38 多治見カンナの策略 -7-

「……」


 ステージ上のちーちゃんに、『自慢の幼馴染』って紹介された。

 …そんなの…

 嬉しくないよ。


 そう思うのに。

 自慢の幼馴染のあたしと、千秋ちゃんのために…Deep Redの『HOME』を歌ってくれたのは嬉しかった。


 自分の中での葛藤と、ちーちゃんと知花さんが上手くいってる事が面白くなくて…

 LIVE会場には来たものの、隅っこで不貞腐れてるあたしの事も…気付いてくれてた。


 …そうよ。

 ちーちゃんは、昔からそんな人よ。

 いつだって、一人ぼっちのあたしを気に掛けてくれて。

 カンナ、カンナ…って、可愛がってくれて。

 急にやって来た反抗期だか何だかで、ちーちゃんが笑わなくなった後も…あたしには優しかった。


 あの夜だって…ハッキリ断ればいいのに、回りくどいやり方であたしの誘いを拒んだ。



 F'sのLIVEは終盤。

 本当ならウキウキして最前で見てるはずなのに。

 どうしても…そんな気分になれない。

 これってさあ。

 あたし…気付いてるからだよね。


 失恋した。って。



『まだ言うなって言われてるけど、どーしても言いたい事がある』


 タオルで汗を拭きながら、ちーちゃんが会場を見渡した。

 その言葉に『もしかして新曲?』『世界ツアー?』『写真集!?』って色んな声が上がった。


『ははっ。写真集はねーな』


 なんだ。

 ないのか。

 出れば買うのに……って…

 ああ、ダメだ。

 もう、どん底。


 大きな溜息を吐こうとした瞬間…


『子供が出来た』


「……」


 固まったあたしとは反対に、会場は拍手喝采。

『おめでとう!!』の声や口笛が響き渡る。



『マジか!!はよ言えや!!』


『こういうの、言うなって言われても無理っすね。もう、早く誰かに言いたくてしょーがなかったっす』


『嫁さん大事にしろよ?』


『めちゃくちゃ大事にしてるじゃないっすか』


『事務所のあちこちで抱き寄せるの、やめや。絶対ストレス溜まってるで』


『普通に愛情表現してるだけっすよ?ストレスなんてあり得ないっすね』



 ちーちゃんとバンドの人の、耳を塞ぎたくなるような言葉と。

『目の毒ー!!』『もっと見ていたーい!!』『神さん自由過ぎ!!』…なんて会場の言葉が…幸せそうで…もう…


 体の、どこか。

 ううん…これ、体じゃなくて…

 どこが痛いんだろ。



『まあ…とにかく、そういうめでたい事があって。俺としては、この幸せをみんなと共有したかった』


 …共有なんて…しなくていいわよ。

 バカ。


『そんな俺らも、ずっと上手くいってたわけじゃない。色々あっての今だ。だからこそ…もう絶対、この幸せを離さないって決めてる』


「……」


 あたしは…何を勘違いしてたのかな。

 あたしが本気出せば、ちーちゃんは簡単に奪い返せる。って思ってた。

 知花さんなんて、ちょろい。

 彼女の方から、手を離してくれる。って。


 …だけど、そうじゃなかった。

 ちーちゃんの方が、知花さんを求めてる。

 悔しいけど…そういう事だよね…



『久しぶりに歌うな。ちょっとガラにもなく緊張してる』


 ちーちゃんがそう言うと、ピアノが鳴り始めて。

 あ…これ…と思った。

 大好きな歌。


『Always』


 タイトルコールと共に、また…割れんばかりの拍手。

 F'sのファーストアルバムに入ってる、バラード。

 ちーちゃんがラブソングなんて珍しかったから、覚えてる。

 それに…すごく素敵な曲だったから…


 …そっか。

 知花さんのために作った歌なんだ。




『Always』


 傷付けるつもりなんて いつもあるわけがない

 泣かさせるつもりなんて とてもあるわけがない

 幸せにしたいとか 隣にいてくれとか

 そんなありきたりな言葉はなくてもいいほど

 俺達は繋がってると信じていたかった


 やがて来た嵐が二人を引き裂いて

 自分の弱さを 自分の愚かさを知った


 過去は変えられないけど

 もしまだ間に合うなら

 幸せにしたいとか 隣にいてくれとか

 そんなありきたりな言葉から始めてみたいんだ



 残した傷を俺に消させてほしい

 もしまだ間に合うなら

 その手を取って 甘い唇を

 どんな嵐にも負けない強さで 守るから



 信じて欲しい

 いつも俺が想うのは

 ただ一人だけだと

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