02-2 忍び寄る共同体

 撤退した機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンは、リバタニア軍攻略戦艦『ヤンデレン』に帰艦していた。


「酷い目にあった」


 デカルトンの生徒操縦者スチューロットであるシュー・トミトクルはそう言って、白く長い円筒タイプのコイルメット『ノーマル・コック・ボウ』を脱ぎ捨てると、無重力を遊泳しながら、近寄って来た整備兵にソレを投げつけた。下手投げだった。


「整備班! デカルトンの修理に、どれくらい時間がかかる?」


「ハッ! 片腕が破損しておりますので、10時間程は、必要かと」


「自分のペースでいいから急げ! 大雑把でいいので正しく正確に! すぐ再出撃するからな! あと、ブリッジに通信を繋いでくれ!」


「ハッ!」

 整備班のクルーは、シューの無理難題に混乱の色を見せつつ、コンソールを操作し、通信ボタンを押した。


 フオン!


 格納ケージに設置された立体テレビに明かりが灯り、立体映像が表示された。


「やられたらしいな」

 立体映像として現れたのは、シュー・トミトクルの上官であり、この艦の艦長でもある、サン・キューイチであった。坊主頭であり、泰然としている。


「申し訳ありません。デカルトンとの意思疎通に、やや手こずってしまい」

 シューは頭を下げた。


「モビルティーチャーは小難しいからな。しかし、ツボに入った時の威力は甚大だ。一休みして、態勢を立て直すが良い」

 サン・キューイチはあまり怒っているようには見えない。


「ありがたきお言葉。ですが、修理が完了次第、すぐにでも再出撃したく」


「真面目だな。だが良い心がけだ。ブレインパワーチャージャーの使用を許可するから、、好きなだけデカルトンと対話チャージを進めると良い」

 サン・キューイチはそう言って、近場の部下を捕まえ、指示を出した。


「おい、そこの。BPCの手配をしておけ。『パティシエ上がりの天才』トミトクル中尉が、直ぐに使うだろうからな」


「ハッ!」

 部下の男は背筋を伸ばして去っていった。立体テレビの視野から消えた。

 

「ありがとうございます」

 シューは居住まいを正し、サン艦長に敬礼をした。すなわち。


 背筋を伸ばして直立の姿勢を取り、そこから両肘を上げて二の腕が水平になるようにし、肘から指先までを左右のこめかみへと伸ばすことで、両腕で三角形のおにぎりの形を作る。


「うむ」

 サン・キューイチ艦長も同様に、両腕で三角形のおにぎりを作って敬礼した。それが、支配国家リバタニア式の敬礼なのだった。


 腕を下ろしたサン・キューイチは、思い出したかのように語を継いだ。


「――そうだ。我が軍の別隊が、逃げ出そうとするくだんの敵を急襲する手はずになっている。デカルトンの修理は、別隊との合流には間に合わないかもしれないな」


「マイケノレですか?」

 一瞬、悔しそうに顔の左半分を歪ませてシューは言った。


「ああ」

 短くうなずく、艦長サン・キューイチ。



 ――マイケノレ・サンデノレは、前史の哲学者「マイケル・サンデル」の名を冠する機動哲学先生モビル・ティーチャーである。


 このモビルティーチャーに搭乗する生徒操縦者スチューロットは、シュー達のような、エリートからの選抜ではなかった。一般レベルの兵士によって編成されていた。


 一般人が相互に関連して「共同体」を作り、正義を完遂する。数に物を言わせる事を重視した編成思想であった。


 シューは、その思想に対して嫌悪感を隠さなかった。


「サンデル教授の説いた正義道は、ああいうたぐいのものではないはずだ。しかも、『思考金属』であるニョイニウムが発見された今となっては……」

 シューはアゴを右手でつまみながら、そう苦言を呈した。


「貴様の言うこともわかる。だが、考え方は様々だ。戦闘経験によって、新しい考え方を学ぶこともあろう?」

 上官であるサン・キューイチは諭すように、シューに対して言った。


「そのとおりであります」

 背筋を伸ばす、シュー・トミトクル。


「まぁ……学習と言っても、生き残ることができたら、ではあるがな」

 立体映像の艦長サン・キューイチは、不敵に笑った。

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