23 神 千里の日常 -7-

「…ただいま。」


「え、どうしたの?こんな時間に。」


家に帰ると、大部屋ではうららが一人。

せっせと爪の手入れをしていた。



「まあ…早く帰れたから。」


「ふうん。そんな事あるんだ。」


「…知花ちはな、帰ってないのか?」



事務所で知花に会わなかった。

SHE'S-HE'Sのルームにも行ったが、そこには誰もいなかった。


「ううん、帰ってる。」


帰ってるけど、ここにいない…って事は、部屋か。

だいたいいつも知花は俺が帰るまで、みんなと一緒に大部屋で過ごしているはずなのに。

…やっぱ、夕べのアレだよな…



「ケンカでもしてるの?」


「…そう見えるか?」


「うん。コーヒー飲む?」


「ああ。」


麗が立ち上がってキッチンに立つ。

俺はそれを見届けて、麗が座っていた向かい側に腰を下ろした。



華音かのん咲華さくかは?」


「おばあちゃまと母さんとお出掛け。」


ちかしは。」


「まだ学校じゃない?」


「そうか。」


「……はい。」


「サンキュ…」


目の前にコーヒーを出しながら、麗が鼻で笑った気がして見上げる。


「何だ?」


「神さん、そうやっていつもみんながどうしてるか気にするのね。」


「……」


そう言われてみれば…

俺はいつも、ここにいない誰かの事を聞いてしまってるかもしれない。

…親父さんは、まあ…仕事だから気にしてないが。



「あちっ。」


目の前に座ってコーヒーを飲む麗を見る。


誓は桜花の大学、麗は短大生になった。

何となく、双子はずっと同じ所って気がしてたから、麗が短大に進んだのは意外だった。

…ま、こいつはあんまり勉強が好きそうじゃねーしな。



「神さん、聞いていい?」


「何。」


「姉さんと復縁して良かった?」


「あ?」



麗の真顔での問いかけに、俺は首を傾げる。


愚問でしかないからだ。



「良かったに決まってんじゃん。」


「そっか。」


「何だよ。」


「…んー…」


麗は少し唇を尖らせて。


「神さんには良くても、姉さんにはどうだったのかなあって。」


胸に刺さるような事を言いやがった。


「…知花が何か愚痴ってたのか?」


「愚痴られる覚えがあるの?」


「う…」



初めて会った頃は、俺のファンだと言ってた麗。


知花と別れて腑抜けになってた頃。

知花が俺の子供を産んだと告げて、奮い立たせてくれた。


あれから若干…麗には頭が上がらない所がある。

それを知ってかどうか…

麗は俺にかなり手厳しい。



「それより…おまえ、いい加減『神さん』はやめろ。」


話をすり替えるつもりはないが、ずっと気になっていた事を言ってみる。

すると麗は一瞬目を細めた後。


「まだ、やめれないなあ。」


肩をすくめて言った。


「何だよ、それは。」


「なんとなく。あたしの中で、神さんはまだ義兄さんになってないんだもん。」


「…厳しい奴だな。」


「まあね。」



思えば…こいつは知花の事も『姉さん』とは呼んでなかった。

長い間、桐生院家の中にあった誤解やすれ違い。

それでも今は…知花の事を姉と認め、家族として大事にしている。


…だから、俺の事をまだ『兄』とは認められないって事だよな…?



「復縁して良かったかって聞きたかったのか?」


「うん…あ、あと、姉さんを愛してる?」


その問いかけに眉をしかめる。

俺はいつだって全力で…



「…そう見えないか?」


カップを手にしてコーヒーを飲む。


愛してるに決まってる。

だから俺は、それが知花に伝わるよう、場所を問わず…



「見えない。」


「……」


一瞬動きが止まった。

愛してるように見えない。

見えない…?


なぜ!!



「やってくれることはすごいけど、なんだか…それだけって感じ。」


麗を見ると、聞いてもないのに意見を述べられた。


「…伝わってない?」


「と、思う。神さん、姉さんに好きだの愛してるだの言ったことないでしょ。」


「……」


言ってない…か?

抱きしめて、耳元で…

…何言ってるっけな…俺。


『今すぐ抱きてー。』


…サカってるだけか_| ̄|○…



「い…言って…」


「言ってないでしょ。」


「…なんでそう思う?」


「姉さん、時々不安そうな目をするから。」


「……」


「あたし、いちいち言葉にするのは軽いって思ってたけど、それは人によるんだなって思う。」


「…麗。」


「え?」


「頭をよこせ。」


「…何…」


俺は向かい側の麗に手を伸ばして、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「なっ何!?もー…!!」


文句を言いながらも麗は赤い顔。

ははっ。

こりゃー、まだ『神千里』も捨てたもんじゃないか?




「知花。入るぞ。」


らしくないかな。と思いつつ、部屋の前で声をかける。

中から返事はなかったが、ゆっくりドアを開けると…


「……」


知花は窓辺で転寝中。

風邪ひくぞ、おい。


そっと後ろに座って、華奢な背中を包み込むように抱きしめる…つもりが、俺が体を預けるような形になってしまった。

すると当然…



「…ん…っ……千里…?」


知花が起きた。


「起こしたな。」


「……」


知花は眠そうに、そしてまだ少し不機嫌そうに。

俺を振り返りかけて…やめた。



「出掛けねーか?」


「…え?」


「出掛けよう。」


「…今から?」


「今から。」


「…子供達は…?」


「二人きりで。」


「……」


「よし。行こう。」



返事をしない知花の腕を取って立ち上がらせる。

大部屋にいる麗に『出掛けて来る』と声を掛けて、二人で車に乗り込んだ。



「…どこに?」


助手席の知花の顔は、戸惑い気味。

…そりゃそうか。

思えば、復縁して二人きりで出掛けた事なんて…ないな。


とりあえず…



華音、咲華、許せ。

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