02-3 開拓者達の撤退

位置ある自己situated selfとは?』

 暗い部屋で、カントムにそう問われ、困るコムロ・テツ少年。


「位置か……自分の置かれた場所によって、やることが違う、みたいな感じでいいのか? 僕だって、命の危機が迫っていなければ、黙って本を読んでいたいところなんだし……」


 ――


 ――


「カントムの蓄積エネルギー値が、凄まじい勢いで上昇しています!」

 戦艦ハコビ=タクナイのブリッジで、男性オペレーターが興奮ぎみに報告した。


「まぁ、そうだろうな。う……」

 艦長のキモイキモイは、消え入りそうな声で言った。 


 ブリッジから全周囲モニター越しに見える、凍てつく宇宙空間を眺めていた少女、モラウ・ボウは、不思議そうに言った。

「えっ? コムロが、小難しい事を言ってるだけですよね?」


 キモイキモイ艦長は小さく笑い、説明した。

「カントムと対話することで、思考金属ニョイニウムに、エネルギーを蓄積させているんだよ、コムロ君は。……うえええええ」


「ちょっと! 艦長大丈夫ですか?!」

 モラウは慌てて駆け寄った。


「大丈B……うええええ」


「艦長は宇宙酔いしやすい体質なんだよ、モラウ君」

 のっぽに眼鏡のビヨンド副長が、艦長の背中をさすり、水の入ったパックを渡した。大分手慣れているようだ。


「うええ、しばらく時間経てば、収まるはず……うええ」


「探査惑星フィロスフィアからの、急な発艦でしたからな。致し方ないでしょう」

 ビヨンド副長が冷静に言った。戦艦の揺れに対応すべく、艦長シートの肩部を、片手でつかみながら。


「うえええええ」

 艦長シートに座ったキモイキモイは、「はやく酔いがおさまれ!」と願かけでもするかように、体を丸くして、両手で合掌していた。


 バランス感覚が良いのか、しなやかな足の少女モラウ・ボウは、壁や手すりにつかまることもなく、体勢を保っていた。前方に見える宇宙空間と、瞬く星とを見やって、「宇宙空間でも、船酔いみたいなのがあるんだ」と感慨深げにしていた。


 モラウは、後方スクリーンを見ることはなかった。いや、見たくはなかったのだろう。


 なぜならそこには、ついこの先刻までしていた惑星フィロスフィアが、存在してから。


 ◆


「大丈夫ですか? 艦長」


「……ようやく落ち着いたよ、ビヨンド。指揮を任せっきりで悪かったね」


「いえ、艦長のサポートは、副長の務めですから」


 丸顔にリンゴホッペのキモイキモイ艦長は、のっぽ眼鏡の副長に小さく頭を下げ、その後に聞いた。

「状況は?」


「はい。友軍は、本艦に3時間遅れて探査惑星フィロスフィアから離脱。本艦と同様に、辺境深部の集結ポイントへ向け、急速後退中です」


「惑星に居た民間人は、どの程度、救出できた?」


「人口の5%前後です」


 キモイキモイ艦長は目をつぶった。

「5%……能力不足だな、我々は。フロンデイア軍司令部からの次の指示は?」


「はい。戦艦ハコビ=タクナイは、友軍の後退運動の、その先頭に位置し、予想される敵軍の追撃に対処せよ、とのことです」


「敵さんも、そう易々と逃がしてはくれんか。ニョイニウム採掘星、フィロスフィアは放棄したというのに」

 キモイキモイ艦長は、苦笑いだった。


「友軍は皆、民間人保護の名目で、採掘済みのニョイニウムを多く抱えており、動きがにぶっています。実質的な戦闘は出来ないでしょう」

 努めて冷静に、のっぽ眼鏡の副長が言った。


「開拓民よりニョイニウムを選んだか……。支配国家リバタニアの奴らを罵倒する資格は、はたして、我々には無いのかもしれないな」


「そうかもしれません。いずれにせよ、我が艦がくさびとなって、予想される敵の伏兵に対し退路を確立する必要があります」


 シートの上に座ったキモイキモイ艦長は、大きく2回、深呼吸をしてから言った。

「まぁ……しょうがないね。出来ることをやるだけのことさ。死なずに合流地点まで行こう、そうしたら……」


「そうしたらみんなで、飲み会でもやるか。おごるぞ?」

 腹をくくった艦長は、おだやかな表情で言った。


 ブリッジの空気が一転。柔らかくなった。


「俺はビール苦手なんで、艦長」

「アルコール強い奴はずるいですよね。たくさん飲むから」

「あ? 別にお前らが金を出すわけでもねえんだろ?」

「カクテルはあるのかしら?」

「もちろん、マチダ姉さんのお好みのが。ねえ、艦長?」

「お、おう……」

 等、乗組員たちの口も、滑らかになる。


 艦長も副長も、戦闘に無関係なはずのそれらの雑談を放置していた。


 撤退行動中の危機において。

 必要なのは、「明るさ」なのだと、彼らは知っていた。


 ◆


 ポイーン!

 ブリッジの、とある計器がアラーム音を鳴らした。


「おっ? もうですか、艦長」

「そうだねビヨンド。さすがはホシニ先生の息子さんだ」


「コムロが、どうしたんですか?」

 幼馴染の少女・モラウは、その計器の数値を観ながら聞いた。


 宇宙酔いから回復済みの艦長は、悠然と答えた。

「ああ、モラウ君には、説明が遅くなってしまったね。今の音は、ブレインパワーチャージャーによるエネルギー蓄積が、規定値まで進んだ事を示すアラームなんだ」


「チャージャー? あの、コムロが入った、漫画喫茶のブースみたいなやつのことですか?」


「それそれ。カントムは、搭乗する生徒搭乗者スチューロットの思考を動力源としているんだよ。思考を様々な形態へと変換して具現化させる。それが、我々フロンデイア開拓者が発見した新金属、『ニョイ如意ニウム』の基本性質だから。BPCはその動力源をチャージするための装置。わかるかな?」


 モラウは首を、横に振った。

「難しい言葉ばっかりで、さっぱりです。コムロが狭い一室で、小難しい事をつぶやいてる様にしか見えませんよ?」


 キモイキモイ艦長はニコリとして言った。

「そうか……まぁ、ゆっくり少しずつ、覚えていってくれればいいから」


 その隣では、ビヨンド副長が、「甘いな……」と、誰にも聞こえない程に小さな声で呟いた後、皆に聞こえる声量では、別の事を言った。

「コムロ君のサポートは、知己ちきであるモラウ君が適任ですからな」  


「そうだな。ビヨンド」


「私に通信士オペレーター、務まるんですかねぇ。キモイ艦長、ビヨンド副長」

 少女モラウがそう言った途端――。


「略すな!」

 キモイキモイ艦長は、顔を赤くし両腕を上げた。


「えっ?」

 モラウは思わず後ずさった。


「私の名前を略すなと言っている!」

 これまで温厚であったキモイキモイ艦長は、名前については、どうやら逆鱗のようであった。そのことを、艦長の言動から感じとったモラウは、素直に「すみません」と謝った。


 あっという間に怒りの色を仕舞いこんだ艦長は、頭をかきながら言った。


「こちらこそごめんな……学生時代に、名前が原因で、まぁ、いろいろあってさ。要は、コムロ君がカントムに向かって小難しい事を考えると、カントムは強くなる。そういうことだ」


「なるほど。そうだったんですね」

 と応じた少女モラウ・ボウは、誰にも聞こえないようにこっそり、さらに呟いた。


「だったら最初からそう言えばいいのに。みんな、難しい言葉ばっかり使って」と。


 その時。

 フロンデイア軍の戦艦ハコビ=タクナイのが鳴った。


 フィーーーヨン!

 フィーーーヨン!



「敵襲です!」

 慌てたオペレーターの声が、ブリッジに響いた。


「リバタニアの追撃が来たか。どの方向に、どの位の規模だい?」

 キモイキモイ艦長は、冷静に問いただした。


 しかし――。


「前方10時の方向! すさまじい数の光点が、レーダーに映っています。まるで、が攻撃してきたかのようです!」


「なん……だと?」

 キモイキモイ艦長の首筋に、冷や汗がタラリと流れた。

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