46 多治見カンナの幸せ

千里ちさとの結婚式、出ないのか?」


「出ないわよ。」


「それにしても、明日発つのか…ラジオも好評だったのに、もったいないな。」


「本業はモデルだもの。」



 明日…あたしはローマに帰る。

 千秋ちあきちゃんもどこかに行っちゃった今、あたしが愚痴れる相手は…千幸ちゆきちゃんぐらいだ。


 あたしがここ数日入り浸ってるのは、高階たかしな宝石。

 ちーちゃんの、二番目のお兄さんのお店。


 最初にローマから帰国した時、あたしはまずここに来た。

 そして、千幸ちゆきちゃんに頼み込んで…ビートランドのパスを入手してもらった。

 身内じゃないと手に入らないやつ。

 いくらあたしが幼馴染だからって、そんな理由じゃ簡単にあの事務所には入れない。

 千幸ちゆきちゃんのお店がビートランドの偉い人達も御用達って事もあってか、ちーちゃんの身内って事を除いても、パスは簡単に手に入ったようだった。


 おかげで、ちーちゃんには隠したままで事務所に入る事が出来たし…サプライズの再会も果たせた。

 …果たせなかったのは…長年の初恋の成就。


「……」


 諦めたはずなのに、気を抜くと…またビートランドに行って、ちーちゃんに抱き着いてしまいたくなる。

『幼馴染』と言う、都合のいい特権を最大限駆使して。


 …自慢の幼馴染でいてあげる。

 そう決めた。

 そのポジションなら…いつまでも可愛がってもらえる。

 頭を撫でてもらえたり、ご飯に連れて行ってもらえたり。


 恋人や夫婦だと、今は良くてもいつかはケンカしたり飽きたりして、険悪にもなるけど…

 幼馴染や友達なら、きっとそれはない。はず。

 あたしは、ちーちゃんの唯一無二の存在のまま。


 …って…毎日毎日言い聞かせてる所に…

 ちーちゃんから。


『俺の誕生日に結婚式するから来いよ』


 そう…電話があった。


 それを聞いたあたしは。


「ざんねーん。あたし、それまでにローマに帰るわ。もう、仕事も入ってるし。」


 …入ってもない仕事のために、あたしはローマ行きを早めた。



「……」


 腰高のスツールに座ったまま、店内を見渡す。

 宝石って好き。

 キラキラしてて、見てるだけでもこっちまで綺麗になれる気がする。

 だけど…


「暇だからって、うちに入り浸るのはやめてくれない?」


 目の前に、タイトスカートからすらりと伸びた脚が登場した。


 千幸ちゆきちゃんの奥さん、玲子れいこさん。

 まあ、美人よ。

 あけすけに物を言う所が…最初は慣れなかった。

 冷たい女!!って気がして。

 だけど…あたしは意外と、この人と馬が合う。気がする。



「あ~ら、すみません。でも、あたしって座ってるだけでも十分客寄せになってますけど?」


 足を組んで店内を見る。

 そこには、チラチラとこちらを見て嬉しそうな顔をしてる男が三人。

 それを見た玲子さんは、諦めたように溜息を吐いた。


 ふと…玲子さんの耳に光るピアス。


「…そのピアス、素敵…」


 つい、立ち上がって玲子さんの耳をマジマジと眺める。

 小さいけど、ダイアモンドを中心に、色んな石がそれを囲んでて…花みたい。


「光が当たると色も変わって見えて、すごく素敵。」


「そうでしょ。これを手に、二度目のプロポーズをされたの。」


「は?二度目のプロポーズ?何それ。」


「ふふっ。おかしいでしょ。つい、この間よ。」


「……」


 接客をしてる千幸ちゆきちゃんを振り返る。

 …あの千幸ちゆきちゃんでも、何かやましい事でもあったのかしら。


「…夫婦仲って、いいの?」


「いいわよ?」


「なのに、どうして二度目のプロポーズ?何だか意味深。」


 好奇心から、目を輝かせて問いかける。

 すると玲子さんは…


「あたしの事、千秋に取られると思って必死になったんじゃないかしら。」


 クスクス笑いながらピアスに触れた。


「…千秋ちゃん?」


 意外な名前が出て来て、あたしは首を傾げる。

 どうして…千秋ちゃんが?

 千秋ちゃんは、知花さんを好きだったよね…?


 あたしは玲子さんの腕を引っ張って、バックヤードへと連れ込む。


「何、あたし仕事中なんだけど。」


「知ってる。でも、そんなの聞いたら気になって仕方ないじゃない。」


「……」


 玲子さんは呆れたような顔をしたけど、首をすくめてお茶を入れ始めた。


千幸ちゆきさん、あたしが千秋の事を好きだって、ずっと思ってたみたいでね。」


「は?なんで?」


「昔、おじい様のお屋敷で千秋と一夜を明かしたせいかしらね。」


「……」


 千秋ちゃんと、玲子さんが…おじい様の屋敷で一夜を…


「…千秋ちゃんと…したの?」


「ふふっ。何、その質問。」


 テーブルにコーヒーが置かれる。

 それを手にしてゆっくり口をつけるけど、必要以上にゴクリと喉が鳴った。


「それって、結婚前?」


「当然よ。千幸ちゆきさんと結婚するって、千秋に報告に行った日。」


「それって、千秋ちゃんいくつの時?」


「千秋が18だったかなあ。」


「…それで?」


「押し倒された。」


「!!」


 目を見開くと、玲子さんは面白そうに笑って。


「押し倒されて、わんわん泣かれたの。結婚しないでくれって。」


「え…」


「それで、可愛そうになっちゃって。慰める意味でキスしたら…余計泣かれちゃったのよね。」


「キ…キス!?」


「ファーストキスだったみたいで、恨まれたわ。」


「…キス…キスだけで済んだの?」


「千秋には、それ以上進める勇気はなかったみたい。」


「……」


 いや…いやいやいやいや。

 頭の中が混乱。

 千秋ちゃん…ファーストキス遅っ!!

 いや…そこじゃなくて…



「もしかして、それで…千秋ちゃんは日本を出て行ったの?」


「そうかもしれないわね。」


「…で…それを千幸ちゆきちゃんは…」


「キスだけじゃないって思ってるはず。」


「ええ…誤解されたままって嫌じゃない?」


「うーん。そうでもないかな。千幸ちゆきさんがあたしに必死になってくれるなら、いくらでも誤解されたままでいいけど。」


「……」


 …なんでこの人。

 こんな事をあたしに、しかも笑顔で話してるの?


 あたしなりに頭の中で三人を動かして考える。

 千幸ちゆきちゃんにとって、千秋ちゃんは出来過ぎる脅威の弟…

 歳が離れてるとは言っても、小さな頃から大人に囲まれて育ってる千秋ちゃんは、下手したら千幸ちゆきちゃんより大人な所もある。

 そんな千秋ちゃんに、玲子さんが想いを寄せたまま…って思い込んでるとしたら。


 …そりゃあ焦るわ~…



「…そっか…千幸ちゆきちゃんは、今回千秋ちゃんが帰って来た事で焦って…玲子さんに二度目のプロポーズをしたって事ね。」


 あたしがそうつぶやくと。


「男って、可愛いわよね。」


 玲子さんは、コーヒーを片手にニッと笑った。


「…男って、チョロいって聞こえた。」


「何よそれ。」



 今も玲子さんに夢中な千幸ちゆきちゃん。

 天才なのに不器用な千秋ちゃん。

 神兄弟を手玉に取るなんて、玲子さん…やるなあ。



「師匠と呼ばせて下さい。」


「やめてよ。」



 途端に、玲子さんがキラキラして見えた。

 夫にいつまでも求められる妻って、憧れるなあ…



「あたしも、そのピアス欲しいなあ。」


「プレゼントしてくれる相手を見付けないとね。」


「師匠、アドバイスお願いします。」


「…それ、やめて。」



 ローマに帰ったら…今よりずっと磨きをかける。

 うん。

 頑張る。





「じゃあな。」


 高階宝石の前、千幸ちゆきちゃんと玲子さんが並んで見送ってくれる。


「色々ありがとう。千幸ちゆきちゃん、玲子さんを大事にしてね。」


「何だ?おまえ。」


 あたしの言葉に、千幸ちゆきちゃんは頭をくしゃくしゃとかきまぜる。

 その隣で、玲子さんは幸せそうな笑顔………の、はずなんだけど…。


「……」


 玲子さんと目が合って、何となく…見つめ合ってしまった。

 …なんだろ。

 何だか…胸がざわざわする。


「じゃあ…玲子さんも。また…」


 そう声をかけると。


「ええ。頑張ってね。」


 玲子さんは綺麗な笑顔で手を振った。



『千秋には、それ以上進める勇気はなかったみたい』


 その言葉がふっと浮かんだのは、歩き始めてからで。

 ゆっくり振り返ると、玲子さんは千幸ちゆきちゃんの腕に手を絡めてお店に入っていく所だった。


 …わんわん泣いてる千秋ちゃんを慰めるつもりで、自分からキスをした玲子さん。

 それは…もしかして、賭けだったんじゃ…?

 玲子さん、本当に千秋ちゃんの事…


「……」


 しばらく立ち竦んだ。

 あたしが胸を傷めたって、どうにもならない事。

 玲子さんは千幸ちゆきちゃんと結婚したし…結婚して欲しくないって泣いた千秋ちゃんは、ちーちゃんの奥さんである知花さんに恋をして、またもや敗れた。

 …どうにもならないけど、切ないなあ…



 ――その後。

 日本を発ってからも、しばらく玲子さんと千秋ちゃんの事が頭から離れなかった。


 仕事は順調。

 恋をするような相手には、まだ出逢えてないけど…

 しいて言えば、昨日撮影で使ったドレスの着心地があまりにも良くて、そのブランドを買いに行きたいと思っている。

 そこで出逢いがないかな…なんて。


 部屋の窓を開けて、景色を眺める。

 街並みを見下ろしながら考えるのは…やっぱり、玲子さんと千秋ちゃんの事だった。


 あたしが遠くに行くから、玲子さんは打ち明けてくれたのかな…なんて。

 義理の弟に馳せる想いなんて…誰にも言えないもの。

 だから、あたしにも思わせぶりに…


「……」


 そこで、ふと気付く。


 あたしの頭の中までもを占領するなんて。

 あの人、ほんと…魔性だ…!!


「……ふふっ。」


 窓辺に置いた幸せの神様の頭を撫でる。


「ねえ、いつになったらあたしの所にも幸せが来るかな。」


 その問いかけに、当然だけど答えは来ない。

 あたしは幸せの神様をバッグに入れると。


「さ、来ないなら、こっちから行かなきゃね。」


 颯爽と…



 幸せを探しに部屋を出た。

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