第43話 支配者の憂鬱

 砂漠の帝都に朝がやってきて、ギラつくような陽ざしが地平線から顔を出した。王城キャメロットの最も高い尖塔にある一室にも光が射しこむ。


「オリヴィエ、もう朝よ。」

「……メイジー……ちゃんと寝たのか?」

「ふふっ……私も今起きたところ。」


 メイジーは一糸まとわぬ姿で長い髪をとかし始めた。陽光を反射して白い髪は一段と美しく煌めく。オリヴィエは寝転がったまま彼女に話しかけた。


「……どうするか決めたか?お前がゾフィーが革命軍の長だと気づきつつを隠していたという事。俺とお前と亜燐だけの秘密でも構わないが。」

「私は話しても良いわ。」

「死ぬかもしれないんだぞ?」

「いいのよ。私も彼女も魔王には向いていなかった。それだけの事。」

「どういう事か分かるように説明しろ。」


 オリヴィエはベッドのへりに座っていたメイジーをベッドの上に寝かせて言った。


「貴方にも疑問に思う事があるはずよ。この勇者と魔王というシステムについて。だって、私達は他の人と違う魔術や武器を使えるって理由だけでこんな存在になっているのよ。おかしいとは思わない?」

「妹に何か吹き込まれたのか?」

「違う。先王を尊敬し国を愛してきたからこそ、私なんかには荷が重いってずっとずっと思ってたから……それこそ、元々私はゾフィーの方が魔王になって欲しかったのよ。」


 メイジーが涙目になったのを見てふとオリヴィエの顔が引きつる。


「私達が魔王や勇者として民に必要されなくなった時、それが私達の“軍の統率者であり領民の代表者”という地位の最後。そして私はそうなってもおかしくないことをした。ならいっそ、これを機に国のみんなが納得できるリーダーを作り上げるべきじゃないかなって私は思ったの。だって絶対に不公平だもの。でも、私が納得する為に貴方を巻き込むことになるかもしれない。本当に自分勝手なお願いだけど、これを実際にやるかは……つまり私が革命軍のリーダーの素性を知っていた事を公に言うのは貴方に任せてもいいかしら?私はどんな運命だって受け入れる覚悟はしておく。」


 緊張して、ただただメイジーの顔を眺めているオリヴィエにメイジーは軽いキスをする。少し我に返った彼は一呼吸してメイジーを抱いた。


「馬鹿野郎……そんな事にすぐに返事出せねぇよ。ただこれだけは言う。俺は何を選んでも、お前を守るからな。」

「ありがとう。愛してるわ、オリヴィエ。」


 軍服を着て部屋を出たオリヴィエの横に、護衛の二人がすぐさま駆け寄る。そのうちの一人に彼は新聞の切り抜きを手渡される。


革命軍リベレーター陥落、犠牲少なく敵将を捕縛……ねぇ……」

「どうかなさいましたか?」

「あぁ、いや何でもない。」


 彼は葛藤した。第一に確かに犠牲そのものはそう無かったがこの戦いで死んだり全てを失った者もいること、第二にその討ち取った敵将がゾフィーという完全に憎悪できない相手であることだ。世間にはこの戦いで失ったものとこれまで倒せなかった革命軍リベレーターによって負った損失は大きくないことを知ってほしいのだが、やはり許せない部分があるとはいえ身内であるゾフィーに再び立ち直ってほしいという気持ちは捨てきれなかった。


「クソッ……」


 自分のエゴと使命との間に挟まれながら彼は訓練の為に近衛兵士の前に立ち彼らの訓練に付き合い、前の戦いで心と体に傷を負った人の見舞いを流れ作業のようにぼんやりと進めていった。それらを終えて、彼は休み時間にはいつものように町に飛び出した。


「あれ見て!!勇者様よ!!」

「そうね、この間は革命軍リベレーターを倒してくれてありがとうございました!」


 そう言われてもオリヴィエは全く嬉しくなかった。それどころか辛いとすら感じた。彼は倫というかつての友を失い、それによって亜燐は精神を完全に病んでしまった事を思い出したのだ。今までもこんなことはあったのだろうと意識すると、彼はとてもいい気分にはなれなかった。そしてそんな悲劇を生む事を民が望んでいると、そう思ってしまったのだ。彼は誰も居ないところでフードをかぶってそのまま城にもどっていった。彼の部屋に戻るとメイジーがそんな彼を迎えた。


「大丈夫?食事の時から元気が全くなかったけど……」

「あぁ、ちょっと疲れちまっただけだ。」

「そんな事無いでしょ。ちゃんと言いなさい。」


 彼の心の闇を見透かしたように彼女は言った。


「このまま勇者をするなら、このまま俺はたくさんの犠牲を目の当たりにしなきゃならないんだな……そう思ったら怖くなったんだ。」


 そう言ったオリヴィエはメイジーに抱きしめられた。その時に彼の頬には涙が伝った、


「俺らしくねぇよな……悪いなメイジー。」

「いいのよ。私の前なんだから。」

「覚悟が出来ている奴にしか勇者は出来ないんだって気づかされたよ。やっぱりお前の言っている事は正しかったのかもしれないな。」

「……そっか……」


 オリヴィエを自分の膝に寝かせ、メイジーは一人ため息をついた。二人にとっていかに魔王と勇者という称号が重く呪いのようにのしかかっていた事を痛感しながら。




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