47 桐生院知花の幸せ

「ちょっとちょっと。神さん、随分控室にいたみたいだけど…バレてないわよね?」


 聖子が控室に来て、コソコソと言った。


「う…うん…待たせてごめんね?神家の皆さんがいらしてたから…」


「あー、そりゃ仕方ねーな。」


「知花、綺麗だよ。」


「まこ、何一人だけ株上げようと…」


「ええっ…そんなつもりじゃ…だって本当に奇麗だし…」


「うんうん。確かに。でも俺…知花は着物かと…」


「あはは。セン、教会で式するって聞いたのに。着物で来るかな。」


「うんうん…もう、好きに言ってくれ…」



 みんなの会話を聞きながら、あたしは緊張がほぐれてくのを感じた。


 今日は…あたしと千里の結婚式。

 結婚は二度目だし…

 まさか結婚式をするなんて、思いも寄らなかった。


『おまえの誕生日ばっか派手だから、俺の誕生日も派手にしてくれ』


 突然、千里にそう言われたのは…ほんの数週間前の事。

 一度目の結婚の時、式を挙げなかった事。

 意外にも、千里の中ではそれが心残りだったらしくて。


『俺の誕生日に式挙げて、結婚記念日にしよーぜ』


 って…

 嬉しそうな顔で言われたら、ダメなんて言えないよ。


 それからは、本当にバタバタで。

 だけど、あたしの体調を気遣ってくれて…ほとんどの事を、千里が毎日動き回って決めてくれた。


 そんな千里に、感謝の気持ちも込めて…

 今日はサプライズも用意してる。




「緊張するもんだな。」


 教会の扉の前。

 父さんが小さく咳払いをして言った。


「急に決めてごめんね?」


 母さんの作ってくれたブーケを手に、父さんを見上げる。


「いや…千里君には感謝しかない。知花のこんな綺麗な姿を見れるなんて…嬉しいよ。」


 そう言った父さんの目は、少しだけ潤んでて。

 それを見ると…あたしも嬉しさに涙ぐんだ。



 扉が開くと、そこにいたみんなが振り返る。

 大好きな人達の笑顔が迎えてくれる中、あたしは父さんと腕を組んでバージンロードを歩いた。

 教会に鳴り響く、重厚なパイプオルガン。

 今日は、あたしと千里のために、ナオトさんが弾いてくださっている。

 世界の鍵盤奏者の伴奏でバージンロードを歩けるなんて…あたし、贅沢者だ…


 バージンロードの先に、あたしの大好きな人が。

 白いタキシードの千里は、こんな時なのに…斜に構えてあたしを見てる。

 もう、いつも通り過ぎて…小さく笑ってしまった。



「…千里君。」


「これからも変わりなく、宜しくお願いしまっす。」


「ははっ…全く、君は…」


「大事にします。知花も、家族も。」


「…頼んだよ。」



 父さんと千里の会話は…ナオトさんのドラマチックな演奏で、あたしにしか聞こえなかったと思う。

 それでも、あたしの涙を誘うには十分だった。

 一緒に暮らしてるんだから、挨拶も何も…って思ってたけど。

 …嬉しいな。



 式は滞りなく…(とは言っても、ちょっとフライングしたキスや、子供達の乱入があったけど)終わって、会場の庭で写真撮影をした。

 天気が良くて、みんな笑顔で…こんなに幸せでいいのかなって、何度も泣きたくなった。


 そのまま、ささやかなガーデンパーティーが始まった。

 大きな風船が風に揺れて、華音と咲華も大喜び。

 そんな中…あたしは少し緊張をしていた。

 なぜなら、今から…


『えー、神さん、知花、今日は本当におめでとう。』


 聖子がマイクを持って挨拶を始める。


「お?余興でもすんのか?」


 このパーティーでは、飲食しながらの歓談のみ。

 しばらくしたら、事務所で二次会が開催される。

 だから…サプライズは、事務所に移動する前に。と思ってた。


 永遠を誓ったこの場所で、酔い潰れる前の千里に気持ちを伝えたくて。



『この後、事務所で酔い潰れる事を考えたら、今しかないよねって事で…ちょっと余興を。』


 聖子が正直にそう言うと、千里は小さく声を出して笑った。


「何が始まるんだろーな。」


 隣にいるあたしを見ながら、笑顔の千里。

 あたしもそれに笑顔を返す。


 手際よく用意されていく楽器を見て、食事をしていた人達が集まって来る。


「えー?SHE'S-HE'Sの生演奏、聴けちゃう?」


 東さんがそう言うと、千里が目を細めてあたしを見た。


「おまえ、その姿でシャウトすんのか?」


「し…しないよ。」


「でも歌うのか?」


「……」


 少し凄まれて答え渋ってると。


『では、ここで神さんへのプレゼントです。』


 聖子がマイクを手にして言った。


「は?」


「…行って来るね?」


「って、おい…」


 聖子からマイクを受け取って、あたしは青い空を見上げる。


『…千里、誕生日おめでとう。』


 あたしの言葉に、会場のみんなも『おめでとう』と声を上げる。

 千里は前髪をかきあげながら、照れくさそうに小さく頷いた。


『誕生日に結婚式をして、それを結婚記念日にって…あたしにとっても素敵なプレゼントをくれた千里に、一曲…プレゼントしたいと思って作りました。』


「えーっ!!この日のために作ったの!?すごい!!神、幸せ者ー!!」


 東さんの声に、千里はニヤニヤして…あたしを見た。


『それでは…聴いて下さい。Promise』


 まこちゃんのピアノがイントロを奏でて、続いてみんなが入った。

 …こんな天気のいい日に、自分の声を屋外に響かせるなんて、思いもよらなかったな…


 あたしは気持ちを伝えるのが下手で。

 ラブソングも、どこか攻撃的だって高原さんに言われてしまう。

 だけど…これは、SHE'S-HE'Sの楽曲と言うより、あたしの…あたしから、千里への歌。

 だから、すごく素直に言葉を綴った。


 英語歌詞にしたのは、ただ単に…照れ臭かったから。

 だけど千里なら…分かってくれるよね…?



 SHE'S-HE'Sで歌うのとは違って、優しく歌い続けた。

 華音と咲華が口を開けてあたしを見上げてる姿が可愛くて…それも幸せだった。


 この歌を手伝ってくれたメンバーには感謝しかない。

 いつもあたしの事を支えてくれて、背中を押してくれる。

 あたし…これからもずっと、みんなとSHE'S-HE'Sを続けていくから…。



 歌い終わると、わっと歓声が上がった。


「かーしゃん!!しゅごいよー!!」


 華音と咲華が跳び上がって拍手してくれる。

 千里は…


「…っ。」


 突然抱きしめられて、マイクを芝生の上に落とす。


「…おまえ、反則だろ…これ。」


 少し離れた場所にいた千里が、いつの間にか…あたしを強く抱きすくめていた。

 耳元で聞こえる涙声に、あたしまで…


「…反則だなんて…」


「約束する。俺がおまえを守る。繋いだ手は離さない。」


「千里…」


『も…もー、そういうのは…か…』


 マイクを拾った聖子が涙で続きを言えなくなって。


『はいはい、続きは帰ってからにしましょうね。』


 続きを、陸ちゃんが言う。

 あたしは泣き笑いしながら千里から離れようと…


「…愛してる。」


 離れる寸前、耳元で囁かれた言葉に。


「おおおお…珍しい。知花ちゃんから行った…」


 あたしから、背伸びして千里に抱き着いた。



 こんな幸せが…

 あたしの大事なみんなにも。


 そして、世界中の人達に。



 いつか。






『Promise』


 手を繋いでいて

 触れ合う温もりが永遠に続くように

 あたしを守っていて

 あなたにしか出来ない事


 季節を振り返れば

 流した涙達が手を振る

 痛みも辛さも優しさに変わったよ

 今度こそずっと一緒だね


 躓いたらそこで待っていて

 自分で立ち上がれる強さを持つから


 手を繋いでいて

 重ねる気持ちが真実であるために

 あたしも守っていく

 あなたへの大切な気持ち


 傷付け合い疑った

 大きな波も乗り越えた

 だから大丈夫 この約束は

 絡ませた小指が信じてる


 たまには弱音を吐いていいから

 一緒に強くなっていこうこれからは


 手を繋いでいて

 歩く道を間違えないように

 あたしを守っていて

 そして幸せになろう


 手を繋いでいて

 触れ合う温もりが永遠に続くように

 あたしを守っていて

 あなたにしか出来ない事


 手を繋いでいて

 歩く道を間違えないように

 あたしを守っていて

 そして幸せになろう


 晴れた空に誓って

 永遠を誓って


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