5 多治見カンナの策略

 あたしの名前は多治見たじみカンナ。

 21歳、女。


 ちーちゃんこと、神 千里かみ ちさとの幼馴染。


 昔から、ちーちゃんの事が好きで好きで好きで…

 ずっと、ちーちゃんの後を追いかけてた。

 …まあ、中休みもあったわ。

 あたしにも春が欲しい時期があったから。

 お姫様扱いされると嬉しいし。


 ―だけど。

 やっぱりいつも、ちーちゃんだな。って気付くの。

 だって、みんな薄っぺらなんだもん。

 優しくされるのは好きだけど、時にはちゃんと叱ってくれる人でなきゃ。



「…さーて。」


 そんなあたしの想い人には、いつの間にか妻と子供がいた。

 それを知った日は呆然として何も手に付かず、翌日、遅れてやって来た衝撃に涙して。

 さらにその二日後には…


「奪い返してみせる…」


 そう、闘志をみなぎらせた。



 そうして、忍び込んだビートランド。

 あたしは前もって、あるコネを使ってゲストパスを入手した。

 色々大変だったけど、神千里の関係者って事で何とか。


 そこであたしは、ちーちゃんの奥さんと会った。

 赤毛で、まあまあ肌のきれいな…普通の女。

 正直、えー…って思ったわ。

 ちーちゃんの好み、コレ?

 ガッカリだわ…

 あたし、コレに負けたなんて…


 だけど、ちーちゃんを奪還するには敵を知る事も必要。

 そんなわけで、翌日もビートランドに来てみると…


 千秋ちゃんに遭遇。


 これは…使うしかないわよね。




「お待たせ。」


「おせーよ。」


 待ち合わせた公園のベンチに座ってる千秋ちゃんは、眠そうにあくびをした。



 あたしは昨日、千秋ちゃんにお遊びを提案した。


 ちーちゃんの奥さん、知花さんは…千秋ちゃんの好み。

 ううん。


 あたしは知ってるのよ。

 千秋ちゃんは完璧が好きだから。

 元々自分の好みなんていうのは持ってない。

 知花さん自体はどうでも良くて。

 ちーちゃんの、奥さん。って所が、好みなのよね。


 そう。

 千秋ちゃんはひねくれてる。

 だいたいの欲しい物は簡単に手に入っちゃうから、誰かの大事な物を手に入れるのを楽しむのが好き。

 それが、可愛い弟の持ち物だとしたら…特に。


 本当は女にも興味はあるのかもしれないけど、あえてなさそうな顔するよね。

 昔から。

 もしかしたら、誰かにこっぴどくフラれたか、嫌な想いでもしたのかも。

 天才君にも不器用な面はあるはずだもんね。


 とにかく…

 あたしはちーちゃんを奪いたい。

 誰かを陥れる企みが嫌いじゃないらしい千秋ちゃんは、その提案に乗ってくれた。


 知花さんの事を調べておいて。って頼んだら…

 まさか翌日呼び出されるなんて。



「おまえ、ローマでモデルなんて嘘だろ。」


「え。」


 って、ちょっと。

 調べてって言ったのは、あたしじゃなくて知花さんの事なのに!!


「どうしてバレちゃったのかなあ~。」


 だけどそんな事、なんでもない。

 あたしは体をくねらせて言ってみる。

 だいたいの男はこれで許してくれるけど、神兄弟に効かないのは分かってる。


「俺を騙そうなんて、いい度胸だな。」


「騙してないよ?あたしは、モデルをしてるつもりだもん。」


「……」


「それより千秋ちゃん。」


 あたしは千秋ちゃんの隣に座って距離を詰めると、耳元に唇を近付けた。


「千秋ちゃんは、彼女いるの?」


「……」


 あたしの囁きに、千秋ちゃんは眼鏡をゆっくりと外してあたしをチラリと見た。


「恋愛ほど、くだらない物はないと思ってるからな。」


「ええ~?性欲はどうしてるの?」


「…ふっ。何のつもりだ?」


「別に?聞いてみたくなっただけ。」


「どーして。」


 あたしはもう一度、千秋ちゃんの耳元に唇を寄せて言う。


「天才君って、あっちも上手いのかなあって興味あるじゃない?」


「……」


 千秋ちゃんはコートのポケットからハンカチを出して眼鏡を拭き始めた。

 動揺してないつもりなの?

 ハンカチがズレて、指でレンズ拭いちゃってるわよ?

 あははは。

 千秋ちゃん、可愛いなあ。


 あたしが軽い女なら、ここで千秋ちゃんの相手をしてあげる所なんだろうけど。

 残念ながら意外と身持ちは堅いの。

 ちーちゃんだけのあたしでいるために、千秋ちゃんとは寝ない。


 そう心に決めながらも、千秋ちゃんの照れた風な頬に、ツン…と人差し指を立てる。


「…何の真似だ。」


「試してみたいなあって。でも、あたしじゃ千秋ちゃんを満足させてあげられそうにないから…辞退するね。」


 あたしの言葉に千秋ちゃんは目を細めて、小さく鼻で笑った。

 ふふっ…

 今の感じ、ちーちゃんにそっくり。

 あー、やっぱり一度ぐらい試していいかなあ。



「それで?何か分かった?」


 あたしが顔を覗き込むようにして言うと、千秋ちゃんはおもむろにパンフレットのような物を差し出した。


「…何?」


 それを手にして見ると…


「オーディション?」


 そのパンフレットは、新しいブランドの専属モデルを決めるオーディションのもの。

 でもこれ…

 あたし、一次審査で落ちたのよ?

 …写真選考だけで。



「おまえの嘘はいつかバレる。これを受けて来い。」


「……」


「ほら、これ。」


「何…」


 手渡された物を見ると、それは…推薦状。


「…なんで?」


「そこのブランドを立ち上げる繊維会社のCEO、知り合いなんだ。」


「……」


 コネは使う。

 どんな時も。

 だけど…何だか今のこれは…悔しい気がした。


 うつむいて唇を噛みしめるあたしに、千秋ちゃんは畳み掛けるように続けた。


「腹立ててモデルクラブ辞めたらしいけど、合格したら呼び戻されるはずだ。その時はちゃんとクラブに戻れ。千里と嫁さんをどうにかするにしても、おまえ自身が無職じゃ弱すぎる。」


 千秋ちゃんの声って、やっぱりちーちゃんに似てる。

 顔を見ずに聞くと、それはそれで満足できるなあ。


「聞いてんのか?」


 千秋ちゃんに肩を掴まれて、顔を上げる。

 咄嗟に瞬きを我慢してた目から涙がこぼれて、それを見た千秋ちゃんは一瞬目を見開いた。


「…戻れるわけないじゃない…あたし、捨て台詞吐いてやめたんだもん…」


 手の甲で涙を拭って、千秋ちゃんにそっぽを向く。


「それに…コネで認められたって…」


「…じゃあ、このままでいいのか?千里にもいずれ嘘がバレるぜ?」


 千秋ちゃんの声を聞きながら、あたしはすっくと立ちあがる。


「普通なら使わない。だけど、せっかく千秋ちゃんがくれただから…使う。」


「……」


「もう日がないわね。あたし、今からエステ行って来るわ。」


「…おう。」


「千秋ちゃん、あたしが帰って来るまでに…色々頼むわよ。」


 振り返って千秋ちゃんを見下ろすと。

 千秋ちゃんは少し笑いながら立ち上がって。


「分かってるよ。その代わり、ちゃんと合格して来いよ?」


 そう言いながら、あたしの頭を撫でた。



 受かるわよ。

 こんなコネ、使わないわけないじゃない。



 悪いけど…


 あたし、千秋ちゃんが思ってるより、ず―――――っと。



 腹黒いわよ。

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