【3-3話】

「へぇ。黄倉おうくらさんはI市住みなんだ」

「は、はい……。特に何かが、あるわけでは、ないんですけど」

「そう? 大きなショッピングモールとか、あるじゃないか」


 黄倉さんも、今日は急ぎでやる仕事がないようなので、途中まで一緒に帰ることになった。


 そういえば、何気に同じ委員会の人と一緒に帰るのは初めてだ。

 僕みたいな上級生と一緒にいても恐縮しちゃうだろうから、積極的には誘わないようにしていたけど、後輩から誘われるとはね。


「えっと、灰川はいかわ先輩は、お休みの日とかは、何をしているんですか?」


 主に下校の学生で賑わう歩行者用通路を歩きながら、黄倉さんは尋ねてくる。


「僕? そうだな……。主に家で勉強をしているかな」

「す、すごいですね。もう、進路も決まっているのに。流石です」


 四六時中勉強しているガリ勉野郎だと思われているかな?


「あとは、妹と遊んでいるかな」

「妹さんが、いるんですか?」

「あぁ。年は離れているけど、しっかりした妹なんだ。最近は料理を覚えたいと言ってきた」

「本当に、しっかりしていそうな妹さんですね」


 黄倉さんは感心するように言う。


「本当は子供っぽいところも沢山あるんだけど。まあ、まだ小五だから仕方ない。そういう歳相応なところも兄としては可愛いと思ってしまうんだけどね」

「ふふ」


 そこで、黄倉さんは何故か笑う。

 あれ? 今の話で笑いのポイントなんてあったか?


「灰川先輩は、妹さんがお好きなんですね」

「え!」


 何だかとんでもない誤解を受けていそう!


「違うぞ! 別にシスコンとかじゃなくて!」


 こうして必死に弁解すると、なんかより本物みたいじゃないか! 黄倉さんもまだクスクス笑っているし!


「灰川先輩、大丈夫ですよ。そんなことは思っていませんから」

「え?」

「先輩、必死すぎです」

「い、いや! だって!」


 黄倉さんが笑うから、つい勘違いしてしまったじゃないか!

 ……何だか、恥ずかしくなってきた。


 それにしても、黄倉さん……こんな風に自然と笑うんだな。

 普段は声も小さくて困ったように話す人だから、あまり笑顔を見たことがなかったが。

 こうして目の前で楽しそうに笑ってくれると、心を開いてくれているようで嬉しくなる。


「灰川先輩も、そんな風に慌てたりすることがあるんですね」

「そりゃ……あるさ。僕は完璧超人ってわけじゃあないんだから」

「学校にいる時の灰川先輩は、そんな感じですよ。勉強もできて、風紀委員の仕事も堂々とこなしている、責任感の強い人です」

「そのせいで周りからはカタブツとか言われているけどね。完璧超人なら、もっと人徳もあるものだろうに」

「あはは。確かに二年生の間でも、そう言っている人、多いかもです」


 二年の間でもそう思われているのか、僕。地味に傷つくな……。まぁ、知っていたけど。


「けど、」


 黄倉さんは、いつも通り控えめな声量ながらも、言葉に困る様子もなく言った。


「本当は怖くなんて、ないんですけどね。みんなは近寄り難いって言いますけど、近くで見ていると、本当はすごく優しいってことが分かるのに。みんな、もったいないなぁって、思います」


 後輩からの意外な言葉に、僕は虚をつかれた。

 黄倉さんがこんな風に思ってくれていたなんて。「頑固」「カタブツ」「融通が利かない」とは何度も言われてきたが、「優しい」だなんて、言われたことがなかった。


「分からないところとか、丁寧に教えてくれますし。灰川先輩は、優しくて、かっこいいです……」

「そ、そう? そう思ってくれるなら、嬉しいけど……」


 僕は不器用だから、どうしても頭が固くなってしまうし、簡単にスタイルを変えられない。自分の考えを持たないというのは欠点と言えるが、柔軟な思考ができないというのも同じくらい欠点だろう。


 だから、同じ委員会の人にこんな風に言ってもらえるなら、こちらとしても嬉しい。こう思ってくれる人もやはり、いるんだな。


 と、先程まで目を見てしっかりと話していた黄倉さんだったが、何を思ったのか、突然顔を赤くして顔を逸らした。


「い、いえ! その、今のは!」


 すごく照れている。まぁ、黄倉さんは照れ屋だしな。改まって先輩である僕に対して、「優しい」とか「かっこいい」とか、堂々と褒め言葉をかけたら気恥ずかしくなるのも分かる。


 黄倉さんの気持ちを落ち着けるために、さりげなく話題を移してもいいけど、僕はちゃんと言っておきたい。


「ありがとう、黄倉さん。嬉しいよ」


 後輩の本音が聞き出せて良かった。だから、こちらからも感謝の言葉を送りたい。


 案の定、黄倉さんの顔は更に赤くなってしまった。黄倉さんには悪いけど、僕がお礼を言いたかったんだから仕方ない。これくらいは許してくれ。


「え、えっと。その、灰川先輩……」


 未だに顔が真っ赤のまま、恐る恐るといった感じでこちらをチラリと見つめる。その困ったように見つめる顔に、僕は少し可愛いと思ってしまった。


「そ、の……。今度、お休みの日にでも……」


 黄倉さんが言葉を詰まらせながらゆっくり話し始めた時だ。その言葉は、後ろからの迷惑な鉄の塊に遮られた。


「黄倉さん!」


 そこそこの通行人が歩く通路、黄倉さんの横を一台の自転車が通り過ぎた。「通常と変わらないスピードで」、だ。

 黄倉さんは突然近づいた危険物に驚き、よろけてしまいそうになる。


「大丈夫? 黄倉さん!」

「は、はい……」


 実際、黄倉さんと自転車の距離は十センチも空いていなかった。あのスピードで歩行者に当たっていたら、こちらは軽い怪我じゃすまないかもしれない。


「こんなに人が沢山歩いている歩道で徐行せずに走るなんて、どうかしてる……!」

「危ないですよね……。ここはあまり道幅も広くはないのに」


 通り過ぎた自転車の運転手は、器用にハンドルを操作して前を歩く他の歩行者も避けていく。


 当たらなければいいって問題じゃないだろう! 事故が起きてからじゃ遅いというのに! その辺をきちんと分かっているのか、いい大人が!


「怪我はしていない? かすったりとかもしてない?」

「はい。ちょっとびっくりしちゃっただけで当たってはいません」

「すまない。僕が周囲を警戒していれば」

「いえ、そんな。悪いのは灰川先輩じゃないですよ。あんな迷惑な運転は、やめてほしいですよね……」

「まったくだ……」


 自分が同じことをやられたら困るということを感じていないのだろうか? 迷惑行為を行う者を見る度に思うことだ。

 多分、自分が他の人にやられたら嫌だけど、自分がやる時は特に思わないのだろう。だから、迷惑行為を迷惑行為だと気づかないんだ。


 その辺の想像力くらい、大人なんだからあるだろうが……馬鹿者め!


 僕は黄倉さんの方に意識を戻し、先程の話題に触れる。


「さっき、何か言おうとしていなかった?」

「い、いえ! 何でもないです! つまらないことですので」

「そ、そう?」


 困った笑顔で手を振り遠慮する黄倉さん。

 話のタイミングが反れてしまったか。何だか、こちらまで悪いことをした気分だ。


 気を取り直して、最寄りの駅まで再び歩きだそうとした時、前方がどうにも騒がしいことに気づいた。


「なんだ?」


 通行人と、下校途中の学生たちが何かに注目しているようだ。

 それに、どうにもただ事じゃない雰囲気が見て取れた。


 僕らは駆け足でその場に向かった。

 すると……、そこにあったのは……


「な、なんだ……これ……! 重い……!」


 先程の自転車に乗っていた五十代くらいの男性が、地面に這いつくばっている姿だった。


「く、くるしい……! た……て、ない……」


 何とか起き上がらんと、前へ手を伸ばすが、腕は地面についたまま。ほんの少しだけ前に移動しては、再び腕が倒れる。表情は険しく、苦しそうだ。


 周りの野次馬も、何が起きているか分からずに不思議そうな顔をしている人が多い。


「(ま、まさか……これ……)」


 だが、僕には心当たりがあった。

 いや、しかし! おかしい! 何故……!



 何故、怪奇事件が起こるんだ!


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