37 神 千秋の暇つぶし -11-

「……」


 その、千里の姿に。

 俺は…瞬きを数回繰り返した。


『おまえら!!明日の仕事の事考えてセーブしてんじゃねーよ!!』


 そう煽られた客席は、一層うねりを上げるような歓声に包まれる。


「こりゃ、明日は仕事にならないな。」


 隣にいる高原さんは、そう言って口元に手を当てて笑った。


 F'sは全曲英語歌詞。

 それでも客席は一緒に歌ってる。

 意味が分かってるかどうかは別として。


 …ハードロックバンド。

 だいたいの予想はついていた。

 だが…自分の弟が、こうも…人を惹き付けるとは思ってなかったかもしれない。

 常に千里は俺より下で。

 何一つ、上を行く事はないと思い込んでいた。


 千里に限った事じゃない。

 三人の兄貴の事も、そうだ。

 みんな、それぞれいい所がある。なんて…いつも上から目線で。

 そして、それが当然だと思ってた。


 なぜなら、俺は頭がいい。

 誰よりも。

 だけど…



 それ、だ…。



『はー…飛ばしたな。思いの外、朝霧さんとナオトさんが元気な事に驚いてる』


『…聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする』


『人をジジイ扱いすんなや』


『アズが一番息上がってるって、どーだよ』


『おいおい、人の話聞けや』


『圭司、本気で虫の息か(笑)』


『…ぇー…チューニング…中ー…』


『声ちっさ!!』


『マノン、うるさい』


『て言うか、俺と臼井はまだ四十代や。ジジイ枠はナオトだけやん』


『おま…おまえも今年50んなるだろ?』


『これ、楽屋トークっすよね』


『おまえが始めたんだろ!?』



 あははは。と笑いが起きる。

 ステージの上だと言うのに、千里とメンバー達は…まるでリビングセッションでもしているかの如く、楽しそうだ。



『今日、この会場入る時にチェック受けたと思うけど、あれ、うちの兄貴が作ったやつ』


 ふいに、千里がそう言って…こっちを見上げた。気がした。

 …見えてないよな…?


 客席から『すごかった!!』とか『兄貴すげー!!』とか…声が上がる。


『会場のだけじゃない。今やビートランド中の防犯を、兄貴が手掛けてる。昔から頭が良くて、自慢の兄貴だ』


 その言葉にも、『知ってるー!!』『お世話になってます!!』等の声が上がって。

 千里が満足そうに頷く。


「……」


 俺が何とも言えない気持ちで千里を見下ろしてると、隣にいる高原さんが…また、くしゃくしゃ、と…俺の頭を撫でた。


「弟にあそこまで言われると、兄貴としては嬉しい限りだがプレッシャーも相当だな。」


「…プレッシャーなんて…」


 出来て当たり前の俺には、賛辞の声なんて…昔から鬱陶しいだけだった。

 でも、今会場で沸いている声は…

 俺がどの国でどんなものを開発して功績を上げたとか、どんな論文を書いて賞を取っただとか…知らない奴らから上がってるもの。


 ただ、単純に『すげー』って。



『そして、もう一人。たぶん…あの隅っこにいる奴だな。週一でラジオやってるカンナ。一応モデル。俺の自慢の幼馴染だ』


 千里の言葉に、客席から冷やかしの声が上がる。


『おいおい、勘違いすんなよ。俺には愛しい嫁がいる』


 目を細めた千里に『そうだった!!』とみんな顔を見合わせた。


『カンナは、すげーワガママで、だけどすげー素直で。全然変わらないカンナには、おぼろげなガキの頃の自分を思い出させてもらったり、少しだけ成長した所を見ると、末っ子の俺でも兄貴みたいな気分で嬉しくなったり』


 会場からは『神さん末っ子!?』と、そっちに驚きの声が上がる。

 …まあ、確かに…そう見えないよな。



『俺の末っ子発言に、そこまで反応すんな(笑)で、みんなカンナの番組聴いてたりすんのか?』


 カンナの番組は…

 最新コスメの紹介から始まって…とことん鍛え上げるダイエット方式や、いい女への道…

 その筋に意識の高い女には好まれただろうが、一般ウケは狙えない物だった。


 が。


 ずぼら女子におススメの簡単スキンケアや、自分の苦手な事を暴露した時は、それまで雲の上から話しかけてるのか?と思ってたカンナが、地上に降りて来た気がした。


 客席から『聴いてるよー!!』『アリの巣の話、面白かった!!』『うちの嫁が大ファン!!』と…色んな声が上がる。

 …LIVEって、もっと…ステージと客席が遠いのかと思ってたけど。

 千里はみんなを見渡しながら、その声を拾う。

 まるで、仲間に世間話を持ち掛けてるみたいに。



『大事なのは嫁や家族だけじゃない。ここにいるみんなも大事だし、バンドメンバーも。いつかこの曲を歌ってみたいと思ってた。Deep Redの名曲『HOME』を、今日は兄貴と幼馴染に捧げさせて下さい』


 千里が頭を下げると、客席は大きな歓声に包まれた。

 隣では高原さんが『あいつめ…』とつぶやいて、優しい顔になった。




『HOME』


 顔見て言えないから この歌を贈るよ


 振り返る事なく突っ走って来た

 ふと立ち止まって両手を見ると

 そこには何もなくて 途方にくれた

 空っぽな自分 これから何が出来る?


 だけどそうじゃないんだって

 今何もないって思ったって

 懐かしい景色や家族や仲間のいる思い出の中に


 顔見て言えないから この歌を歌うよ

 どう伝えればいいか分からないけど

 ありがとう 見ててくれて

 ありがとう 笑ってくれて

 ありがとう そこにいてくれて



 時が流れて 思い出せなくなっても

 きっと顔を合わせれば分かるはず

 思い出はいつだって俺の中のHOME

 空っぽなんかじゃなかったんだ ずっと


 顔見て言えないから この歌を贈るよ

 みんながいてくれたから 今の自分がいる

 ありがとう 愛してくれて

 ありがとう 抱きしめてくれて

 ありがとう ただそこにいてくれて

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