第47話 響く悲鳴

 家の扉の前に、僕は怪しげな女の姿を目撃した。早速、先ほど購入した銃杖を取り出して彼女の前に躍り出る。


「ここで何してるの?」

「お前が知る必要はない。」


 彼女はこちらの姿を見かけるや否や、短銃杖を取り出して撃つ。その弾丸は僕の足を掠めた。僕はそれに少し遅れて彼女の頭を撃った。


「っ……アリンちゃん……っ!!」


 僕は部屋の扉を開けたが、そこには誰もいなかった。


「なんで……どこ……なの……?」


 僕は誰もいないその部屋の玄関で崩れるように座り込んだ。やっぱり一人になんかするんじゃなかった、そう後悔の念ばかりが込み上げる。


「くそっ……なんで……」


 部屋の一角に置かれた手紙は、帝都の花街を指していた。僕は街に出て、アリンちゃんを探すことにした。


 その時、街の中に轟音が響いた。音のする方を見ると城壁を破壊して巨大な蛇が街に侵入ひていた。ウロヴォロスだった。でも、僕達が前に戦ったときとは比べ物にならないほどに巨大化していたのだ。


「アリンちゃんっ……!!」


 不意にそう叫んで、僕は手紙で指されたエリアに向かう。何がなんだか分からないままに走る僕に後ろから話しかける人がいた。


「誰ッ!?」

「私、エリーゼよ」

「怪我は平気ですか?アリンちゃんがいないんだ……この地図を残して消えて……」

「私はディアスがいるのを見つけたの。嫌な予感がする……その場所に向かいましょう!」


 彼女は怪我をしていたとは思えないほどに速く走っていった。僕もそれを追いかける。街には建物が破壊される轟音が響いていた。


「それにしてもウロヴォロス……あいつもやっぱりディアスが……?」

「多分ね、何を狙っているというの……?」


 幸い、ウロヴォロスが出たのは帝都の反対側だ。すぐに助けて脱出すれば助かることは出来るはずだ。そして、僕は地図に示された場所にたどりついた。


「アリンちゃん!?アリンちゃん!?」

「……ハッハハ……それ、これの事か?」


 屋根の上から裸にされて全身傷だらけになったアリンちゃんが落とされた。駆け寄って彼女の息を確認しようとすると、ディアスが首の後ろに刃を突き立てる。


「殺しちゃいねぇよ。ちょっと楽しんでただけさ。」

「はん……な……たす……けて……」


 不意にディアスを殺そうと武器に手を伸ばしたが、僕はふとアリンちゃんを見る。この状況で戦えば彼の思うつぼだろう。


「あのウロヴォロスも、お前が出したのか?」

「まぁな。この帝国を奴の力で屈服させる為さ。革命軍リベレーターって隠れ蓑があったお陰で、準備が捗ったぜ。お前らの冥土の土産に、この帝都を俺のものにするのを一緒に見ようぜ」

「何のためにこんなことを……!?」 


 そのエリーゼさんの問いかけに対してディアスは顔を手で覆い邪悪に高笑いをした。


「ははははっ!!趣味の一環だよ!!お前らが花を活けたり料理の味を楽しむように、俺は陵辱の味を、支配の景色を、死の音色を楽しんでいるだけだ」


 彼はそんなおぞましい事を悪びれる様子もなく語った。そして僕達の方に手のひらを向けた。体は気付けば動かなくなっていた。


「そんなっ……!動けない……」

「それにしてもつくづく奇遇だなぁ……俺が会いたいと思ってる奴が都合良く合流して来るなんて……それにこうやって絶望を見せてやることが出来るんだからな。全くもって愉快だ……!」

「っ……!!」


 僕達は、自らの意思に反してディアスの後を付いていくように歩き始めていた。彼は城壁の上に立てる階段を昇り、僕達はそれを追いかけさせられる。


「さて、まずは手始めにエリーゼ……お前の積み上げたものを壊そうか」


 ディアスはアリンちゃんをうつ伏せに寝かせた。そして彼女の背中をナイフで傷付けて血を流させると、魔石を血で濡らして握り込んだ。


「いやっ!!」

「破壊しろ!ウロヴォロス!!」


 彼の持っていた魔石はウロヴォロスの復活に使ったものだった。恐らくは一度封印する際に分かたれた片割れで、あれとアリンちゃんの血液がある事で操る事が可能なのだろう。であれば虎の子である彼女をすぐに殺すことは恐らくしない。僕はディアスのかけた魂術の解除を試みる。轟音と共に灼熱の波がこちらに襲ってきて、直後エリーゼさんの悲鳴が聞こえた。


「やだ……そんな……」


 街を見ると、破壊されていたのは彼女が所属していた帝都の兵団本部だ。絶望した顔のまま、彼女は床に崩れ落ちる。


「あーあ、結構すぐ壊れちまったなぁ……まぁ俺にとってはクソみてぇな思い出だったからな壊せていい気分だ」


 ちょうど僕の魂術の解除が終わり、武器を取り出した所でディアスはエリーゼを抱きしめる。


「なぁ、“エリィ”……最後の温もりを俺に感じさせてくれよ……」

「……」


 ディアスは彼女に触れた所からドロドロと溶けていく彼女を取り込んでいった。


「発火ッ!!」

「おおっと、久々の逢瀬を邪魔するなよ……無粋にも程があるぜ?」


 エリーゼだった流動体が、彼の攻撃を受け止めた。そして僕はアルス・マグナにあったある魔術を思い出す。それは過去に愛した人の魂との境界を破壊し、肉体を自らのものにしてしまうというものだ。


「あっ……でぃあす……やめ……きもちい……」

「そのまま俺のモノになってくれ……」


 流動体から声が必死に止めるように促したり、喘ぐような声が聞こえる。この魔術を受けている対象にはオーガズムにも似た多大な快感を覚えるという。そしてやがて完全にエリーゼさんはディアスに吸収された。本来であれば完全に意識を乗っ取ったり動かしたり出来る魔術なのだが、彼女はヴァンパイアであり細胞があらゆる形態に変化できるため、魂をとりこまれるとこんな状態になるのだろうか。そしてその流動体から元のエリーゼさんの身体を作り出してみせる。


「ハッハ!上等だ!さあ、あとはお前を捕獲するだけだな。ウロヴォロスはこのまま王城に向かう。そうすれば全てを俺の思うままにできる……さぁ、死の宴の始まりだ」


 ディアスは腰の剣を抜いて、こちらに向けた。僕は二丁の短銃杖を上に投げて背中にかけていた銃杖の魔石を指でなぞる。


「星羅を束ねし理よ……汝が下僕を授け給え……!!僕は国がどうなろうとどうだっていい。だけど、アリンちゃんを傷付けるなら……多分何だって殺せる」


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亡失のアルスマグナ かんぴょう巻き @kmpmk1

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