【3-4話】

 額に汗しながらも、僕は考えた。


 おかしい。プリファの言う通りなら、怪奇事件は僕の中にある能力が自動発動していたことが原因だったはずだ。だけど今は、僕は能力のことを自覚した。だから、能力は自動発動されないんじゃないのか!


 プリファは、能力の発動は僕の心が起因していると言った。だから、僕は万が一のことを考えて、あの迷惑な自転車が通り過ぎてから、ずっと「能力は発動させない」と念じていたのだ。

 実際に能力を発動させたことはないし、どうしたら発動するのかも分からないけど、自覚して僕の意思で能力が発動できるのなら、発動させないことも僕の意思でできるはず。


 ……なのに、どうしてこんな、他では説明できない現象が目の前で起きている!?


「ぐ、ぉ……あ……ぐぎぎぎ……」


 男性の声が一層苦しそうなものに変わっていく。周りの野次馬も、その異常さに気づいたのか、不安を見せてざわつく。


「ちょっとこれやばいぞ」

「警察呼んだ方がいいって!」


 警察に通報する者、周りに助けを呼ぶ人が動き出す。その様子をスマホで撮影する人も多少。

 周りに集まっていた中の一人で、ガタイのいいスーツ姿の男性は、倒れている男性を起き上がらせようと脇を掴む。が、重量二百キロの重りを持ち上げようとしているが如く、全く持ち上がらない。まるで倒れている男性の周りにだけ、数倍の重力が働いているみたいだ。


 クソ! 何とか! 何とかならないのか!


「(能力解除……能力解除……! 消えろ。元に戻れ!)」


 本当に僕の意思で能力が発動しているのなら、こうして目の前で起きている現象に対して念じることで能力は消える……はず!

 何が起きているのかは分からないが、これが怪奇事件ということには間違いない!

 そう思って必死に心の中で能力を消すよう念じるが、一向に消える気配はない。


「せ、先輩……これって……」


 黄倉おうくらさんからも不安そうな声が漏れる。


「(消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……消えろーーーーー!!)」


 くっ! 何で消えないんだよ! 僕の心で能力が発動しているんじゃなかったのか!


 焦りで段々と息が荒くなっていく。早くしないと……、取り返しのつかないことになる気がする!

 何か……! 何かないか!? どうすればいい!


 どうすればいいか分からないまま、僕はひたすら念仏のように能力の解除を心の中で唱えるしかできなかった。唱えても唱えても、男性の様子は変わらず、依然として怪奇現象が起き続けている。


「あががががががが……! つ、つぶ……れ……」


 絞り出すように声を出す男性。体も平たく潰れていくのが目に見えて分かる。何もない空間なのに、何かに潰されている。立体的な身体が段々と、紙のように薄くなっていく。


「(止まれ……!)」


 しかし、僕の願いは届かず、倒れた男性から大量の血が吹き出した。


 先程までの重しをまるで無視したかのように、血は噴水のように放射状に飛び散り辺りを染める。起き上がらせようと尽力していたガタイのいい男性のスーツも血で汚れた。

 被害者の男性は無残な姿となっていた。体のあちこちが圧力に耐え切れず、ぱっくりと割れている。身体はところどころ平べったくなっており、コンクリートの地面もその身体を中心にひび割れていた。


 辺りは瞬く間に悲鳴に包まれた。間近で死体を見てしまった女子生徒の中には嘔吐してしまう者もいる。それほど、無残な姿だった。


「あ……あ……」


 横から黄倉さんの声にならない泣き声が聞こえる。両手を口に当て、目からは涙を流している。

 一方の僕は、ただ、目の前に横たわる死体を呆然と眺めることしかできない。


「(……これ、……僕…………が?)」


 考えたくないことが頭の中に浮かび、絶望する。


 間違いなく僕はこの男性に制裁を加えようだなんて思っていなかった。

 だが能力は発動した。

 いやそもそも本当にこれは僕の中にある能力が引き起こしたものなのか。

 あいつの言うことが本当だとも限らないじゃないか。

 だから僕がこの現象を起こしたわけじゃない僕がこの人を殺したわけじゃないそんなわけがないありえない僕は殺していない殺していない殺していないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない!


 能力のことを自覚して初めて起きた怪奇事件に、一気に現実味を感じてしまい、錯乱しそうになる。昨日とは違って、心の余裕も何も、なくなってしまっていた。



 ――これでまた一人。



 昨日と同じ声が聞こえた。遠くから呼びかけているのか、近くから囁いているのか分からない、奇妙な声だった。

 僕は目の前の野次馬の中に声の主がいないか探した。が、それらしき人物は見当たらない。

 思わずパッと後ろを見ると、そこには。


「……!」


 うっすらと微笑む、白銀色の髪を携えた堕天使が立っていた。


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