36 神 千秋の暇つぶし -10-

「入場はこちらのドアからとなっておりまーす!!」


 大ホールの入り口には、社員がズラリと並んでいる。

 いや…LIVEって言うから、俺はてっきり外部から客を入れるのかと思ってたのに。

 これって、完全に身内イベントだよな。


 でもまあ…俺のセキュリティシステムが十二分に発揮されそうで良かった。

 昨日、高原さんから出された指示は、録音機器とカメラ、通信機器の持ち込み禁止。

 映像記録班が持ち込む物に関してはOKだが、そのスタッフの顔認識はするように。

 万が一、禁止物の持ち込みをした者が会場内での監視レーダーによって発覚すれば、即刻イベントは中止。


 …一般のLIVEよりチェックを厳しく…って、どういう事だよ。



 腑に落ちない所もあるが、俺は与えられた仕事をこなすだけ。

 操作室に並んだモニターを見ながら、音声も拾う。


「…お、引っ掛かった。」


 入場口で通信機器のセンサーに引っ掛かった社員が、真っ青になってポケットの中から何かを取り出している。

 …ポケベルか。


『おまえ!!何やってんだよ!!』


『中止になるとこだっただろー!?』


『悪い!!ポケベルは害がないと思って…!!』


『バカかー!!』



 周りから責め立てられる社員。

 …なるほど。

 みんな、そこまでしてF's…そして今日のイベントが見たい…と。


 さすがにクソでかい携帯電話を持ち込む輩はいなかった。

 世間では少しずつ流通してるが、この事務所で使ってる奴を見た事はない。

 ま、もうじきお手軽なサイズの物が出回るだろう。



「一人か?」


 背後のドアが開いて、コーヒー片手に高原さんが入って来た。


「はい。」


「他にスタッフが必要なら、警備から寄越すけど。」


「全部オートにしてあるんで、問題ないです。」


「さすがだな。」


 高原さんは俺の隣に椅子を引っ張って来て座ると、コーヒーを一つ俺にくれた。


「あ、ありがとうございます。」


「千里のステージを観た事は?」


「あー…ないっすね。空港の大画面で流れてたCMは観ましたけど。」


「ははっ。あれか。じゃあ今日は客席で楽しむといい。」


「…いや、ここで…監視しながら楽しみます。」


「でもオートなんだろ?」


「……」



 LIVE…

 当然のように、俺はそれを楽しんだ事がない。

 本当につまらない男だ…と、思う。

 客席に降りれば、きっと…カンナもいるし、知花ちゃんもいるだろう。

 そこで、音楽に乗れる事なく立ち竦む自分を見られるのは嫌だと思った。



 ― あたしから言わせると、千秋ちゃんが一番子供だよ ―


 まさか…カンナにあんな事言われるとは思わなかった。

 千里の後を追いかけまわすだけのガキだったカンナは、いつの間にか成長して。

 昔から大人にならざるを得なかった俺は…


 大人のふりをしたガキのままだ。



「…初めて千里に会った時…」


 会場のモニターに視線を落としたまま、高原さんが話し始める。


「17だった千里は、俺に挑むような態度と口調で…周りをヒヤヒヤさせた。」


 当時を思い出したのか、高原さんはクスクスと笑いながら俺を見る。


 …17の千里。

 当時、一緒にじーさんの屋敷で暮らしてはいたものの…あまり顔を合わせる事はなかった。

 あいつはバンドにのめり込んで、帰ったり帰らなかったり。

 俺は俺で…大学か研究所に入り浸って。

 千幸と玲子の結婚を機に、日本を離れた。


 だから、あの頃の千里が何を考えてたか。なんて事は分からないけど…

 元々、優しくて誰からも愛されるが。

 誰かに対してそんな態度を取るのは…それが例え遅い反抗期であったとしても、俺には違和感でしかない。


 …結局…

 可愛い笑顔で俺にくっついて来た思い出の中のが、今も俺の中で変わらずに存在してる。

 無表情の…冷たい目をした千里と、ほぼ会話をしなかったのは…

 …俺の中で、色々…認めたくない事があるからだ。



「初対面で受けた印象は、言葉遣いとメンバーへの態度が散々だった。という物だったが…歌は粗削りでも育ててみたい気になった。そして、接するたびに千里がどんなに純粋で優しい男かという事が分かってからは…」


「……」


「俺が、あいつのファンになった。」


 そう言って、優しい笑顔になった高原さんを。

 ああ…この人は、見る目があるな。と思った。

 それと同時に、この人に認められている千里を羨ましく思ったし、嫉妬も…当然湧いた。



「…ほんと、あいつは…」


 弟を褒めてもらったんだ。

 兄として、何か言葉を…と思うのに。

 俺の口から、それ以上が発される事はなかった。


 天才と言われて、ずっとチヤホヤされて来た。

 だけど俺が欲しかったのは…そんなもんじゃない。

 もっと…

 もっと、当たり前で、くだらない物だ。



「せめて、二階席で一緒に観ないか?」


 頬杖をついて、顔を覗き込まれた。

 ここのトップに笑顔で直々に誘われると…イヤとは言えない。


「…分かりました。」


 覚悟を決めて、高原さんに頷く。

 本当は、千里のLIVEなんて…参観日のような気持ちになるんじゃないかと思うと、むず痒くて嫌だったが…

 これはもう、仕方ない。



「もしセンサーが反応したら…遠隔操作で揉み消した方が?」


 イベント中止は冗談だよな。と思って問いかける。


「いや、何かあったら即中止。でも大丈夫。うちの社員達は違反しないから。」


「……」


「うっかりミスで持ち込みそうになった奴らも、入り口のセンサーに助けられてたよ。ありがとう。」


「!!」


 立ち上がった高原さんに、頭をくしゃくしゃとされて目を見開く。

 ガキの頃でも…された事がない。


「よし、行こう。」


「…はい。」


 頭に残る感触に、複雑な想いを抱きながら。

 それでも…その想いが、不快じゃないと気付いて。



 俺は少しだけ、自分を笑った。

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