第45話 嘘と真

革命軍リベレーターの幹部にいたディアスは、かつてエリーゼの愛人だったんだ。」


 その話をフィグネリアから聞かされたカインは驚きで目を見開く。


「そんな……まさかっ……!!」

「残念だが、現実だ。彼はエリーゼと結婚して共に帝都の兵団で実績を重ねていたんだ。」


 フィグネリアは長命種のオーガであり、エリーゼとは85年来の親友だ。人間でいえばだいたい40代になるという。


「だけど、ディアスはエリーゼと共にはずっと生きられない事を知っていた。彼は優秀な魔術師で禁書にも触れることが出来た。そこで手に付けたのが……」

「アルス・マグナ……魂術こんじゅつの書、ですね。」


 カインがそう呟く。彼は霊の力を間借りする死霊術の使い手であり、更にその死霊術は元を辿れば霊を消費する魂術に行き着く。故に、その結論に至るのは容易かったのだ。


「ですけれど、そもそも魂術は禁じられた魔術です。わかった時点で捕縛されるべきでは……?」

「まぁな、当然それを知ったエリーゼは彼と戦う事を決めた。けれど、奴の行為は任務で交戦した相手を殺したまで、更に言えば扱いだって難しい魂術を使って人の命を奪ったなどという突拍子もない話を中々立証は出来ず……証拠が集め終わった後には行方も分からなくなっていたんだ。」

「成る程……だからエリーゼさんもあいつに固執していたのか。ありがとうございました、フィグネリアさん。」


 話を聞いた二人は部屋に戻った。ローシャの師匠を治療する為の準備を進めるための準備を進めるべく、カインは何やら紙に呪文を記す。


「ありがとうな、カイン。」

「礼には値しないさ。好きでやっているんだから。」

「まーたそうやって……」


 カインはただ淡々と文字を書いていたが、一枚を書き上げるとそれを綴じてベッドの上に寝転がった。


「……これで術式は概ね完成した。あとはいくつか呪具を買いそろえれば終わりだ。」

「本当か!?」

「ああ……」


 ローシャはふと疑問に思った。自らの集落にいた魔術師たちでは師匠の腕を治すなどという事はできないと言っていた。にもかかわらず彼はそれを成し遂げてしまったのだ。なら彼はもっと良い仕事、それこそ魔術の研究者にでもなるべきではないのかと思ったのだ。


「なぁ、お前はその力をもっと幅広く使うって気はないのか?研究したり、それを広めたりとか……お前になら出来るんじゃないのか?」

「まぁ出来るだろうな。」

「なら何で……」

「教区長の推薦で大学に行ってはいたけど、中退したんだ。昔から僕は、興味ない事に打ち込むのが自分にはすごく辛かった。そこまでは流すことはできたのに、大学ではそうはいかなくなってしまったんだ。」

「そうか……今の生活に不満だったりはあるのか?」

「無い。今はこうして人並みに生きているわけだしな。それに、お前だっている。」


 不意に言われたその一言に、ローシャは顔を赤くする。


「そ、そうか……あぁそうだ、呪具はどうするんだ?」

「発注してあるから明日受け取りに行くよ。今日はもう寝る。」

「そうか、おやすみ。」


 翌日、二人は一緒に帝都のはずれにある呪具を売っている店を訪れた。カインは店主にメモを見せて、商品を受け取ろうとした。しかし、店主の男は焦った顔で言った。


「すいません!!今日届くはずだったんですが……運河が止まっているようで、届いていないのです。」

「そうか……何故運河が止まっているかは分かるか?」

「聞き伝いですが、サーペントの出現によるものだそうで……」

「成程……」


 サーペントは巨大化したが故に水棲になった蛇のことで、船を沈ませて人を喰らうことがあり現れた場合は運河は止まってしまうのだ。カインは店から部屋に戻りながら、ローシャとどうするかを話をする。


「カイン、どうする?」

「まぁこれも仕事だしなぁ……僕が行ってくるよ。」

「アタイは……」

「……そうだよな。着いてこい。」


運河の船着き場に向かい、そこにいた職員に話しかけた。


「悪いが、下流に行く船は出ていないぞ。」

「兵団のカイン・ヴァルヴェルデだ。サーペントのせいで止まっていると聞いたが?」

「ああ、そうなんだ。このすぐ下流に来ているそうだ。やってくれるか?」

「もちろんさ。行くぞ、ローシャ。」


 魔力機動のモーターを積んだ小舟で川を1時間ほど下った先で、ローシャは川岸を指さした。


「あの流木、そうなんじゃねぇか?寄ってみてくれ。」

「まだ濡れた鱗がくっ付いているな。近くにいる。ちょっと降りるぞ。」


 カインは杖を取り出し、流木に杖の先に生じた紫の光をぶつけた。するとその光は、上流に向かって伸びた。


「あいつか?」


 光の伸びた先には、サーペントの背びれが見えていた。普通の種よりもかなり大きく見える。


「あの赤い背びれ……間違いない。」

「どうする?アタイらだけで勝てるか?」

「そうだな……もしあの低木の近くに出たら狙えるか?」

「質問に質問で返すな……まぁ、一瞬止まってさえくれたら可能だ。」

「ならそこで待っていてくれ。僕が合図をしたら撃て。」


 カインはゆっくりと前に進み低木を掴む。そして指先から光を出してサーペントの背びれに向けて光をぶつける。唸り声をあげながら、サーペントは木に噛みついた。


「今だ!撃て!!」

「分かった!!」


 ローシャの放った火の矢はサーペントの首に命中し、そして刺さった直後にいっそう大きく燃え上がった。


「ギァァァ……!!」


 暴れるサーペントにもう二発の矢を撃ち込まれる。サーペントは飛沫を上げて倒れこみ、そして力なく浮かび上がった。


「あれは一体……?」

「イリュージョン、と言ったら分かるか。少し前に習った魔術だ。」

「でもお前、死霊魔術にしか興味が無いって……?」


 カインは袋から破れた本を取り出す。そこには幻影術と書かれてあるのが見えた。


「これは……?」

「僕があの頃を忘れないように持っているものだ。推薦で行けた先に僕が興味を持った死霊魔術の学科は無かったんだ。でも両親は僕を大学に行かせようと必死だった。そもそも推薦無しに大学に行けるほど金は無かったしな。そう思ったら、自分で選んだ道じゃないなと思って……あそこにいるのが馬鹿らしくなった。」


 ローシャは彼の肩を叩いて言った。


「それで、お前は満足してるのかよ。」

「今はこれでも良いと思ってるよ。お前もエリーゼさんもいるから。」

「……全く後悔は無いのか?」

「そう言ったらウソになるなぁ。魔術の研究がしたいという気持ちが無い訳じゃないから。」


 カインは船のモーターを動かしながらそう言った。そんな彼の顔はどこか曇ってるようにも見えた。今すぐではなくとも彼に再び夢を見せてやりたい。そうローシャは思わずにはいられなかった。



 


 



 

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