4 神 千秋の暇つぶし

「はー…」


 数年振りに帰国して、さーてどこへ行こうかな。なんて思ってると、空港のロビーにある大画面に、弟の千里が映し出された。


『F's、待望の新作、2月1日リリース』


 へー…

 あいつ、頑張ってるんだなあ。


 ぶっちゃけ、兄弟が何をしてるかとか…あまり興味はない。

 だけど千里みたいにメディアに出る奴は、俺の目にも留まる。

 兄貴達も、それぞれ少しは活躍してるみたいだから、なんとなーく…状況は把握してるけど。


『Beat Land』


 CMの最後に映し出された名前を見て。

 そこへ行こう。と思った。


 そこ。


 千里の所属事務所だ。



 バスに乗って、まずは窓にカーテンを張った。

 そしてそこに頭を預けて…情報を整理する。


 千里は結婚した。

 しかも二度目。

 それも同じ相手。


 あり得ない。

 俺なら一度失敗したら、もう見切りをつける。

 同じ相手に心を掴まれる事なんてない。



 ―千里は…神家の五男坊。

 今度こそ女の子。と頑張った両親は、千里が男だった事で打ち止めした。

 ま、もっと早くに諦めてたら…

 男ばかり五人も揃えなくて済んだのに。


 その末っ子は、みんなから愛された。

 そう。

 みんなから。

 千里の事を憎いと言っていた、俺のすぐ上の兄貴からも。


 …確かに千里は可愛い。

 可愛いから…


 いじめたくなる。



 ビートランドの前に立って、ビルを見上げる。


 創立者は高原夏希。

 自身もDeep Redというバンドで世界に出た男。

 …後でアポ取ってみよう。

 仕事になるようなら、ここに寄生してしまうのもいい。



「……」


 一般人でもロビーまでは入れるらしい。

 俺はそこに入って、誰かを待ってる風な女に目を留めた。


 頭の中にあるアルバムを開く。

 何年か前にじーさんの家に行ったら、飾ってあった写真。

 着物を着た赤毛の女。


 …あれが、千里の嫁さんか。



桐生院知花きりゅういんちはなさん?」


 そう声を掛けると、女は振り返って目を見開いた。


「…千秋さん…ですか?」


「そう。はじめまして。」


 ほー。

 学習はしてるのか。

 て言うか、千里、ちゃんと話してるんだな。

 まあ…あいつは千幸と似た所があるからな…

 やけに家族愛みたいな物に憧れてると言うか…


 鬱陶しい。 



「今いくつ?」


 笑顔で問いかける。


「あっ…に…21です。」


「わっけぇな。それで、もう子持ちなんて大変だろ。」


「そんなことないですけど…」


 めちゃくちゃ分かりやすい女だな。

 大方、千里からIQ200なんて聞かされて、変に緊張してるんだろうな。


「そんな緊張しなくていいよ。俺、案外普通だぜ?」


「あっ…す…すみません…」


「……」


 ふむ…

 なんて言うか。

 まあ、可愛い。

 猫を撫でるような感覚で、可愛がってやりたいタイプだ。

 確か、千里も猫は好きだったな。

 この照れ方も、なかなか…

 


「…千秋?」


 ふいに上から声が降って来て、エスカレーターを見上げると、そこに千里がいた。


「…おー。」


 我が弟よ。

 今、おまえの嫁さんを品定めしてたとこだ。


 そんな事を腹の中で思いながら、千里に笑顔を向ける。



「何、いつ帰って来たんだよ。」


「今朝。空港から直にここに来た。」


「どこ行ってたんだ?」


「インドの田舎の方、ウロウロしたり。」


「変わんないな。あ、これ嫁さん。」


 千里が嫁さんの頭をクシャクシャとかき混ぜる。

 …ああ、いいな。

 俺もそういうの、したいぜ。



「ああ。今話してたとこ。」


「そういえば、カンナも帰ってるんだぜ。」


「カンナが?久しぶりだな。」


 えーと。

 カンナ…カンナ…


 ああ…

 あの鬱陶しいガキか。



「千秋、しばらく日本にいんの?」


「ああ。適当にコンピューターでもいじって、金儲けでもすっかな。」


「相変わらずだな。どこに泊まるんだ?じーさんち?」


「あそこは行かねー。俺、規則正しい生活とか無理だわ。」


「あはは。今なら絶対篠田が張り切るぜ。」


「勘弁してくれ。」


 おまえんちに泊めてくれ。

 そう言おうとして踏み止まる。


 婿養子だよな。

 他の家族もいるんだよな。

 …ま、羽目が外せない環境は好きじゃないから、ホテルにでも泊まろう。


 そんな事を考えてると。

 

「あっ…千秋ちゃーんっ。」


 馴れ馴れしく俺を呼ぶ声が聞こえた。


 振り返ると…

 背の高い、まあ…美形な女。


 …なるほど。

 カンナか。

 そう言えばいたな。

 見た目はいいが、他人の幸せが許せない、ひねくれた奴が。

 …俺の周りは、そんな奴ばっかだ。



「カンナ、久しぶり。」


「どうしたのー?うわあ…何だか全然変わってないね。」


「おまえは大人んなったな。」


「体だけだぜ。」


「んもうっ‼︎ちーちゃん!!見たような事言わないでよっ‼︎」


「自分で言ったんだろ?胸だけは6cm大きくなったっつって。」


「マジか。カンナ、胸は男のロマンだから、正しく保てよ。」


「何それ千秋ちゃん。頭良過ぎておかしくなっちゃったの?」



 ふと、千里の嫁さんが戸惑った顔をしてる事に気付く。

 控えめな女だな…

 どうして千里と結婚を?



「あ、知花さん、いたんだ。」


 カンナが千里には聞こえないほどの小声で言った。


 …ふーん。

 これは…ちょっと遊べそうだ。



「カンナ、俺と飯でも行こうぜ。」


 千里の嫁さんがミーティングだとかで姿を消して、千里もリハーサルがあるってスタジオに向かった。

 そこで俺はカンナを誘う。


「えー…ちーちゃんのリハーサル、見たいんだけど…」


「千里は結婚してる。諦めの悪い奴だな。」


 俺がポケットに手を入れたまま笑うと。


「…バレてる?」


 カンナは上目遣いで俺を見た。


「バレるだろ、普通。」


「ちーちゃんは全然気付いてくんない。」


「復縁してお花畑なんだろ。」


「…おもしろくない…」


「かわんねーな、おまえ。」


「千秋ちゃんも。この話に乗りそうな勢い。」


 ふいに立ち止まったカンナが、俺を見つめる。


「知花さんの事、好みでしょ。」


「…は?」


「千秋ちゃん、ちーちゃんの好きな物は欲しくなるタイプだったね♡」


「……」


 可愛らしく首を傾げて俺を見上げるカンナを、冷めた目で見下ろす。


 そうだった。

 こいつは…鬱陶しいぐらい…


 俺達兄弟の事を、よく知ってる奴だった。



「…そうだな。千里の嫁さん、可愛かったな。」


「でしょ?」


「おまえ、どうして欲しいんだ?」


「…色々情報集めてくれる?」


「誰の。」


「知花さんの。」


「千里に聞けば。」


「それじゃダメ。何か…付け入れるようなやつ。」


「おまえ、こわ。」


 俺はそう言いながらも。


「…暇つぶしにはなりそうだな。」


 寒空を見上げて、呟いた。

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