する憎しみや怒りを持っているのですよ。何よりも、それが原因で能力が発動していると、私は考えますけどね」



 ギリッ!


 歯に力をいれ、目を見開く。目の前で煽ってくる悪魔に、僕は殺意すら覚えた。


 いっそのこと、本当にこいつを殺してやろうか! そうすれば、こいつの中から僕に注がれているという神通力の供給は止まるはず。そうすれば、僕は能力を使えなくなる。


 こいつは天使だという。こんな危険な存在を野放しにしていたら、僕ら人類が危ない!


 だが……そんな物騒な考えに取り付かれる僕にも、迷いが生まれる。天使とは言え、ここでこいつを殺すということは……、


 僕は本格的に殺人犯になるということ。自分の意思で。


 大義名分を背負い、仕方がないと納得しても、やっていることは所詮、殺人に違いはない。人ではないかもしれないが、そんなことは関係ない。僕は少なくとも、そう思ってしまった。


 胸ぐらを掴んだ態勢のまま、僕は膠着する。どうしたらいいか分からない。行き場のない怒りをどのようにして発散すれば良いのか? 答えがあるなら聞かせて欲しい。


「真音くん、私を殺したいほど憎んでいるみたいですね」


 見透かしたように言ってくる。僕の目は今、それ程すわっているのだろうか。


「……だったら、どうする? 言っておくが僕は、明らかに人類に敵意のある堕天使に対して、躊躇などしないぞ」


 ハッタリをかます。舐められたら終わりだ。脅しでも何でもいい。解決策を得られる情報を引き出す!


「……その意思が本当かどうか、分かりかねますが」

「本当だ。お前の力は今、人間と変わらない」

「その通りですが、やめておいた方がいいと思いますよ?」


 プリファはそこで一度区切り、僕の希望を更に打ち砕いた。



「私が死んだら、あなたも死んでしまうのですから」



 僕は、何度目か分からない絶望を味わうこととなった。

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