【3-2話】

 放課後の風紀委員室。


 結局、あれからプリファは一度も話しかけて来なかった。

 たまに視線を感じたが、それだけ。

 見た目だけは抜群にいいプリファは、男女問わずクラスメイトに話しかけられまくっていたし、それのおかげなのかもしれないけど。

 なんにせよ、ありがたい限りだ。毎日こうであってくれることを祈る。


 僕は安堵なのか気疲れなのか分からないため息を吐き、書類に目を通す。


「ふむ。最近は風紀の乱れが収まってきたな」


 風紀委員会の作成した校内のチェックリストを見ると、以前よりも項目が減っている。まだゼロとは言えないが、それでもこうして段々と少なくなっている。


 数少ない後輩たちが頑張っている証拠だ。感謝しなくては。


「先輩、お疲れ様です」


 同じ部屋にいた二年の後輩女子が、お盆にお茶を入れて持ってきてくれる。


黄倉おうくらさん」


 副委員長の黄倉和香おうくらわかさん。二人しかいない二年風紀委員のうちの一人だ。部活を掛け持ちしているもう一人の二年風紀委員に代わって、より多くの仕事をこなしてくれている頼れる後輩だ。


「いつもありがとう、黄倉さん」

「い、いえ! 灰川はいかわ先輩も、いつもお仕事、お疲れ様です」

「それを言うなら、黄倉さんもじゃないか。ほら、見てみなよ」


 後輩に感謝の言葉をかけ、手に持っていた書類を見せる。


「黄倉さんの立案した『購買サービス券の配布案』。これのおかげで、先月の校内の風紀は大分守られたみたいだ」

「いや、そんな。自分なんて、大したことは……。灰川先輩がいつも、頑張ってくれているからですよ」

「いいや、間違いない。これは黄倉さんの成果だ」


 生徒会と共同で行った「購買サービス券の配布」。校内の風紀を改善するために、先月行われた取り組みだ。


 生徒たちに、購買のパンを購入する際に使用できる金券を配布する。その代わり、生徒たちは身だしなみや規則違反に対しては自主的かつ厳しめなチェックを行う。もしもそれが続けていけるのであれば、金券の再配布も検討する。


 会社のボーナスと同じだ。会社員に仕事の成績に応じた報酬を与え、会社側はより良いパフォーマンスを期待する。結果、会社側はより多くの利潤を生み出す。


 こうした一種の報酬で釣る取り組みを行った結果、思った以上の効果があった。この取り組みは、副委員長たる黄倉さんが立案したのだ。


「けど自分は……、他の委員の人みたいに、人前で堂々と取り締まることが、上手じゃないし、こうして、裏側で案を出すくらいのことしか、できないですので」


 自信なさげに自分を卑下する黄倉さん。


「だから、三年生の灰川先輩が、威風堂々と生徒を取り締まっているのは、本当にすごいと思います。自分、副委員長なのに。本来であれば、二年である自分たちのどちらかが、委員長をやるはずなのに」


 彼女は引っ込み思案だ。

 人前で話せないほどの人見知りというわけではないようだが、堂々と立ち振舞うことが苦手だ。どうにも自分の行動に自信を持てないでいる。そして、そのことについて悩んでいるようだった。


「確かにうちの風紀委員は五人しかいない少数部隊だ。そのうちの二人は一年生。四人で委員会を組織していくのは厳しいため、僕が委員長の席に残ってはいるが」


 僕は一拍おいてから、彼女の目を見て言った。


「僕は黄倉さんが委員長でも、十分にやっていけると思っているよ」

「でも自分は……先輩みたいに堂々と取り締まるのが苦手ですし」

「それがなんだ。確かに君は、人前に出るのが苦手かもしれない。だけど、こうして他の人が思いつかないアイデアを出して、良い結果に繋げたんだ。風紀委員で、一番誇るべき力だ」


 適材適所。得手不得手。

 苦手なことは誰にでもある。けど、得意なことがあるのなら、そちらで能力を発揮すればいい。苦手を恥じる必要はない。


「僕らが行っている取り締まりや見回りはもちろん重要な仕事だ。だけど、それよりも大事なことは、生徒の目線に立って解決策を考えられることだ。『どうすればもっとみんなが規則を守ってくれるのか』。それを、上からの圧力だけで考えるんじゃなく、同じ生徒の目線で考えられる。簡単そうに見えて難しいことなんだ。僕は、悔しいけど苦手だ。だから、僕にとって黄倉さんはすごいと思う」


 黄倉さんは、自信のない自分を変えたいと思って風紀委員会に入り、結局上手くいかなくて落ち込んでいるみたいだけど、気にする必要ない。

 黄倉さんは、間違いなく自分を変えられた。一歩踏み出した意味はあったんだ。もっと自信を持っていいと思う。


「黄倉さんは風紀委員にとって、いなくては成り立たない存在だ。残り短いけれど、一緒により良い学校にしていこう」

「せ、先輩……」

「これからもよろしくね」


 かけがえのない後輩にお礼と挨拶をして、僕は笑顔を向けた。

 恥ずかしがり屋な黄倉さんは、僕の賛辞に照れているのか、顔を赤くしている。


「あ、あの、先輩……。ありがとうございます。何だか、元気出ました」

「それなら良かった。一緒に頑張っていこう」

「は、はい。一緒に……」


 グーに握った手を口元に持っていき、照れる黄倉さん。ちょっとキザすぎたか? いや、けど事実だしな。伝えておくべきだったのは違いない。


「先輩は、進路はもう、決まっているんですよね?」

「あぁ。僕は付属の大学に推薦が決まっている」

「すごいなぁ。自分も、先輩と同じ大学に、行きたいです……」

「黄倉さんは成績もいいんだし、十分可能性は高いと思うけど」

「そう、ですか? だったら、頑張ってみます。自分も、もっと先輩と、一緒にいたいですし……」


 そう言って、黄倉さんは更に顔を赤く染める。

 後輩女子にここまで慕われていることを嬉しく思う。あまり仲良くおしゃべりとかはしないけど、悪くは思われていないみたいだ。


 それに、黄倉さんから学べることも多い。先の「購買サービス券の配布」がいい例だ。

 高圧的に注意して強制的に決まりを守らせるのではない。自主的に生徒に校則を守ってもらう。これこそが、僕の目指す理想なのかもしれない。


 堕天使から与えられた歪んだ能力など、やはり間違っている。


 僕は改めて、そう思った。


「さて、そろそろ帰るかな」


 すでに十七時になっていた。


「じゃあ黄倉さん、またね」


 三年生の僕は本来引退しているため、一応早退が許されている。出来るだけ定時まで残って作業したいが、昨日も委員会がないのに帰りが遅くなってしまったし、今日は早く帰ろう。またソラにいらない心配をかけてしまうからな。


 僕が帰ろうと風紀委員室の扉に手をかけたところで、


「あ、あの、先輩!」


 黄倉さんが、少し大きな声で僕を引き止めた。


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